第七十四話 おかえり
静かな工房
白い鏡の前に
浩平は一人立っていた
工具箱は
今までにないほど穏やかな光を放っている
老人は少し離れた場所で
静かに見守っていた
「もうすぐじゃ」
浩平は何も答えない
胸の鼓動だけが
少しずつ速くなっていく
――――
白い鏡が揺れる
水面のように
ゆっくりと波紋が広がる
工具箱が優しく光った
【条件を確認】
【双方の想いを確認】
【扉を開きます】
眩しい光が
工房いっぱいに広がる
浩平は思わず目を細めた
やがて
光の中から
一つの影が現れる
ゆっくりと
一歩ずつ歩いてくる
見慣れた姿
見慣れた歩き方
「……円」
小さな声だった
その一言だけで
円は立ち止まる
ゆっくり顔を上げる
目が合う
言葉が出ない
何年ぶりなのか
どれほど会いたかったのか
そんなことは
もうどうでもよかった
円の目から
涙があふれる
「浩平」
震える声だった
浩平も笑おうとする
けれど
涙が先にこぼれた
円は少しだけ頬を膨らませる
「迎えに来るの」
「遅すぎ」
浩平は困ったように笑う
「ごめん」
「待たせた」
円は小さく首を横へ振る
「ううん」
「来てくれてありがとう」
浩平は静かに歩き出す
円も歩き出す
二人の距離が
少しずつ縮まる
そして
そっと抱き締めた
何も言わない
言葉はいらなかった
互いの温もりだけで
十分だった
――――
少しして
円が顔を上げる
「みんな元気だよ」
「椿綺も」
「すごく大きくなった」
浩平は笑顔になる
「そうか」
「会いたいな」
円は微笑む
「写真」
「持ってきたよ」
バッグから一枚の写真を取り出す
浩平は両手で受け取り
大切そうに見つめた
「ありがとう」
その写真には
家族みんなの笑顔が写っていた
浩平は目を細める
「変わらないな」
円も写真を見つめ
優しく笑った
「うん」
「みんな待ってるよ」
その言葉に
浩平は静かに頷く
老人は少し離れた場所で
満足そうに微笑んでいた
「これでよい」
小さく呟くと
静かに工房を後にする
工房には
浩平と円
二人だけの時間が
穏やかに流れていた




