第六十四話 継承の理由
静かな工房に
浩平と老人だけが向かい合っていた
作業台の上では
工具箱が優しく光を放っている
「最後の継承者」
浩平は老人を見つめる
「その意味を教えてください」
老人は静かに頷いた
「よかろう」
「ただし」
「すべてではない」
――――
老人は作業台へ歩み寄る
そっと手を置くと
工房全体が淡く光り始めた
壁には次々と景色が映し出される
ある者は
崩れた橋を直していた
ある者は
壊れた家を修理していた
ある者は
泣いている子どものために
壊れたおもちゃを直していた
誰も剣を抜かない
誰も名誉を求めない
ただ
困っている人のために手を動かしていた
「これが」
「歴代の便利屋じゃ」
浩平は静かに景色を見つめる
「皆さん……」
「普通の人だったんですね」
老人は嬉しそうに笑う
「そうじゃ」
「だからこそ強かった」
「人を助けたいという気持ちは」
「どんな力にも負けぬ」
――――
景色が変わる
最後に映し出されたのは
まだ若い頃の老人だった
工具箱を肩に掛け
笑顔で家を修理している
浩平は目を見開く
「まさか……」
老人は照れくさそうに笑った
「驚いたか」
「わしも昔は便利屋じゃった」
浩平は思わず笑う
「だから工具箱のことを」
「全部知っていたんですね」
「全部ではない」
「工具箱は持ち主と共に変わる」
「わしにも知らぬことは多い」
老人はそう言って肩をすくめた
――――
「浩平」
初めて
老人は名前で呼んだ
「お主は何のために便利屋を続ける」
浩平は少し考える
そして
静かに答えた
「困っている人を放っておけないからです」
「それだけです」
老人は目を閉じ
満足そうに頷いた
「その答えなら十分じゃ」
「工具箱も同じ答えを選んだ」
その瞬間
工具箱が眩しく光る
【継承を承認しました】
表示は一瞬で消えた
工房は再び静寂に包まれる
老人はゆっくりと歩き出す
「残る試練は一つ」
「その先で」
「お主は本当の依頼と向き合うことになる」
浩平は老人の背中を見つめる
「本当の依頼……」
その言葉だけが
静かな工房にいつまでも残っていた




