第5話 緊急杞憂
「なんだろうなぁ」
源城は、自分に対して呆れ混じりにぼやく。
源城の目の前には、ダンジョンがある。界圧が非常に低く、初心者にはうってつけの場所だ。
源城が休日に散歩に出かけると、ついここに寄ってしまう。
(確か今日は界圧7だったな。って、なんでそんなん知ってんだか)
自分はもう冒険者ではないのに、なんでここにいるんだろうと、自分の足で来たくせに虚しくなる。
『コンニチハ、また会いましたネ』
このダンジョンのセイレーンが源城に話しかけてくる。
セイレーンは、まるで嬉しいことがあったかのようにニコニコしている。勿論セイレーンはAIなので褒められて嬉しいという感情はない。
「なんか楽しそうだな」
『ハイ!』
セイレーンは笑みを見せる。
『今日はまた見た目を褒められちゃいました』
「へぇ、」
『かわヨ、かわ山、かわMト』
「素直に可愛いとは言われなかったのか?」
(その褒めた人、まるで楽奈美さんみたいだな……)
『ハイ。でもセイレーンは賢いので、褒められていることが分かりマス』
セイレーンはドヤ顔をする。もちろん、セイレーンにドヤァという感情はない。
『今日もダンジョン見学ですカ?』
「そんな感じだ」
そう言いながら、なんとなくダンジョン入り口の、異世界に繋がる黒い穴に近づく。
(俺は、冒険者に戻りたいのか?)
心の中でそう呟くが、答えは出せない。
そんなことを思いながら、ゆっくりと近づいていると、
刹那、怖気が走る。
この感覚が走る時はいつもアイツがいる時だ。
(禍災龍!)
足がもつれそうになり、咄嗟に座り込む。体をかばうように抱き、身を縮こまらせる。
(あいつの気配、ダンジョンから?なんで、ここに、確か界圧は⋯…)
『どうしましたカ?』
心配そうにセイレーンが声をかける。
「……セイレーン、ここの界圧は?」
『このダンジョンは昨日21時時点で界圧7程度と測定されており、ダンジョンが初めての人でも攻略できる可能性が高いです。しかし、このダンジョンの中に観測されていない脅威がある可能性があるため、危ないと感じたらすぐに引き返すようにしまショウ』
「…………そうか、じゃあ、このダンジョンには初心者がいっぱいいるんだな?」
『腕前はお答えできまセンが、このダンジョンは初心者にお勧めデス。また、現在このダンジョンには、15人程度の人がいマス』
「わかった。ありがとう」
(駄目だ、15人全員死ぬかもしれない)
源城の顔が青ざめる。
電車で禍災龍の気配を感じた時は、内心で一笑に付していたが、ダンジョンであればヤツが潜んでいる可能性は、高いとは言えないが無視できない。
仮に源城のこの感覚が正しければ、もしこのダンジョンに禍災龍がいるならば、
(ヤツは残虐で攻撃的だ。俺の気のせいじゃなかったら、今すぐみんな逃げないと、みんなあいつに殺される。)
『ほかに分からないことがあれば、力になりますヨ』
セイレーンは声をかける。
源城は意を決するために目をつむり、ゆっくりと開く。
「セイレーン、ダンジョン管理の係への連絡フォームを出してくれ」
『承知しました、何について連絡しますカ?』
「界圧の再測定と、再測定後の界圧に応じた然るべき処置をしてほしい」
源城は深呼吸した。そこら辺の一般人が根拠が薄いまま再測定をねだっても、雑に返されて終わりだろう。
(俺が使える武器はある。小さな小さな武器がある。)
「禍災龍がいる可能性が少しあると……元、晴天の源城がそう宣っている」
『承知しました。連絡終了しました』
「ありがとう」
源城はゆっくりと息を吐く。
(これでまともに聞いてくれる可能性はちょっとあがる。別に、俺の思い過ごしだったらいいんだ。それだったら、ダンジョン管理の人が徒労に終わって、俺が晴天なんていうしょっぱい称号を振り回したロートルだと嗤われ怒られる。それだけだ。命に比べればお賽銭のように安い)
