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REPLAYER - 未解決の1% -  作者: 二晴


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第1話:終わらない悪夢④

呼吸のたびに鉄の味が喉の奥へと広がり、視界はどこを見ても滲んだような赤に染まっていた。

 床へ広がる血と、自分の指先にまとわりつく熱。

 世界は、水底越しに覗く景色みたいに歪んでいた。


――遅かった。何もかも。


 男は言葉を失いながらも、震える手でその身体へ触れた。ぬるい血が手のひらを滑り、生々しい体温だけが指先に焼き付いていく。

 次の瞬間、彼女の瞳の奥で、不自然なほど鮮やかな黄金色が爆ぜた。

 命そのものを一瞬で燃やし尽くすような、痛切で、祈りにも似た黄金の光。それが赤黒い闇の中へと散り、ゆっくりと掻き消えていく。

 男が息を呑むと同時に肺の奥までが冷え切り、手の中にあったはずの微かな熱が、永遠にこの世界から失われた。



「……っ!」


内側から身を裂くような一息で、男は重苦しい静寂の中へ跳ね起きた。

いつの間にか強く握りしめていた拳を、ゆっくりと開く。

指の隙間から命が滑り落ちていく感触がまだ皮膚にこびりついているというのに、虚しく開かれた手のひらには、もう何の熱も残されていなかった。


幾度となく繰り返し見た夢のはずなのに、骨の髄まで焼き付いたような喪失感の残滓が、心臓を鈍く乱打している。


男は荒い呼吸を整え、視線を落とした。

古い捜査資料の束、冷めきったマグカップ、空になった鎮痛剤の瓶――そして、ガラスの割れた懐中時計。乱雑に散らかったデスク上のノイズを一瞥すると、男は無言のまま重い身体を椅子から起こし、暗闇の中で静かに息を吐き出した。



『――ネット上で指摘されている、一連の連続不審死の奇妙な共通点ですが』


 2026年12月30日。

 分厚い遮光カーテンが冬の陽射しを完全に遮断した部屋の中、つけっぱなしになっていたモニターから、ニュース番組のキャスターの緊張した声が流れていた。


 並んだディスプレイから放たれる無機質な青白い光だけが、さざなみアラタの輪郭を冷ややかに照らし出している。

 黒髪の長い前髪が右目を隠しているのは、洒落気ではなく、ただ昔からそこに触れられることを拒んでいるみたいに自然だった。残された左目だけが、明滅するデータ群を無機質に睨みつけている。


『12月10日の事件を含め、これらは過去の有名な未解決事件と発生日、手口が一致しているとの声が上がり始めています。一部では模倣犯、あるいは警察を挑発するテロではないかと――』


 アラタは舌打ちをし、手元のキーボードを乱暴に叩いて音声をミュートにした。


 不意に、部屋を満たしていたノイズが消える。

 PCの冷却ファンが排熱する、低く単調な駆動音だけが密室に取り残された。


 模倣犯、テロ、都市伝説。世間は他人の終わっていない痛みを、安全な場所から消費する極上のエンターテインメントとして扱い始めている。システムに都合よく『未解決』という3文字の箱に放り込まれ、死者の残した事実ファクトがただのデータとして消費されていく。


「ふざけるな」


 その傲慢さが、アラタの腹の底でどす黒い怒りとなって煮え滾っていた。

 彼は中央のメインモニターへ向き直る。そこには、ネットの最深部から掻き集めた情報で構築した未解決事件の『命日カレンダー』が表示されていた。

 今日、12月30日の欄は、赤黒いハイライトで塗りつぶされている。


26年前、年末に起きたあの一家惨殺事件。


 現場周辺を闇雲に探し回っても意味はない。少なくとも、アラタはそう判断していた。

 画面に流れるのは、該当区全域のインフラ消費データと、行政の建築データベースのリアルタイム照合結果だ。


 完璧に偽装されたデジタルデータの海から、生きた人間がそこに存在する痕跡――『1%の物理的ノイズ』を執念深く削り出していく。


 絶え間なく響いていたタイピングの音が、ふっと止んだ。

 滝のように流れるコードの中、アラタの左目が一つの座標を捉えて止まっている。


 世田谷区某所。

 行政のデータベース上では「先週、取り壊し工事が完了した更地」として処理され、衛星写真もストリートビューも見事なまでに『何もない空間』に書き換えられている。

 だがアラタは、その空白の座標から微弱なスマートメーターの漏れ電流と、地下水道のわずかな流量の変化を検知していた。


 データ上は更地であるはずの場所に、『家一軒分』に相当する何かが存在している。


「……更地に偽装してまで、見えないアジトを用意したってわけか」


 ただの悪趣味な模倣犯の域を遥かに超えている。

 本当にそんな真似が可能なのか、半信半疑の不気味さが残った。

だが、今日が12月30日である以上、確認しないという選択肢はなかった。


 他人の人生を娯楽として消費するシステム。その狂った遊戯を物理的な証拠で叩き潰さなければ、被害者がそこに生きていたという“事実”まで、この世界から消されてしまう気がした。

 アラタはハンガーに掛かったダークグレーのコートを羽織った。指先の震えを押さえ込むように、車のキーを強く握りしめ、暗い部屋を後にする。


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