第24話 拳士の未知もきっと分かる
源城は、楽奈美の冒険者としての技量を見極めるために、ロコクリスと共に、熱乾のダンジョン、デモーナジ・コトイエを探索していた。
「ここで私が、浅学やけど熟練度橙もかくやという力量を見せれば、月に帰れるんですね」
「ええっと……がくやとかくやとかぐやをかけてる……で合ってます?」
区域遠征が1つ、"ワンジン"。その冒険者部隊の選抜試験に楽奈美は参加を表明するも、選抜試験は熟練度橙以上のやり手冒険者がひしめくことが想像できる。
そこで、楽奈美の修行として用意されたのが、この熱乾のダンジョン、デモーナジ・コトイエだ。
デモーナジ・コトイエは乾燥した熱い空気で、空から灼熱が照りつけてくる。
腰辺りまでのやや長い草が辺りに生え、細くて3メートルほどの高さの樹が散見される。
穏やかな気性の生き物が多く、人間が3人立っていても、周りの獣も鳥も知らん顔で草を食べたり空を飛んでいる。
「楽奈美さん、あのバーコードゼブラ、いけますか?」
源城は、シマウマを指さした。そのシマウマは黒と白の縞模様が細く規則正しく並んでいて、名前のようにバーコードみたいだ。
「はい」
「では、バーコードゼブラの特徴と対策は何ですか?」
「えっと……」
楽奈美はそこで思案する。
「バーコードゼブラは、臆病で、襲いかかるとすぐ逃げます。しかし、一度手傷を負わせるとしつこく反撃してくるので、最初にちゃんと準備して、一気にたたみかけます!」
「そのとおりです」
源城は頷く。
「ですよねっ! 勉強してきましたから!」
「勉強の成果が早速出ていますね」
源城は、今いるダンジョンの詳細について、公的なWebページや個人ブログなどの情報を、楽奈美に送信していた。
すると楽奈美からいくつか質問が飛び出し、源城も知っている限りで回答した。
楽奈美のこのダンジョンに対する熱意がうかがえる。
楽奈美は深呼吸すると、「よしっ!」と短く声を発した。
「じゃあ、源城さん、ロコクリスさん、行ってきます」
「無理はしないでくださいね」
「いってらっしゃい」
楽奈美は、源城とロコクリスから離れ、1人でバーコードゼブラに近づく。
「……」
源城はじっと楽奈美の動きを見つめる。
デモーナジ・コトイエは、今の楽奈美には早すぎるダンジョン。楽奈美の自主性を尊重するのはもちろんだが、源城の脳裏に、初めてのダンジョンで禍災龍に襲撃され、片腕と片足をえぐり取られた、楽奈美の親友波夢子の姿を思い出し、源城のほおに嫌な汗が伝う。
(大丈夫か楽奈美さんバーコードゼブラは温厚だけど脚力強いし頑丈だからもしかしたら急に反撃されたりしたらどうする。俺は一応回復できるけど楽奈美さんが顔をいきなり蹴られたりしたら回復が間に合うかの瀬戸際になる。いやそうならないよう楽奈美さんの周りに盾を構えるなりした方がでもそうすると楽奈美の成長に繋がるのか心配だどうする、どの程度俺は口を出せば)
「……源くん」
ロコクリスが近づいてくる。
「ん? どうし……」
れろぉっ
「びぇっ!?」
源城は思わず飛びのいた。
「なななっ……な、えぇ!?」
(なんだ……!? なんで、ロコクリスにほおを舐められ……!?)
源城が慌ててロコクリスを見ると、上目遣いで柔和な笑みを見せながらも、目は欲望に光っている。
「源くん、リラックスだよ♡」
「リラックスさせるためにほっぺ舐めたの!?」
しかし、その奇行を受けて、源城は一旦冷静になれた。
ほおに風が当たるといつもより冷たい。
「……確かに、起きてないことを色々悩みすぎたな」
「そうそう、もっと楽奈美さんを信じてあげて」
「……そうだな」
源城が改めて楽奈美を見ると、楽奈美は、源城達から数メートル離れた先で、姿勢を下げてやや高い草むらに紛れて、こっそりとバーコードゼブラに距離を詰めていた。
「重飛兎……!」
楽奈美はそっと黒い兎を生成し、シマウマの下へ近づける。
「いくぞぉっ!」
楽奈美は草むらから飛び出して、構えをとる。
「月面強襲!」
楽奈美は拳を合金で覆い、その拳をダンジョンのシマウマに向けて振りかぶる。
「broo!?」
バーコードゼブラはその様子に慌てて逃げようとするが、その足をつかんでいる重飛兎達が重力を発生させたせいで、体を縛られて動けない。
「でりゃぁぁぁああああ!!」
パゴォォッ!!
