第23話 答えあれば嬉しいな
源城は冒険者としての腕を取り戻しつつあるが、それは休みの間。
平日は、一山いくらの会社員
パソコンで資産管理アプリをカタカタと操作し、技術部が1ヶ月前に無言で移動した庶務課のサーバー(昨日ひょんなことから発覚した)を、新しい場所に登録し直す。
(補足入れないとな、別の支部にあるって。しばらくしたら技術部のやつら、しれっと戻しそうだなぁ。)
とりあえずカレンダーのアプリに、2週間後に技術部の人に確認する旨を記録する。
(技術部で使うぶんには、いいっていうか有効活用だし助かるんだが、一応俺ら庶務課のパソコンだし行方とかちゃんと伝えてほしいんだけどな)
と心の中で愚痴るも、言葉にはしない。係長も課長補佐も、雑談や愚痴を言うタイプではないし、源城も悪口を言うと心が重くなるタイプである。
淡々とタイプする。ブラインドタッチは一応できるが、係長のタイピング音に比べれば徒歩と自転車である。
「ねぇねぇ、昨日飲み会参加しなかったねぇ」
遠方から、歩いてくる人達の声がする。
技術第三部の課長と玲紀麻衣だ。
「あ……えっと、お金が、なくて。すみません」
玲紀麻衣は表情を硬くしたまま愛想笑いで返す。
(技術第三部との飲み会なんて、嫌だろうな)
技術第三部は対人面で問題のある職員が多いとは言われている。
あくまで伝え聞いた噂だが、飲み会で若手の顔に酒をぶちまけ笑ってたとか、一発芸をさせて滑ったところを動画で撮影したとか、若手女性職員に対し中年の係長の兄とお見合いしないかとしつこく迫ったとか、聞いてて気分の悪くなる話はゴロゴロと転がっている。
「お金ないの?駄目だよぉそんなんじゃ。出費しすぎなんじゃない?女の子ってすぐ推し活〜バエ〜とか言って馬鹿みたいな値段のもの買っちゃうんだから」
「え、いや、えっと、出費は、気をつけます……」
「ていうか大学の頃はパパ活とかしてなかったの?高いバッグとか買ってなかったらお金あるでしょ?おっとセクハラかな?いやでも、これは必要な指導だから」
「お、お金は、節制してます……もっと、気をつけます……」
(コンプラ的にアウトすぎるだろ)
レッテルまみれのモラハラセクハラがミックスされた言葉に源城は不快な気持ちになるが、ただでさえことなかれ主義の彼は、階級がはるか上の男にたてつくことなんてできるはずがない。
「ていうかパパ活やってないの今?お金ないんでしょ? おじさんとニコニコして話すだけで3千円だよ。女って楽だよなぁ」
(早く、こいつの話をやめさせないと。1人がハラスメントをするとそれを受けた人だけじゃなくて、見聞きした人間のパフォーマンスも下がる。オフィスの大体の人に聞こえる声で、ハラスメント行為をするのは、明らかに組織にとってよくないこと。注意すべきこと。だけど……)
源城はイスのふちに手をかけるが、そのまま立ち上がる力が出ない。
ここで自分が出ていくと目立ってしまうし、騒ぎを大きくしてしまうかもしれない。
ここでハラスメント課長の機嫌をそこねたせいで、事態が悪化し、源城が悪い意味で目をつけられることも全然ありうる。
それに、玲紀麻衣が、部外者の介入を望んでいないかもしれない
(だけどなんだけど……!)
源城は立ち上がった。
そして、頭の中の不安を頑張って追いやって、すたすたと、課長と玲紀麻衣の元へ歩き出す。
「……」
課長は源城を一目見るが、無視して話を続けている。
(勇気を見せろ俺。悪いのは空気を悪くしている課長だ、声の大きさとか話す内容とかを指摘するだけ。資料の誤字を指摘するように、あくまで仕事の一環として……)
努めて平静に、おおごとでないように、歩く。
「……ええっと、お話し中のとこすみません」
課長と玲紀麻衣の間に割り込むように、源城は口を開く。
「……」
課長は不機嫌そうににらみつける。
「…………あの、えっと、れ、玲紀麻衣さん、用件がありまして、庶務課来てくれませんか?」
(なっさけねええええ!!)
