第五十四話 近づく時
朝
王都の空は雲ひとつない青空だった
浩平は宿を出ると
いつものように工具箱を肩へ掛ける
「さて」
「今日はどんな依頼があるかな」
王都の街は
今日も多くの人で賑わっている
市場には笑い声が響き
職人たちは忙しそうに仕事へ向かっていた
その光景を見て
浩平も自然と笑みを浮かべる
――――
昼過ぎ
職人ギルドでは
若い職人たちが新しい家具を運び出していた
「浩平さん」
「あの時はありがとうございました」
以前 食卓を修理した青年だった
「あれから親方にも褒められました」
嬉しそうに報告する姿を見て
浩平も笑顔になる
「それは良かった」
「これからも頑張ってください」
青年は力強く頷いた
「はい」
その姿を見届け
浩平はギルドを後にした
――――
夕暮れ
王都を見下ろす小高い丘へ足を運ぶ
王城を照らす夕日が
街全体を黄金色に染めていた
「きれいだな」
浩平は静かに腰を下ろす
ふと
工具箱へ手を伸ばし
そっと蓋を撫でる
微かに温もりが伝わってきた
「最近」
「少し変だな」
工具箱は答えない
それでも
どこか嬉しそうに感じるのは
気のせいだろうか
――――
「便利屋よ」
聞き慣れた声がした
振り向くと
ローブ姿の老人が立っていた
「また会いましたね」
老人は穏やかに微笑む
「王都での暮らしには慣れたようじゃな」
「皆さんによくしていただいています」
浩平が答えると
老人は満足そうに頷いた
「それでよい」
しばらく二人は
夕焼けに染まる王都を眺めていた
やがて老人が静かに口を開く
「便利屋よ」
「人は何のために帰ると思う」
突然の問いだった
浩平は少し考える
「帰る場所があるから……でしょうか」
老人は微笑んだ
「そうじゃ」
「帰る場所があるから人は前へ進める」
その言葉だけを残し
老人は歩き出す
「待ってください」
浩平が呼び止める
「あなたは一体……」
老人は立ち止まらない
「明日になれば」
「少しだけ分かる」
そのまま
夕焼けの中へ姿を消していった
――――
宿へ戻った浩平は
静かにベッドへ腰を下ろす
「帰る場所……か」
小さく呟く
工具箱を机へ置いた
その瞬間だった
カチ……
今まで開かなかった
小さな引き出しから
小さな音が聞こえた
浩平はゆっくり振り返る
「……?」
引き出しは
ほんのわずかに開いていた
その中までは
まだ見えない
浩平は息をのむ
静かな部屋には
工具箱だけが
淡く光を宿していた




