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第13話:三つの試練

階段を降りるごとに、青白い光が、強くなっていった。


3人の足音だけが、海中遺跡の回廊に、響いていた。先頭は俺、ルミナ・レオニス。中央にアスラン。最後尾にヴァロウ。狭い階段で、3人が縦に並ぶ形だった。


俺は、後ろを、振り返った。


ヴァロウの体表の文様が、薄く、光り始めていた。


「ヴァロウ、状態は」


ヴァロウは、わずかに、頷いた。


「……まだ、大丈夫だ。だが、近づいている。深部に近づくほど、私の中の古代の流れが、活性化している」


「無理は、するな」


「無理を、するつもりは、ない。だが ―― ここまで来た以上、引き返す選択肢は、もう、私にも、ない」


俺は、頷いた。階段を、さらに、降りていった。


第2階層への扉が、視界に入った。


青白い光が、扉の隙間から、漏れていた。


◆ ◆ ◆


― 第二階層・速度の試練 ―


扉を開けた瞬間、空気が、変わった。


広い、円形の闘技場のような空間。天井は高く、ガラスドームの向こうに、海中の青が、揺らいで見えた。床は黒い大理石、磨き上げられていた。


そして ―― 闘技場の中央に、影が、複数、佇んでいた。


水生型の守護機構。第一階層で戦った半魚人型より、上位の個体だった。背に、長い触手のような、影の翼を、6本ずつ。両腕には、刃ではなく、光の鞭。動きは、明らかに ―― 高速だった。


俺たちが踏み込んだ瞬間、4体が、こちらに、向かって、動き出した。


速い。


俺の精密詠唱では、間に合わない。1体ごとに、1秒以上の予備動作が必要だ。これは、速度勝負の試練だ。


俺が、判断を、迷う前に、アスランが、前に出ていた。


「俺に、任せろ!」


彼の目が、輝いていた。剣を握る代わりに、両手の指を、軽く、構えていた。


アスランは、地面を蹴った。


「『疾風、影翼』!」


詠唱省略。彼の背後に、瞬時に、影の翼が、生成された。3対の、薄い、影の翼。


そのまま、彼は、地面を蹴って、空中に、跳び上がった。


影の翼が、空気を、激しく、打った。彼は、闘技場の上空を、自在に、舞った。


……新技。詠唱省略を、移動に、応用したか。出力は、粗い。だが、速度は ―― 守護機構より、上だ。


水生型の守護機構が、アスランに、向き直った。光の鞭が、彼に、向かって、放たれた。


アスランは、空中で、それを、回避した。鞭は、彼の背後の壁に、当たり、石を、削り取った。


彼は、空中で、両手を、開いた。


「『裂け、影』!」


4条の影の刃が、4体の守護機構に、同時に、放たれた。


3体は、頭部を、撃ち抜かれて、崩れた。1体は、回避を試みたが ―― ヴァロウが、後方で、漆黒の渦を、放っていた。


「『呑め』」


渦は、回避した個体を、内側から、解いた。


戦闘は、5秒で、終わった。


アスランが、影の翼を、解いて、軽やかに、着地した。


「ふぅ、間に合ったぜ!」


俺は、彼の方を、見た。


「……お前の技、想像以上だな」


「マジか!」


「速度の犠牲として、出力を絞っているが、それでも十分な威力がある。詠唱省略の応用としては、極めて洗練されている」


アスランの顔が、ぱっと、輝いた。


「お前に、褒められると、嬉しい!」


「事実を、述べただけだ」


「もう、それでもいいぜ!」


ヴァロウが、後方から、低く、笑った。


「君たち、本当に、相性が、いいな」


俺は、答えなかった。だが、内心で、否定しなかった。


次の階層への扉が、闘技場の奥に、開いていた。


◆ ◆ ◆


― 第三階層・理論の試練 ―


第3階層は、巨大な円形の広間だった。


中央に、古代の魔導装置。床全体に、複雑な紋様が、刻まれていた。広間の四方に、4つの柱、それぞれの柱頭に、未起動の魔導結晶が、嵌め込まれていた。


俺は、入った瞬間、紋様を、観察した。


……これは、起動パズルだ。古代の魔法理論を、応用して、装置を起動する。装置を起動しなければ、次の階層への扉が、開かない。守護機構は、いない。これは、知性を、試される試練だ。


アスランが、頭をかいた。


「うわ、俺、こういうの、苦手なんだよなぁ」


ヴァロウが、紋様を、見つめていた。


「……この構造、見覚えがある。3つの結晶の起動順序が、鍵だ」


「正確には、4つだ」と、俺は、訂正した。


ヴァロウが、こちらを、見た。


「4つ?」


「ああ。床の紋様、よく見ろ。柱は4本だが、紋様は、5層構造になっている。中央の小さな結晶 ―― 床の中心点 ―― が、5番目の起点だ」


ヴァロウが、紋様を、再度、確認した。彼は、わずかに、息を、呑んだ。


「……君の観察力は」


「多次元魔力構造論を、応用すれば、見えるだけだ。古代の祭祀者たちは、3次元の視覚では、隠せると思って設計したのだろう。だが、多次元で見ると、5番目の起点が、明確に、浮かび上がる」


