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REPLAYER - 未解決の1% -  作者: 二晴


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第1話:終わらない悪夢②

世田谷の住宅街。街灯の届かない暗がりに停められたグレーのハイエースは、監視カメラにも通行人の記憶にも引っかからないほど溶け込んでいた。

 運転席と完全に隔離された後部スペースで、アラタは息を殺し、3枚のモニターが放つ青白い光だけを浴びていた。分厚い断熱材が外の冷気を遮断し、車内は耳鳴りがするほどの無音と暗闇に支配されている。


画面上の地図データは、現在地から数十メートル先にある区画を『空き地』と表示している。行政の建築データベースを叩いても、そこは先週の時点で取り壊しが完了した更地として処理されていた。


だが、ルームミラーの裏に偽装した高感度カメラが捉えた赤外線映像には、高いブロック塀と枯れ果てた庭木に囲まれた、二階建ての古い木造住宅が確かな質量を持って鎮座している。


データ上は存在しない家。誰かがシステムへ侵入し、インフラ契約や登記情報そのものを「更地」へと書き換えている――そうとしか思えなかった。


アラタは指向性マイクの感度を限界まで引き上げ、その実在する家へと向けていた。

ただのデータエラーか、それとも――。もし本当に、今日この場所で26年前の惨劇をなぞろうとする狂人が潜んでいるなら、必ず“ノイズ”が漏れる。

 アラタは浅く短い呼吸を繰り返し、1%の証拠が立ち上がる瞬間を待っていた。


だが、マイクが拾ったのは、家からの音ではなかった。


『……うん、着いたよ。世田谷』


不意に、無防備な女の声がヘッドセットに飛び込んできた。

アラタは小さく舌打ちをし、広角の外部カメラ映像へ視線を飛ばす。

 路地の奥から、スマートフォンを持った若い女が歩いてくる。小柄な体にダウンジャケットを着込んだ彼女は、スマホのライトを煌々と点灯させ、静まり返った住宅街を無遠慮に進んできた。


『……寒いね。そう、今日で26年……

あの日までここでちゃんと生きていた人たちがいるんだよ。

なのに今は『未解決』なんて三文字で片付けられちゃう。

それがどうしても嫌で……

まだ終わってないのに、終わったことにしていいわけないじゃん。

忘れちゃだめだと思う。』


アラタの指が、キーボードを叩く動作を、ほんの一瞬止めた。


この女が何者で、こんな夜中にどこへ向かおうとしているのかなど、アラタには知る由もない。だが、そのルートは、今まさに監視している偽装された家の前を真っ直ぐに横切っていた。スマホのライトが、ハイエースの車体を舐め、奥にある古い壁面を白々と照らし出そうとする。


 何より、女の無防備な声が、拾うべき環境音を片っ端から汚していく。


(邪魔だ……)


アラタはイヤホンの片方を外し、音を立てずに後部の観音扉を開けた。

冷たい冬の空気が肺を刺す。彼は暗闇の路地へと滑り出し、スマホの画面に意識を奪われている女の死角から、一気に距離を詰めた。


『なんかこの辺、すごい静か――』


女が言葉を続けようとした瞬間、アラタは反射的に背後からその肩を引き寄せ、口を塞いだ。


「っ……!」


声にならない悲鳴。アラタは抵抗する彼女の体を冷たいブロック塀に押し付けると同時に、その手から強引にスマートフォンを奪い取った。

 親指で迷うことなくサイドボタンを押し、配信を強制的に遮断する。画面がブラックアウトし、強烈なライトも完全に消滅した。

 デジタルな目撃者たちの視覚と聴覚を瞬時に潰した暗闇の中で、アラタは女の耳元に低く告げた。


「……黙れ。音を拾えない」


その時だった。


――ギィ……ッ。


女の声を物理的に塞いだ直後。

路地の静寂の奥、家の裏手から、何かが擦れるような鈍い音が微かに響いた。


アラタの左目が僅かに見開かれる。

あの家の中で、何かが動いた。

ただの侵入者か。あるいは、本当に26年前をなぞる何かが――始まったのか。


奥歯を強く噛み締める。目の前の特大のノイズを止めるために消費した数秒のせいで、肝心な「始まりの瞬間」を取り逃がした。


アラタは女の口から手を離した。

拘束を解かれた彼女が荒い息を吐きながら何かを言おうとするより早く、アラタは冷徹に告げた。


「……消えろ」


それだけを言い残し、アラタは翻ったダークグレーのコートの裾だけを残し、家の裏手に広がる闇の奥へ消えていった。




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