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REPLAYER - 未解決の1% -  作者: 二晴


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第1話:終わらない悪夢③

彼女を路地に残したまま、アラタは凍てつく闇の中を疾走していた。

耳の奥に残るのは、先ほど頭蓋の奥を震わせた「ギィ……ッ」という、乾いた硬い摩擦音だ。金属とプラスチックが無理に擦れ合ったような、あの不快なノイズの正体。アラタの直感は、瞬時にその答えを弾き出していた。

 

 住宅街の完全な死角。ハイエースのモニター越しに監視していた「異常な箱庭」の裏手へと回り込み、アラタは息を呑んだ。


裏の公園と敷地を隔てる、古い鉄製のフェンス。

そのフェンスと家の外壁に挟まれた、人一人がやっと通れる程度の極端に狭い、土の隙間。そこに、外されたばかりのプラスチック製の網戸が無残に転がっている。

 冬の夜風に煽られ、網の端がまだかすかに震えていた。


(――調書通りだ)


26年前の犯人が選んだ、全く同じ侵入経路。そして今、アラタの目の前でそれを実行した「誰か」が、確実にこの家の中に滑り込んだ直後だという事実。

 アラタはフェンスの網目に足をかけて登り、その最上部から、半分開け放たれた中二階の浴室小窓へと身体を伸ばし、屋内へと潜り込んだ。


冷え切った床の上に着地した瞬間、世界の質感が、完全に裏返った。

背後を吹き抜けていたはずの強風も、遠くの街の環境音も、窓枠という境界線を越えた途端に消滅した。鼓膜を重く圧迫してくるのは、異常な静寂だけだ。


 換気扇の回っていない密閉された浴室であるにもかかわらず、澱んだ水の匂いや石鹸の匂いといった水回り特有の生活臭が一切しない。人がそこで暮らしていれば必ず蓄積するはずのノイズが完全に欠落し、不気味なほど無機質な空気が淀んでいた。


(狂ってる……)


コートが擦れるわずかな音すら明瞭に響く暗闇の中、アラタは中二階の短い廊下へ足を踏み入れた。

 向かうべきは、浴室のすぐ隣にある部屋。事件のタイムラインにおける、最初の殺害現場だ。

ドアノブに静かに手をかけ、押し開ける。ベッドの配置、机の上のノート、脱ぎ捨てられた衣服。すべてが脳内のデータと一致している。


暗闇の中、二段ベッドの下段。不自然に乱れた掛け布団の隙間に、小さな輪郭が横たわっていた。


アラタは息を詰め、ベッドの傍らに膝をついた。

暗闇に慣れた左目が、シーツに沈み込む少年の姿を捉える。

 あどけなさの残る顔は鬱血して赤黒く変色し、見開かれた両目は天井の虚空を睨みつけていた。細い首には、幅広の圧迫痕がくっきりと刻み込まれている。


アラタは震える手を伸ばし、少年の頬に触れた。

――温かい。


 まだ、はっきりと体温が残っている。だが、その胸は二度と上下することなく、頸動脈の拍動は、どこにもない。

 つい数分前まで、確かにここで息をして、夢を見て、明日を迎えるはずだった命。それが、抵抗する間も、声を上げる隙すら与えられず、物理的に『停止』させられたのだ。


「……っ」


これはデータではない。文字の羅列でも、シミュレーションでもない。

質量を持った、本物の死だった。

アラタは奥歯を強く食い縛り、少年の見開かれていた瞼を、掌で静かに閉ざした。

 間に合わなかった。またしても自分は、零れ落ちる命に手が届かなかった。指先に残る肌の生々しい感触が、アラタの胸の奥底にある真っ暗な怒りに火をつけた。


まだ手遅れではないはずだ。


ベッドを離れようとした瞬間、廊下の空気が微かに揺れた。


――ゴジュッ!


アラタのすぐ真後ろ、中二階の廊下から、水分を含んだ肉が裂けるような、凄惨な音が響いた。


 続いて何かが激しく衝突し、崩れ落ちていくような、質量を持った破壊音。

アラタが部屋から廊下へ飛び出したのは、その直後だった。


一階から中二階へと繋がる階段、その暗がりの向こう。何者かに突き飛ばされたように、成人男性の手が、虚空を必死に掻きむしる残像を残し――そのまま重力に引きずられるようにして、猛スピードで階下へと転落していく瞬間が、アラタの視界の端を掠めた。


一拍遅れて、一階の床へ人間の肉体が激突する鈍い音が家中に反響する。

アラタは廊下を蹴り、階段の上から一階を見下ろした。


一階の廊下は、深い陰影に沈んでいた。稼働しっぱなしのPCモニターが放つ青白い残光と、蛍光灯の光が、廊下へと白々と漏れ出している。

 廊下の薄暗さと、仕事部屋からの漏れ光が交錯する階段の最下段に、それはいた。


カーキ色のクラッシャーハットを目深にかぶり、返り血を浴びて黒ずんだラグランシャツを着込んだ男。男の右手には、細長い柳刃包丁のような刃物が握られている。


(まさか……本気で26年前をなぞろうっていうのか……!?)


 怒声を発することも、息を乱すこともなく、異様なほどの静けさを纏ったまま、男は床に崩れ落ちた男性の首元へ、手にした柳刃包丁を容赦なく振り下ろした。


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