第22話 言う後退心
ダンジョンプレデターを撃破し、ダンジョンを出ると、外は昼と夕方の間ぐらいの天気だった。
西へ傾き始めた太陽が空を柔らかく照らす。
「……ところで源くん」
「ん?」
ダンジョンから出て、徒歩で最寄り駅に向かう途中、ロコクリスが源城に問いかけた。
「源くんのとこには、"ワンジン"のお誘いは来た?」
「……あぁ、来てたな」
源城は頷いた。
「俺個人あてにわざわざな」
「へぇ、注目されてるのね♡」
「過大評価じゃないかぁ?元熟練度青が独り歩きしてないかな?」
「ワンジン?」
楽奈美が話に割って入る。
「ワンジンってなんですか?人面犬ですか?」
「あっと、すみません、知らない話で盛り上がっちゃって」
源城は楽奈美を見る。
「区域遠征の"ワンジン"です。と言っても、まず区域遠征からですよね」
源城は上を向いて、思考をまとめる。
「区域遠征は、たくさんの冒険者達を集めて1つのチームにして、広大なダンジョンを踏破する攻略方法です」
源城は指で円を描く。
「大企業とかが組織力や資金力を生かして冒険者達を集めて、ダンジョンまでの旅費を負担しつつ飲食や補助魔道具を格安で提供するんです。大企業側はその見返りとして、冒険者達がダンジョンで得た利益の何割かをもらいます」
「ダンジョンを踏破する力と設備を、冒険者と企業で支え合って用意するんですね。企業が絡むってなると、もしかして結構な大人数でダンジョン潜るんですか?」
「そうですね、多いやつだと、1万人ぐらい集めて、そこから1000人ぐらい選抜して区域遠征に参加したりしますね」
「1000人!?」
楽奈美が源城とロコクリスを交互に見る。
「私らの333倍ですか!?」
「それだけの人数が一斉に集まる機会がなかなかないから、冒険者にとってはそこもメリットなんですよね。人数が多ければ未知のダンジョンもすぐに情報共有できるし、強大な敵も、何十人もの冒険者で連携して戦えば難易度はグッと落ちます」
「それで、その、わんじん?っていうのに誘われたんですか?というか、えーりあくすなんとかって、スカウトで募集するもんなんですか?」
「区域遠征は、識別用にカタカナ3文字ぐらいで副題を付けるんですよ。"ワンジン"っていうのは、俺が招待されたやつの副題です。それで、招待っていうのは……正直レアですね」
源城は、区域遠征の招待メールを見た瞬間に首を傾げたことを思い出す。
「運営がSNSとかで参加者を募集して、参加希望者は運営とコンタクトを取るってやり方が普通なんですけど、運営が特にこの人に来てほしいって思ってれば個別に招待することはあります」
「えぇーっ!?源城さん凄いじゃないですかぁ!」
「凄い……んですけど、内実が伴ってるのか心配ですね」
源城は苦笑した。
「まぁ、"ワンジン"の募集要項見ましたけど熟練度橙以上推奨なんで、行って役に立たないことはないですけど、招待枠ってなると大げさだなぁって思います」
「いいじゃないですか。行ってみたら期待以上に活躍するかもしれませんよ。日程的には行けそうなんですか?」
「日程的には行けそうなんですが……正直、行くか迷ってます」
「そうなんですか?」
「はい、」
源城は、"ワンジン"への招待DMを見た時、過剰な期待だとは思ったが参加しようと考えてた。
しかし、ベッドの中に入ってぼんやりと考えると、今の自分を衆目にさらすことが不安になる。
「運営に、ほかの冒険者に、昔の俺を求められたら、俺は絶対期待を下回っちゃいます。なんだかそれが……」
(それが、なんだろう?)
悔しい?恥ずかしい?申し訳ない?
