第19話 香具師、お嬢
「……なんですの?」
海蓮はゆっくりと源城の方を見る。
「っと、いきなりデカい声出してすいません……」
まず謝罪の言葉が出てきてしまう源城。
しかし、源城はここで黙るわけにはいかない。
冒険者として同じダンジョンで苦楽を共にした楽奈美が、過去のトラウマを掘り起こされ、悪質に刺激されているのだから。
「人には、言われたくない言葉があり、思い出したくない過去があります。海蓮さん、でいいですよね、あなたは、上級者が初心者をかばい負傷する話をすれば楽奈美さんが傷つくことを予測しながら、躊躇せずにその言葉を選んだ」
源城は、ゆっくりと話し始める。
海蓮は、源城をにらみつけたまま黙っている。
「人にものを伝えるならば、何を伝えるかより先に、どう伝えるかを考えるべきです。そうしない限り、例えあなたが金言を叫んでも、その金の針を刺された心は石化してしまいます」
源城はそこで、ふぅと息を吐く。
「……まぁ、いきなりこんなこと言われてもですよね。要は、もう聞いてて辛いってことです。俺達3人はもう行きますね」
源城はやや早口でそれだけ言うと、楽奈美とロコクリスに目配せをする。
「……弱者にダンジョンをうろつかせる。それがあなた方の答え、と?」
「さようなら」
海蓮はつぶやくが、源城はそれに返答せず別れのあいさつをする。
「むかつくんですのよその生ぬるい信念……!」
海蓮の声が震えている。
「力だけ持った馬鹿共が!利他とか思いとかほざいて雑魚を雑魚のままのさばらせるから冒険がゆがむ、ひずむ、狂いだす!」
その時、海蓮に背を向け歩き出した源城の背後に、人型の何かが現れる。
それは真っ青なマントで体を包み、真っ白に塗りたくったフェイスに真っ赤な帽子と真っ赤なメイクを施し、ピエロのような姿をしている。
「盲従慿怪!」
そのピエロがマントから手を開くと、その指にはめられていた指輪から、糸を射出する。
「!?」
源城達3人は振り返る。しかしもうすでに魔法は発動している。
その糸は源城とロコクリスの背後の影に向かって飛び、2人の影に糸が突き刺さる。
その瞬間、体が思うように動かなくなる。
(……おいおい、ダンジョン内での冒険者同士のいさかいは基本禁止だぞ)
源城は海蓮をにらみつける。
海蓮はそれを見て、ニタリと笑う。
(……そして、これが噂の、動きを縛る魔法か)
源城は、冒険者コミュニティでささやかれている話を思い出した。
動きを縛る魔法で気に入らない冒険者を縛り、残りの冒険者がダンジョンの生物に襲われているところを見てあざ笑う残虐な女。
ほぼ直立の姿勢で動きを縛られた源城は、体を動かそうとしてみる。全く動かないわけではないようだ。だがその可動域は狭く、すぐに体が動かなくなる。呻くように話すことはできるが、唇をほとんど開けられない。
(気を付けに近い姿勢で縛られてるが……手は体の内側には結構動かせるな。逆に体の外側にはあまり動かせない。それに、魔道具の操作もできない。新しく魔法を使ったり、今発動している魔法を操作するのは無理そうだ)
源城は身動きがろくに取れないまま思案する。
楽奈美は慌てたように源城とロコクリスを見ている。
「源城さん、ロコクリスさ……」
「お待ちなさいな」
海蓮は源城達に駆け寄ろうとする楽奈美の後ろの襟をつかんで動きを止める。
「離して!」
「あなた、冒険者ですわよねぇ。じゃあこの界圧100近いダンジョンで孤立無援のまま生物に襲われることは、もちろん考えてきましたわよね」
海蓮は笛を取り出す。
「この笛、あなた知らないでしょう?大喰い欺き猫が仲間を呼ぶときの鳴き声に似ている音が出せるんですの。つまり、この笛を吹けば、ほとんど一般人のあなたの周りを大喰い欺き猫が取り囲む。もちろん、そこの2人も身動きが取れないまま襲われるでしょうね」
海蓮は邪悪な笑みを浮かべる。
「あなたに実力があるなら、木偶の坊2人を見捨ててちゃあんと逃げられますわよ」
「……なんで!なんでこんな酷いことするんですか!」
楽奈美は叫ぶ。
海蓮はそんな楽奈美を冷たい目で見上げる。
「酷い?あなたのような素人崩れを寄ってたかって甘やかしほめそやすこの世界の方が……よほど酷い冗談ですわ」
海蓮はそれだけ言うと、笛を手にかける。
その笛が鳴ればたちまち大喰い欺き猫が大挙して押し寄せ、楽奈美も、動けない源城やロコクリスも無事では済まないだろう。
その瞬間、白色の魔法陣がロコクリスの足元から広がる。
「何を……!?」
海蓮は冷酷な笑みを引っ込め、顔をしかめる。
(……間に合ったか、お姉ちゃま。)
源城は内心でニヤリと笑う。
(あの驚きようからして、やはり盲従慿怪を食らった人は魔法が使えないみたいだが、お姉ちゃまは盲従慿怪に縛られる前に……)
そしてその魔法陣から、牛の頭、筋骨隆々な体、とがった尾を持つ悪魔のような生物が現れ出でる。
その悪魔は、真っ黒の全身から純白の羽をひろげ、海蓮をにらみつける。
(亜時空の過遺物が1つ、理想郷概念の大悪魔を、すでに発動していた!)