不意に出た正義感に、ことなかれ主義と権威に弱いところが混乱融合してしまった結果、とっさに出たでまかせで玲紀麻衣を引きはがしにかかることになってしまった。無論、無計画
「はは、はいっ、行きますっ、失礼しますっ」
課長に一声かけて玲紀麻衣は源城についてくる。
「あ、あの、それで、用事というのは……」
庶務課へ向かいながら玲紀麻衣に声をかけられ、源城は必死に頭を回転させる。
「ああああの…………たらく係長に渡してほしい書類があるんですけど、」
とっさにひらめいた。そういえば、玲紀麻衣の上司に渡す書類があった。
「はい、承知いたしました」
玲紀麻衣に書類を渡す。
「これです、よろしくお願いします」
「はい」
玲紀麻衣は下に目を落とす。
「……あの、源城主任」
玲紀麻衣の表情は、うつむいてて見えない。
「はい?」
「あ、あの……そ、その……」
「ゆっくりで、いいですよ」
源城は努めて柔らかく声をかける。
「……あの、ありがとうございましたっ!」
「っ、はい、どういたしまして……?」
ぺこりとお辞儀をして早歩きで去っていった。
(よかった…………のか?ホントに?)
源城としては、ハラスメント暴言まみれの課長の話をなんとか終わらせて玲紀麻衣を逃がしたいという気持ちがあった。
しかし、悪く捉えるなら、唐突に呼び止めて他人の仕事を振ったうっとうしいやつと思われかねない。
(だめだ、これ以上考えないようにしよう。人の気持ちなんて、推し量れない要素が多すぎる)
源城は気持ちを切り替えるように、パソコン作業に戻った。
源城の周囲が、カタカタという無機質なキーボード音で満たされていく。
日常に戻っていく。
仕事終わりの帰り道、薄暗い道を歩くと、楽奈美がいた。こちらを見ると、ぱぁっと顔を輝かせる。
「源城さんっ!」
そのままてててと駆け寄ってくる。
「ちょっといいですか、魔道具が何もしてないのに壊れましたっ!」
「えっ、動かないですか?」
「なのでこれから……家来てもらってもいいですか」
「えぇっ!?」
「それか家来もらってもいいですけど」
「家来はいません」
というわけで、源城はタッタカ着替えて楽奈美の家の玄関に立つ。
(いいのか!?女性の家で2人きりになっていいのか!?)
「いらっしゃませぇ、」
楽奈美はゆっくり扉を開けて、顔をのぞかせる。
「どうぞどうぞ、汚いところですけど、頑張ってざっと掃除はしたんですよ」
「お、お邪魔します……」
楽奈美にすんなり招き入れられると、意識している源城が変に思えてくる。
「洗面台そっちでーす」
「どうもです」
手を洗い、拭いて、居間に行く。
居間はシンプルな机と布団の構成だ。質素な部屋だが、机の上には猫と狐の可愛らしいぬいぐるみが手を繋ぐような距離でぽてと置かれている。
「それで、魔道具が壊れたというのは?」
魔道具はダンジョンにおいて必須である魔法を使用するために必要なアイテムだ。
カードリッジ状の小さな平べったい箱の中に、現代科学の粋がつまっている。
「魔道具起動装置に月面強襲差しても試験起動しなくて……」
「見せてください」
「これがですねぇ」
魔道具を起動するための魔道具起動装置には、ダンジョン内でちゃんと魔道具が起動するか確認する試験起動モードがある。
魔道具があっても、ダンジョンの外、例えばこの家では魔法が使えないが、ダンジョンにてぶっつけ本番で魔法を使おうとして不具合が起きるのは致命的だ。
そこで、家などで試験起動をして動くことを確認することで、ダンジョンでのトラブルを防ぐことができる。
その試験起動モードで魔道具起動ができないということは、このままダンジョンにもっていっても魔法が使えないことが容易に想像できる。
「そうですねぇ、甘耳足濃さんの犬あるいは飴に書いてあるのは確認しましたか?」
「あまみみあしこ?? どっぐおあきゃんでー??」
楽奈美のきょとんとした顔に源城はハッとなる。
(ヤバい、言ってなかった。めちゃくちゃ重要人物なのに)
「ええっと、甘耳足濃さんは、魔法をもたらした者と呼ばれています」
「魔法を、もたらした、ですか?」
「えぇ。むかしむかし、ダンジョンが開拓されていくにつれ、各国が国家規模で戦闘部隊を投入しました。そうやってダンジョンを力ずくで踏破し、中の物を持ち帰り、科学は発展していきましたが、戦闘機や火薬などの消費が激しいという懸念がありました。」
