第1話:終わらない悪夢⑤
一階から中二階へと続く階段を、アラタは狂ったように駆け上がった。そして天井の開口部から下りている簡易梯子を、腕の力だけで強引に這い上がる。
だが、息を切らして到達した薄暗いロフトに広がっていたのは、アラタの希望を冷酷に打ち砕く絶望の光景だった。
暗がりの床に、少女と、その少女を庇い込むように倒れ伏した母親と思われる女性の姿がある。二人の身体は、すでに大量の血で赤黒く染まりきっていた。
そのロフトの奥。深い暗闇の中に、一人の男が立っていた。
――ついに、追い詰めた。
その男が、刃先の折れた柳刃包丁を握った腕を高く振りかぶる。今から走れば、ギリギリ引き剥がせるかという絶妙な距離。男は倒れる女性に向けて、その刃を勢いよく振り下ろそうとした。
「やめろぉっ!!」
アラタは咆哮を上げ、床を蹴った。最短距離で突進し、振り下ろされる刃の軌道へ強引に自分の腕をねじ込む。それでも男の腕は止まらない。だが、アラタの執念が辛うじて勝った。激しい衝撃と共に刃を力任せに弾き飛ばし、ギリギリのところで包丁が女性に刺さるのを阻止することに成功した。
「……んざけっ!」
そのまま男の肉体を組み伏せ、完全に拘束しようと、アラタは男の胸元へと鋭く飛び込んだ。だが――アラタの身体は、確かな質量を捉えることなく、虚しく暗闇の空間を突き抜けた。
「……なっ」
消えている。たった今、目の前で腕を振りかぶっていたはずの男の全身が、影も形もなく掻き消えていたのだ。掴みかかった手応えすらなく、そこにはただ冷え切った屋根裏の空気が淀んでいるだけだった。
アラタは戦慄しながらも、すぐに守り抜いたはずの足元の母娘に目を落とした。守れた。そう思った。しかし、夥しい血を流した二人は、ピクリとも動かない。
胸の上下も、微かな呼吸の音すらも確認できず、すでに致命傷を負い、完全に息絶えているように見えた。
間に合わなかった……。
振り下ろされた刃は確かに防いだはずなのに、自分がたどり着く前、すでに二人の命は零れ落ちていたのだ。
だが、纏わりつくような絶望の中、アラタの脳が強烈な矛盾に軋む。
(……再現ではないのか?)
脳内の調書データが鋭く警告を発している。
26年前の事実であれば、母娘はこのロフトでは息絶えない。
一度目の襲撃後、這うようにして二階の踊り場へと逃れ、そこで犯人が台所から別の包丁を取りに行ってから息の根を止められるはずなのだ。
なぜ、ここで死んでいる? 予定された工程が狂っている。
犯人がもし本気で再現を狙っているのなら、最後の凶行には、二階のキッチンにあった包丁が使われるはずだ。事実を確かめるため、包丁がキッチンに残されているか確認しなければ。
アラタが身を翻し、開口部の梯子に足をかけようとした、まさにその時だった。
暗闇の底。
下の階から、誰かが階段を乱暴に駆け下りていく気配が、はっきりと空気を震わせた。