楽奈美の渾身の一撃がバーコードゼブラの横腹に思い切りヒットする。
その衝撃と音を聞いた周囲の鳥や獣は一斉に逃げ出し、この場には3人とバーコードゼブラが残った。
「っし!」
楽奈美は小さく歓声を上げる。
そして、渾身の一撃を食らわされたバーコードゼブラの眼が、ゆっくりと楽奈美を捕らえる。
「broooo!!」
バーコードゼブラは身震いして、楽奈美と重飛兎を振りほどく。
そして、飛ばされた楽奈美にめがけ、真正面から突進を仕掛ける。
土をダダダダと駆け、楽奈美に猛追する。
「っ! ならカウンターを……」
楽奈美は拳を振り上げるも、バーコードゼブラの方が早かった。獣は地を駆け楽奈美を跳ね飛ばす。
「っぎゃ!」
楽奈美はその突進を腕でなんとか受け止め内臓へのダメージを回避するも、後方に突き飛ばされ、尻もちをつく。
「んにゃろぉっ! 重飛兎!」
楽奈美は引力をもたらす黒兎を前方に撒こうと手を振りかぶる。しかし、生成と前方への投てきの時間は、1秒を争う戦闘では少なくないスキとなってしまう。
「んえ!?」
魔法で生成した黒兎が楽奈美の手を離れる前に、バーコードゼブラは四つ足で地を駆け、先ほどよりも勢いをつけ、200kgを超える巨体で楽奈美に襲いかかる。
ドゴシャァ
「がぁッ!」
楽奈美の手から重飛兎がパラパラとこぼれる。
楽奈美は、なんとか左腕で体をかばい内臓や利き手へのダメージを防ぐが、バーコードゼブラの勢いはすさましく、10メートルほど吹き飛ばされ、やせた木に背中を思い切りぶつける。
「ぁぐっ!」
「楽奈美さんっ!」
源城は思わず叫び、視界に粒ほどしか入らなくなった遠方の楽奈美に駆け寄ろうとする。
が、足を地面に押し付けて、踏みとどまる。
「…………楽奈美さんっ!!」
冒険者になりたての楽奈美に、痛い思いを、そして怖い思いをしてほしくない。
すぐに駆け寄って、防御と治癒をしたい。
その気持ちを抑え源城は、大声で叫ぶ。
「いけますよねっ!!」
それを聞いた、20メートルほど先の、小さく映る楽奈美の顔が、よく見えないけど笑った気がした。
「もちろんっ!!!」
楽奈美は勢いよく立ち上がる。
「その意気です!」
源城は元気よく返す。
(楽奈美さんの武器は、月面強襲と重飛兎。しかし、月面強襲の拳よりバーコードゼブラの突進の方が速い。その足を遅くするためには重飛兎が必要だが、重飛兎を生成し展開するよりも、バーコードゼブラの突進のほうが速い……もし無策で戦うのならば、おそらく楽奈美さんに勝ち目はない。)
源城は頭の中で思案を巡らす。もし自分が楽奈美の立場なら……
そして源城は、ある地点に目を向けた。
(これなら……!)
楽奈美もそれに気づいたようだ。バーコードゼブラの攻撃をなんとかやり過ごしながら、その場所に向かう。
「braaaaaa!!」
バーコードゼブラは、楽奈美に直線的に突進する。
それが楽奈美の狙いとは夢にも思うまい。
「うらぁぁぁ!」
楽奈美は月面強襲で生成した合金の拳を振りかぶる。
今までだったら、拳を打ち込む前にバーコードゼブラの突撃で跳ね飛ばされていただろう。
しかし、
「bruu!?」
バーコードゼブラの足が急速に鈍る。
「今だぁぁぁあぁぁあ!!」
ドゴァァアッ!!