「まぁ、戦闘機もお金かかりますもんね。ウン千万とか億でいけるんでしょうか? ダンジョンで壊されたらそれがチョキですもんね」
「チョキじゃなくてパーですね、また、国家が必要と感じなかった物は、収集の優先度を下げられましたが、そういった物も個人が生活を豊かにするためには必要なものだったりして、国家以外の個人がダンジョンに入ることの重要性が語られるようになりました」
「前にニュースで、ダンジョンの物を使って、10個ぐらいのキャラの形に光る懐中電灯が安く作れるようになったみたいな話をしてましたね。そういうちょっとした楽しみみたいのは、国が考えるより個人が考えたほうがよさそうです」
「そうですね、そんな中、とある生物学者の方が、ダンジョンの生き物を分析し、ダンジョンの生き物を激しく燃やす炎を開発しました。彼女は、人類に炎を与えた存在として、甘耳足濃を名乗るようになりました」
「あーーっ、アマミミアシコ、なるほど、炎を与えたことにちなんでアマミミアシコって名前なんですね」
「らしいですね。俺は教えられて初めて知りました。その甘耳足濃さんは、炎だけでなく、色々な魔法を開発、あるいは開発に大きく貢献していきました」
「へぇ、じゃあ、魔法の始祖みたいな方なんですね」
楽奈美の言葉に、源城は頷く。
「甘耳足濃さんは、魔法を開発すると同時に、それを悪用されにくくするための体制づくりもしました。魔法を器具に閉じ込め、ダンジョン以外では使えないようにする仕組みを提案するチームに参加し、魔道具が一般に販売されるにあたって大きな貢献をしています」
「すっごいですね、開発だけじゃなくて、ルール作りまでやっちゃうんですか」
「そうですね。甘耳足濃さんは、技術と倫理と、どちらにおいても重要な役割を果たしました。その甘耳足濃さんが、魔法に関するトラブル発生時にまず確認するべきことを、ダンジョン内外で分けて説明したチェックシートを作成しました。それを、犬あるいは飴といいます。俺もダウンロードして次世代電話機に入れてます」
源城は次世代電話機を操作して、楽奈美に画面を見せる。
「これが、"犬あるいは飴"です」
「ほほーう」
楽奈美は源城の見せた画面を観る。
"犬あるいは飴"は、無機質な表形式の文書ファイルで、トラブルごとの対応方法が書いてある。
「うぇぇ、無機質」
楽奈美は苦いものを食べた子供のように顔をしかめて舌を出した。
「確かに文と表だけの味気ないものですが、冒険の基礎が詰まってますから、頑張ってください」
「ぷぃぃ〜」
楽奈美はすねた子どものような声を上げてから、正座して"犬あるいは飴"を読む。
書類自体は20ページぐらいあるが、楽奈美からは月面強襲を魔道具起動装置に挿入して試験起動するも起動しないと言われていたため、そこのページを見せている。
「えっと、まず、試験起動しない魔道具以外を試験起動する、じゃあ、重飛兎でいいか」
楽奈美はゆっくりと立ち上がる。それに合わせてスカートが少し揺れる。
楽奈美は重飛兎の魔道具を持ってきてから、また源城の隣に正座で座ると、魔道具起動装置に挿入し、試験起動した。
「どうですか?、試験起動しましたか?」
「駄目ですねー。ウンともスンともヌンとも」
「ぬん………?」
どうもかんばしくないようだ。あれやこれやと魔道具や魔道具起動装置をかちゃかちゃしている。
正座のまま楽奈美が続けていると、楽奈美がつらそうに半立ちになる。
「かぁーっ、足が痺れるー、麻辣の麻だぁ、ところで私は麻ができるー」
「正座、崩してもいいんじゃないですか?」
「正座になると、真面目モードに切り替わるんです。昔、書道の習い事してたからですかね」
楽奈美はそう言いながら正座に戻ってかちゃかちゃ魔道具をいじくる。
(こうやって試行錯誤して、魔道具への理解が深まるんだよな。頑張れ、楽奈美さん)
源城の口元が緩む。ダンジョンにおける魔法とは、好きな時に魔力の限り好きなだけ使えるものだ。
そして、その当たり前を守るために、ダンジョンの外で入念に準備しなければならない。
(楽奈美さんは魔道具の接触周りで悩んでるけど、多分それなら起動ランプが一瞬光ったりしてもおかしくないな。だけど全然ランプが光ってない、ということは……)
源城は楽奈美が迷宮に迷い込みかけているところを見て助け舟を出す。