考えるが、自分の考えに合う言葉が繋げられない。
「そのせいで、二の足を踏んでるところがあります」
「そんな、気にしすぎですよ。今回のダンジョンだって源城さん大活躍だったし!」
「それは…………。たしかに、今回は、上手くいきましたけど……」
「……分かりました、分かってきました」
「はは、もう少し冒険とかしてから、別の機会にお誘いがあったらもしかしたら行こうって気に……」
苦笑いでごまかそうとする源城に、楽奈美がずいっと近寄った。
美少女の顔が眼前に来て、どぎまぎしてしまう。
「え、えっと……?」
「……源城が自分のこと褒めないってロコクリスさんがさっき言ってましたけど、分かってきました」
「…………そ、そうですかね?」
その時、前方不注意の自転車が人の歩く歩道を強引に走り抜ける。
そして、スマホをいじりながら高速で歩道を駆ける行為者の左腕が、源城の腰に衝突する。
「っ!?」
源城は不意を突かれ、前に体が傾く。
源城の体はバランスを取ろうと反射的に近くのものを手に収めようとし、
結果、楽奈美の腰の後ろに手を回してしまう。まるで抱きしめるように。
「にぇっげっ!?」
反射的に手を離し後ろに飛び退こうとする源城。
しかし、
そんな源城を、楽奈美は抱き締めた。
楽奈美は源城の腰の辺りに手を回し、ぎゅうっと抱き寄せる。
「らぁっ!?!?」
源城はびっくりしすぎて楽奈美の名前すら呼べない。
自分の腰に細腕が強く触れる感覚と、正面同士でくっついている楽奈美の服越しの柔肌を感じる。
源城は混乱しながら楽奈美を見下ろすと、楽奈美もなんでこんなことをしたのかわからないといったような混乱した様子で顔を真っ赤にしながら、それでも強い意志を持った目で源城を見上げる。
「私……"ワンジン"参加します!」
「っ!?」
「あらぁ」
源城とロコクリスがそれぞれ反応する。
「源城さん、私も、"ワンジン"参加できますよね?」
「……できます」
楽奈美の問いに、源城は首肯する。
「"ワンジン"は熟練度橙以上推奨ですけど、熟練度赤や、楽奈美さんのように熟練度を認定されていない冒険者も対象です……けど、」
そこで源城は楽奈美を見つめる。
「ただし、熟練度橙以上推奨ということは、それだけ界圧が高いダンジョンで戦力にならなければなりません。それに、"ワンジン"に同行するためには、選抜試験もあります。募集要項を見た限り、倍率は10倍程度。熟練度橙以上がほとんどの冒険者達の中で、上位10%にならなければなりません」
源城は、楽奈美に抱きしめられたまま努めて平静に答えた。
(楽奈美さんが"ワンジン"に興味持ってくれたのは嬉しいけど、今の楽奈美さんじゃあ……)
そう思いながら楽奈美を見ると、その目は光を全く失っていなかった。
「…………険しい壁を、乗り越えればいいんですね?」
「は、はい、」
源城は、話がつかめないままコクリと頷く
「じゃあやります。全力出して、奇跡を起こします!」
「ら、楽奈美さん……」
源城は思わず呟く。
自分より背が少し小さくて、自分より若くて、自分より冒険者の経験がなくて、
そんな彼女が、自分がためらっている地へ踏み込もうとしている。
「ってうわぁっ!」
楽奈美は急に叫んで抱きしめる手を離した。
「ごっごめんなさい源城さんっ!なんか……反射的にっ!」
「いえいえいえ、元はと言えば俺が自転車と衝突したせいで……!」
楽奈美も正気に戻ってきたのだろう。
2人は真っ赤になって、だばだばと慌てふためく。
「……じゃあ、楽奈美さん、ちょっと修行しませんか?」
2人の空気を裂くようにロコクリスが声をかける。
「修行?」
楽奈美は首をかしげる。
「楽奈美さんの実力より界圧高めのダンジョンに行きましょうか。私と源くんはサポートするけど、極力1人で行けるとこまで行きましょう」
「つまり……今回のダンジョンで言うところの、源城さんの役を私がやって、ロコクリスさんの役を、ロコクリスさんと源城さんがやるわけですね」
「そのとおりです」
ロコクリスは頷いた。
「ダンジョン3回目とは思えないほどの界圧高いダンジョンを、楽奈美さん主役で踏破してもらいます」
「…………私が"ワンジン"の参加メンバーになるのは茨の道。その前に試練を用意してくれるなら、私の試練を2人に見守ってもらえるなら……めちゃくちゃ嬉しいです!」
楽奈美の目が輝く。
「私、高いダンジョン行きたいですっ!」
「決まりねっ」
ロコクリスはパンと手を叩いた。
そして、あれよあれよという間に、日時の段取りが固まっていく。
(…………本当に、凄いな、楽奈美さんは)
源城は内心で呟く。
(区域遠征のことも、"ワンジン"についても、知ったばかりなのに、果敢に先へ進もうとしている)
源城は、そこそこの活躍がある程度見込めそうな遠征に、言葉にできない理由で二の足を踏んでいる。
そんな源城とは対照的に、果敢な初心者冒険者楽奈美が主役となり、彼女の実力からすれば高難易度のダンジョンに潜ることになった。
(俺は……楽奈美さんを知りたい。楽奈美は、俺にないものを、たくさん持ってる。一緒に冒険者をしていれば、俺はもっと勇気を持てるのかな……)
源城は、楽奈美の背中を見つめた。