楽奈美は動きの鈍ったバーコードゼブラの額に、その拳を打ちつけた。
額の骨が破砕する音が、周囲に響く。
「bruuuuooo!!」
痛みに吠えるバーコードゼブラの健脚には、重飛兎がまとわりついている。
(楽奈美さんが重飛兎を使おうとしてバーコードゼブラに追突された時に、手から重飛兎が地面に散らばっていた。楽奈美さんはその地点にバーコードゼブラを誘導したんだ。)
重飛兎の生成や展開の時間がないことが問題だったが、すでに地面に配置されているならば、そういった時間をなくすことができる。
脳のすぐそばを強打された獣は、体をふらつかせる。
もちろんそれは、戦闘において大きな隙になる。
「らぁあぁあぁぁぁあ!!」
楽奈美は腕をぐるんと回し、大きく振りかぶる。
「隕石激突!!」
ドゴォォオォッッッ!!!
楽奈美は拳を思い切り脳天に振り下ろす。
重飛兎が発生させた重力による加速も相まって、その拳はバーコードゼブラの頭蓋骨にバキバキとひびを入れ、砕く。
「braaa……」
そして獣は、地に伏した。
「…………やった?」
楽奈美は、ぜぇぜぇと息をしながら、ぽつりとつぶやいた。
そして、じょじょに顔が明るくなっていく。
「やったよ、やった、やったああああああ!!」
「楽奈美さん!」
「源城さん、見てました!? 私倒しました! あんなデカい獣を、私が!」
源城とロコクリスが駆け寄ると、楽奈美は源城の肩をつかみ、はじけるような笑みを見せる。
「ええ」
源城は穏やかな笑みを見せた。
「ちゃんと見てましたよ、頑張りましたね楽奈美さん」
「えっへへぇ」
楽奈美は疲労の中、ふにゃりと笑みを見せた。
「一旦回復しましょう。獄上五剣 小異細暗己!」
源城はいつもの日本刀型魔道具を起動し、黒いオーラをまとわせる。
「ええっと……あっ、そういえば、それで回復してくれましたね前に」
楽奈美は一瞬動揺するがすぐに腕を広げる。
「ばっちこーい!」
「じゃあお言葉に甘えて……病削五七斬!」
源城の無数の斬撃が楽奈美の身体へのダメージや傷を吸い取り、健康な状態にしていく。
30秒間の乱斬りを休憩を挟んで4回やると、楽奈美の体は万全になった。
「おぉーっ、元気出てきました! ありがとうございます、源城さん! 完治に感謝!」
楽奈美は嬉しそうに腕をブンブン回す。
「どういたしまして。楽奈美がダメージをあのレベルまでで抑えられたから治せました。さて、撒き餌を作りましょう」
「はい!」
この、ダンジョンのダンジョンプレデターは、バーコードゼブラが好物だ。この肉を使って動きを誘導したり、肉に毒を混ぜることで戦況を有利にすることができる。
それが卑劣に聞こえようとも、源城達はダンジョン踏破の確率を上げるためならば目をつぶり実行する。
源城から楽奈美にバーコードゼブラの肉や皮を利用した罠の作り方をいくつか教えたりして、3人は入念に入念に準備を重ねた。
楽奈美は自分より大きく重く足の速い獣を、苦戦しながらも魔法と戦術で撃破した。
それは人間が野生で生き残るための基本であり、楽奈美は冒険者として野生を生き抜くための大きな一歩を踏み出した。
人間として冒険者として戦略を練り、源城達3人は、ダンジョンプレデターの待つ場所へ向かう。
肉を噛む音、骨を折る音
ダンジョンの奥地で、
デモーナジ・コトイエのダンジョンプレデターが、バーコードゼブラの引き裂かれた体に顔を突っ込み肉を食らっていた。
咀嚼のたびに、6本の筋が入ったたてがみがゆれる。
そして、そのダンジョンプレデターを中心として、バーコードゼブラの亡骸がずらりと並んでいた。