「楽奈美さん、魔道具起動装置のサブバッテリーの充電ってしました?」
「サブ……バッテリー……」
思案げな楽奈美は、少しのラグがあってから、はっとしたような表情になる。
「ああーっ!忘れてた、忘れてましたよ!そんなパーツありましたね!」
「魔道具起動装置のサブバッテリーは、基本メインバッテリーが切れた際の予備ですけど、物によっては、電気の回路を単純化するためにサブバッテリーの電源から一部機能の電気を供給するんですよ」
「私の使ってる魔道具起動装置の試験起動の関係が、サブバッテリーから使われてるかもしれないわけですね!」
源城が教えたとおりに、楽奈美は魔道具起動装置からサブバッテリーを取り出し、試しに充電を開始した。
「とりあえず数分は充電しましょうか」
「じゃあちょっと休憩ですねぇ」
楽奈美は正座のまま伸びをする。
「"犬あるいは飴"なんてあったんですね、全然知らなかったです」
「知らないのは、覚えればいいんですよ。というか俺も教えてなかったです。すみません」
「謝らないでくださいよぉ」
楽奈美は手をひらひら振った。
「……ここでのがんばりが、次のダンジョンの安心になるんですね」
「そうですね」
楽奈美のつぶやきに、源城はうなずいた。
「私、次のダンジョンで3回目ですよね。ドゥライブはほとんど見学だったから、私が頑張るのはこれが2回目です」
「はい」
「しかもそこのダンジョンは、私みたいな初心者が行くには界圧が高いんですよね」
「はい、そういうダンジョンを、俺が選びました」
源城はダンジョン選定の際にロコクリスの意見を聞きたかったが、ロコクリスは『源くんがいっぱい考えてくれたっていう気持ちが大事なの♡』と言い意見を出そうとしなかったので、源城1人で色々とブログとか配信動画を見て自分なりに選定したのだ。
実はちょっと不安だったりする。
「だから、怖いとこもあるけど……一番は、ワクワクしてるんです」
楽奈美は拳を握った。
「入ったことないダンジョンは、どんな景色なんだろう、どんな生物がいるんだろう、どんな冒険者と一緒になるんだろう。……私の知らないことは、まだまだ星空のようにあふれています」
楽奈美の言葉に、源城はうなずく。
「その中で、源城さんが私のために考えて見せてくれる世界がどんなものか、すごく楽しみなんです」
楽奈美は、そう言うとそこで苦笑する。
「とゆーわけで色々ダンジョン行きたいので、魔道具とかのメンテナンスは大事ですね。"犬あるいは飴"は、私もダウンロードしておきます」
「その意気です」
源城は、楽奈美の向上心に感心していた。
「ということで、色々教えてくれてありがとうございました。何かお礼しますよ」
楽奈美は、頭を軽く下げた。
「いえいえそんな、俺も先輩達にしてもらったことですから」
源城は頭をかく。
「でもこの感謝の気持ちは返したいです。お菓子好きですか?」
楽奈美は立ち上がる姿勢をとる。
「何食べたいですか?えっとお、アイスクリームとピーナツとキャンディと……」
楽奈美が正座から立ち上がろうとした瞬間、
「あぁっ!」
足のしびれが来たのか、両足の動きがちぐはぐになる。
そして、バランスを崩し、
源城のところへ倒れ込んだ。
「っ!」
源城が楽奈美の落下の衝撃を受けた後少し落ち着いてから、状況を把握しようとする。
「……っ!?」
源城はほおを赤くし目を丸くする。
源城は楽奈美に上からおおいかぶされ、その全身で楽奈美のラフな服装越しの柔らかな乳房や肉体を感じてしまう。
更に、源城は、耳に何か温かいものを感じると思ったら、耳をくちびるでくわえられていた。
柔らかなくちびるの感触と、温かく湿った口内の感触を耳で感じ、ドキドキが早くなる。
「わぁっ!」
楽奈美は体をすぐに起こす。顔が赤い。
「……う、」
楽奈美は冷や汗を流しながら、わざとらしく体をくねらせ上半身を前に突き出す。
「う、うっふーん、今のがお返しよぉん」
「!?!?!?」
少しの沈黙。
「ごごごっ、ごめんなさい。滑りました、ええ嘘ですとも。久しぶりに真面目モードになったせいで足が痺れて、足が辣になっちゃって」
「いいいいえ、全然、全然、むしろ、俺が下にいたせいでなんか気まずくしちゃってごめんなさいっ!」
「いえいえ、そもそも私がっ!」
2人の、わたわたとした謝りあいを、準備完了なサブバッテリーがそっと見守っていた。