俺は、ステッキを、地面に、立てた。


「ここの分岐は、3層。ここの収束は、2層。起動順序を、計算する」


俺は、紋様の上を、ゆっくり、歩いた。各層の収束点を、確認しながら。アスランは、後ろから、純粋に、感動した顔で、見ていた。


「お前、すげぇな。なんでそんなに、分かるんだ?」


「3年、毎日、これに似た式を、書いてきた」


「うわ、想像つかねぇ……」


俺は、計算を、終えた。


「起動順序は、北、東、中央、南、西。中央が、3番目。これで、5つの結晶が、共鳴する」


ヴァロウが、頷いた。


「……理論的に、整合する。試そう」


俺は、ステッキを、構えた。各結晶に、順番に、起動の魔力を、注入した。


北、東、中央、南、西。


5つの結晶が、順に、青白く、光った。最後の西の結晶が起動した瞬間、5つの光が、共鳴し、床全体の紋様が、青白く、輝いた。


床の中央から、青白い光の柱が、立ち上った。柱は、天井へ向かって、伸び、次の階層への扉を、開いた。


ヴァロウが、しばらく、装置を、見ていた。


「……君の理論は、想像以上に、完成されている」


俺は、ステッキを、下ろした。


「3年、孤独に、やってきた結果だ」


「孤独」


ヴァロウが、ぽつりと、繰り返した。


「私と、同じ言葉だな」


俺は、彼を、見た。彼の体表の文様が、わずかに、強く、蠢いていた。


「……ヴァロウ」


「大丈夫だ。まだ、保てる。次の階層へ」


俺は、頷いた。3人で、扉を、抜けた。


◆ ◆ ◆


― 第四階層・幻視の試練 ―


第4階層は、霧の中だった。


青白い霧が、空間全体を、覆っていた。10歩、進むと、もう、足元が、見えなくなった。霧は、ただの霧ではなかった。古代の魔力が、霧として、結露していた。


俺は、ステッキを、構えた。


「気をつけろ。これは、霧そのものが、試練だ」


アスランが、後ろを、振り返った。


「ヴァロウは、どこだ? さっきまで、隣にいたんだが ―― 」


俺も、振り返った。ヴァロウの姿が、霧の中に、消えていた。


そして、俺の視界に ―― 別の映像が、浮かんだ。


◆ ◆ ◆


3年前の、応接間。


マクシミリアン、イザベラ、ブルーノ、ジュリアン、ヴィンセント。5人が、揃って、座っていた。


マクスが、「お前の役目は、終わった」と、宣告した。


そして ―― 俺の視界の中で、別の選択肢が、現れた。


もう1人の自分が、応接間で、立ち上がる。怒りに、震えながら。


「ふざけるな。俺がいなかったら、お前たちは、明日の朝には、餓えている。今までの支払い、明日の補給、来週の貴族会、すべて、俺の頭にしかない情報だ。お前らは、3日で、崩壊する」


