第五十三話 変わらない想い
その日
浩平は職人ギルドからの帰り道を歩いていた
依頼もなく
久しぶりにゆっくりとした一日だった
「たまには、こんな日もいいな」
そう呟きながら
王都の市場へ足を向ける
夕方の市場は
買い物をする人々で賑わっていた
――――
「お母さん!」
幼い男の子が走り出す
買い物を終えた母親へ
勢いよく飛び付いた
「こらこら」
「転んじゃうわよ」
母親は笑いながら
子どもの頭を優しく撫でる
その光景を見た浩平は
思わず立ち止まった
「……」
胸の奥が
少しだけ温かくなる
そして
少しだけ苦しくなる
「元気にしてるかな」
自然と
そんな言葉が漏れていた
――――
宿へ戻る途中
パン屋の主人が声を掛ける
「便利屋さん!」
「今日焼いたパンが少し余ってね」
「良かったら持っていきな」
「ありがとうございます」
浩平は笑顔で受け取った
焼きたての香りが
どこか懐かしい
「あいつなら」
「この匂いだけで喜びそうだ」
思わず笑みがこぼれる
誰のことを思い浮かべたのか
浩平は自分でも気付かないふりをした
――――
宿へ戻ると
女将が夕食の支度をしていた
「今日は早いね」
「はい」
「たまにはのんびりしようかと」
女将は優しく笑う
「働き者もいいけどね」
「休むのも仕事のうちだよ」
浩平は照れくさそうに笑った
「そうですね」
――――
夜
部屋へ戻り
工具箱の手入れを始める
一つひとつの工具を磨き
丁寧に元の場所へ戻していく
最後に蓋を閉じようとした時だった
工具箱が
ふわりと優しい光を放つ
【準備を続けてください】
表示は
それだけだった
「準備……?」
浩平は首を傾げる
何の準備なのかは分からない
それでも
工具箱は間違ったことを言ったことがない
「分かった」
誰に言うでもなく呟き
浩平は静かに工具箱を閉じた
窓の外には
満月が静かに輝いていた
その月を
遠く離れた誰かも
同じように見上げていることを
浩平はまだ知らなかった