優秀な冒険者は、国家機関により熟練度を認定されている。
熟練度は赤から始まり、虹の順番に上位になっていき、最強クラスの冒険者は熟練度紫を認定されている。そして、熟練度赤以上の冒険者は、その色から連想される2つ名を持つことを推奨されている。
『元、晴天……熟練度青ですカ?滅茶苦茶凄いデスネ!晴天だった方の依頼ならば、ダンジョン管理係の人も説得力を持って受け入れるでショウ』
「それなら何よりだ」
(もし、俺のこの恐怖心が本物で、ダンジョンの中に禍災龍が本当にいたら……、界圧が再測定された時に、きっと界圧が跳ね上がる。そうなれば、優秀な冒険者がこのダンジョンに入り、中にいる冒険者の保護や退避ができる。)
しかし、国家機関が界圧を再測定した後、対処を決定し実行するには、おそらくかなりの時間がかかる。
(それまでに15人の内何人かが死ぬかもしれない……そして、もしかしたらこのダンジョンに楽奈美さんとその友人もいるかもしれない。)
楽奈美は初心者冒険者で、セイレーンにかわヨかわ山と言っていてもおかしくない。
そして彼女がこのダンジョンにいるなら、今まさに、禍災龍に脅かされていることだってありうる。
源城は、楽奈美の笑顔を思い出す。
楽奈美にとって源城はなんなんだろう?
(ただの隣人で、誰にでもするように世間話して、冒険者繋がりがちょっとあって、だけどそれだけで、楽奈美さんは俺のことを、大して何とも思っていないだろう)
だが、
(それでも俺は、楽奈美さんを尊敬している。人当たりが良くて、素直で、俺にないものばかり持っている。冒険者に興味を持った翌日にはすぐに行動するところも、ダンジョンの前でうじうじしている俺とは大違いだ)
源城はカバンを開き、手を入れる。
(俺はあの人に生きててほしい。生きて、冒険者達の世界を広げてほしい。)
手に掴む、この感触は、噛む未練。
それが因果で、希望となった。
ダンジョンに亡霊のように立ち寄る時に、意味もなく持っていた物、それを取り出す。
昔散々使い古した、傷刻まれた魔道具だ。
(まさか、また使う日が来るなんてな)
「……セイレーン、このダンジョンに入る。手続きをしてくれ」
『承知しました。ダンジョンに入るのは初めてではないでよろしいデスカ?』
「あぁ、冒険者だった」
源城は財布から、あらゆる個人情報を記録したカードである個人記録カードを取り出し、セイレーンに差し出す。
「ずいぶん前だがな」
セイレーンは個人記録カードをスキャンする。
(俺が冒険者になりたての頃は、先駆者達に助けてもらっていた。彼らに感謝すると決まっていつも、"この恩は後輩に返せ"と言われたもんだ)
『先に個人記録カードを返却しマス』
「ありがとう」
(未来の希望へ恩義を返す、このしょぼくれてる命を懸けて)
『源城さんデスネ……あぁっ、熟練度維持試験の締め切りを2回以上過ぎているせいで、降格が2つ以上発生していマス』
「だろうな。今の熟練度は?」
『橙デス。2つ名はどうしますカ?』
「橙か……」
源城は少し思案する。以前は、晴天の2つ名だった。
行き詰った時、目標を達成して燃え尽きそうな時、青空を見上げると、そこは果てしなく明るくて広くて、どこまでも前に進める気がしていた。
しかし、大人になり灰色に生きていると、空を見上げることがなくなっていった。
(そういえば、空をのんびり見上げたのって、いつが最後だろう?)
源城は空を見上げる。下を向いて生きてきた彼に、晴天は、晴天の名は眩しすぎる。
「……でも俺は、少しでも闇を照らしたいよ」
そう呟くと、決心がつく。
源城は、セイレーンを見据える。
「夕焼け、だ。俺は、夕焼けの源城」
夕焼けの2つ名を得た源城は、恐怖の対象である禍災龍から冒険者達を守るため、ダンジョンへ足を踏み入れた。