マクスが、驚愕した顔を、見せる。


もう1人の俺は、続ける。


「俺は、ここに残る。お前たちが、頭を下げて、引き止めるまで」


3年前の俺は、その選択肢を、取れた。


だが、取らなかった。淡々と「そうですか」と答えて、応接間を、去った。


幻視の中の俺は、こちらを、振り返った。


「お前は、なぜ、戦わなかった」と、彼は、問うた。


俺は、しばらく、答えなかった。


そして、答えた。


「戦う価値が、なかったからだ」


「3年、独りで、研究することの方が、価値があった、と?」


「結果として、そうなった」


「3年、誰とも、深く、関わらずに?」


俺は、しばらく、考えた。


「……今は、関わっている」


幻視の俺が、わずかに、笑った。


「それで、十分だ。お前は、自分の選択を、もう、後悔していない」


幻視が、薄れ始めた。霧が、わずかに、晴れた。


◆ ◆ ◆


俺は、霧の中に、戻った。


アスランの声が、聞こえた。


「ルミナ! ヴァロウ、どこだ! 探そう!」


「アスラン、お前は、幻視を、見たか?」


アスランの声が、わずかに、止まった。


「……見た。俺の、遠い未来。研究を、完成させた、自分の姿。じいさんに、なってた」


「じいさん?」


「お前は、もっと、じいさんになってたぜ。隣に、いた」


俺は、しばらく、答えなかった。


幻視は、各人に、別の像を、見せる。だが、その像には、共通点があった。


「ヴァロウを、探す。霧は、彼の幻視に、引きずられている」


俺たちは、霧の中を、慎重に、進んだ。


そして ―― 霧の中央に、青白い、強い光が、見えた。


その光の中に、ヴァロウが、いた。


立っていたが、目は、ここを、見ていなかった。


体表の文様が、激しく、蠢いていた。半年前と、同じ ―― いや、それ以上の、激しさで。


彼の周囲に、影が、複数、立ち上がっていた。3つ。4つ。


「……ヴァロウ!」


アスランが、駆け寄ろうとした。俺は、彼を、手で、止めた。


「待て。今、彼は、千年前の祭祀者たちの幻視に、呑まれている。乱暴に呼び戻すと、彼が、引き戻せなくなる」


「じゃあ、どうすんだ!」


俺は、ヴァロウを、慎重に、観察した。


彼の意識は、千年前にある。古代の祭祀者たちが、最後の章を隠す儀式の瞬間に、呑み込まれている。引き戻すには、彼の名を、現在から、呼びかける必要がある。


俺は、声を、上げた。


「ヴァロウ! お前は、今、ここにいる! 千年前ではない、今だ!」


ヴァロウの体表の文様が、わずかに、揺れた。


アスランも、続いた。


「ヴァロウ! 俺たちと、握手したじゃねぇか! 半年ぶりの、握手! 忘れたのか!」


ヴァロウの目が、わずかに、こちらに、向いた。


「……あ……すらん……?」


「そうだ! 俺だ! アスランだ! お前の、3頭目の獅子の、相棒だ!」


ヴァロウの体が、わずかに、震えた。


影が、4つから、3つに、減った。


俺も、続いた。


「お前は、自分の研究を、続ける、と言った。これからも、研究は、続けられる、と。覚えているか」


ヴァロウの目が、ようやく、現実の俺を、見た。


「……ルミナ……レオン……」


「ここにいる。お前は、今、ここにいる」


ヴァロウが、深く、息を、吐いた。


体表の文様が、徐々に、薄くなっていった。影が、3つから、2つに。2つから、1つに、戻った。


彼は、ゆっくり、膝を、ついた。


俺とアスランが、駆け寄った。


「ヴァロウ、大丈夫か」


ヴァロウは、しばらく、答えなかった。深く、深く、息を、吐いていた。


「……ありがとう」


彼の声は、震えていた。


「今のは ―― 私の中の、古代の流れが、最も強く、活性化した瞬間だった。最深部に、近づくほど、これは、強くなる」


「これから、もっと、危険になるってことか」と、アスランが、低く、問うた。


「ああ」


ヴァロウは、立ち上がった。だが、体表の文様は、もう、完全には、消えなかった。


「最深部の祭壇で、儀式を、行う必要がある。その時、私は、確実に、呑まれかける。儀式の途中で、君たちが、私を、引き戻してくれなければ ―― 私は、完全に、古代の何かに、変わる」


俺は、しばらく、彼を、見ていた。


「了解した」


アスラン「させねぇ! 絶対に、お前を、呑ませねぇ!」


ヴァロウは、わずかに、微笑んだ。


「……君たちが、いて、よかった」


霧が、徐々に、晴れた。次の階層への、最後の階段が、視界に、現れた。


◆ ◆ ◆


階段の前で、3人は、しばらく、立ち止まっていた。


最深部への、最後の階段。


下から、青白い、強い光が、漏れていた。


ヴァロウが、しばらく、その光を、見ていた。


「ここから先、私は……」


俺は、彼の言葉を、遮った。


「お前を、置いていく選択肢も、ある」


ヴァロウは、首を、横に振った。


「いや。3人で行く。それが、古代の祭祀者たちの、設計だ」


「最深部の祭壇は、対なる3頭の獅子で、初めて、起動する」


「そういうことだ」


アスランが、ヴァロウの肩に、手を置いた。


「俺たちが、止めるぜ! 何があっても、お前を、呑ませない!」


ヴァロウは、しばらく、アスランを、見つめていた。


「……ありがとう」


その言葉には、半年前の、苦痛に満ちた懇願とは、違う、温度があった。


信頼、と呼ぶに、近いものだった。


俺たちは、階段を、降り始めた。


青白い光が、徐々に、強くなった。


そして ―― 視界が、開けた。


◆ ◆ ◆


最深部、巨大な円形の祭壇室。


天井は、これまでで、最も高かった。半球状のドーム、その向こうに、海面が、見えた。日光が、海面を通して、室内に、青く、差し込んでいた。


そして、室の中央 ――


水晶の柱が、立っていた。


高さ、5メートル。透明、しかし、内部に、無数の古代語が、青白く、輝いていた。柱の周囲には、複雑な紋様が、床に、刻まれていた。


それは、明らかに、3つの章の、統合の場、だった。


俺は、ステッキを、握り直した。


ヴァロウの体表の文様が、激しく、光り始めた。


「……私の中の、古代の流れが、活性化している」


「儀式は、ここで?」


「いや、ここだ」


ヴァロウは、わずかに、笑った。


「だが ―― 私は、おそらく、儀式の途中で、呑まれる」


アスランが、握り拳を、作った。


「させねぇぞ!」


ヴァロウは、頷いた。


―― 頼んだぞ、対なる獅子たち。


3人は、水晶の柱の、周囲に、立った。それぞれが、紋様の、3つの起点に、位置した。


水晶の柱から、青白い光が、立ち上った。3人を、包んだ。


ヴァロウの目が、わずかに、揺れ始めていた。


俺は、ステッキを、握り直した。


「儀式を、始める」

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