ロコクリスが海蓮に捕縛される前に、数分後の起動を予約していた魔法が、数分後の未来である現在に、漆黒の悪魔の姿で結実する。
「馬鹿なっ……!?魔法は盲従慿怪でっ……!」
海蓮が話し終えるよりも早く、白翼の悪魔は飛翔し、海蓮との距離を瞬時に詰める。
「っ!?!?」
海蓮は困惑の様相でありながら気持ちを切り替えたようで、自分に対し突っ込んでくる悪魔に向けて手を突き出す。
「連鎖檻!」
海蓮は猛獣を捕らえるような檻を生成し、その悪魔の頭上から落とす。
悪魔の周囲が鉄格子で囲まれる。
しかし、
「DeeeeeeeeAAAAaaaaaa!!」
悪魔が鉄格子に拳を叩きつけると、割り箸でも砕くように鉄格子が破壊される。
「っっっ!!」
海蓮の表情がわかりやすく歪む。
悪魔は白翼をはためかせ、海蓮との距離を詰めに再度飛翔する。
「連鎖檻!連鎖檻!連鎖檻!連鎖檻っっ!」
海蓮は声を荒げ、檻を何度も何度も落とすが、滑空されてかわされ、閉じ込めることに成功しても拳の一撃で簡単に破壊されてしまう。
そして白翼の悪魔は海蓮の仕掛けた障害を全て跳ね除け、海蓮の眼前まで瞬時に飛び立つ。
「うわあぁぁぁぁっ!連鎖檻ぃっ!!」
海蓮は自分を覆うように檻を落とし盾とするが、
「DeeeeeeeeAAAAaaaaaa!!」
破壊の拳が、その鉄格子に叩きつけられる。
「ああぁぁっ!」
鉄格子が海蓮を守ったが、その拳圧の余波だけで海蓮は2、3メートル吹き飛ばされ、自らが作った鉄格子に背中を打ち付ける。
(魔法が解除されたっ!)
魔力消耗と先ほどのダメージのせいか、盲従慿怪が解除された。
源城とロコクリスは海蓮の方へ走る。
そして白翼の悪魔はへたり込む少女の眼前に立つ。
「やぁ……っ、やめぇ……」
海蓮は声を震わせる。しかし、理想郷概念の大悪魔はそんな海蓮を無機質に見ると、白翼をはためかせ飛翔し、海蓮に猛追する。
「いやぁっ!」
海蓮の悲鳴、接近する白翼の悪魔。
しかし、その悪魔は突然半透明になり、海蓮に突きだした拳はほぼ透明なまま、海蓮の体をすり抜ける。
「……へ?」
海蓮の間の抜けたような声。
(……時間切れか)
源城は過去に何度も見た光景を見て心のなかでつぶやく。
海蓮の暴虐に備え、ロコクリスにより入念にチャージされたであろう理想郷概念の大悪魔も、30秒程度で無情に消え去ってしまう。
しかし逆に言えば、たった30秒で海蓮に一気に詰め寄り、防御魔法の連打を回避し破壊し、戦意喪失寸前まで追い込んだ。
亜時空の過遺物がまともに駆動すれば、容易に状況を破壊し騒乱の中心になる。
源城は、ロコクリスが味方で良かったと心底思った。
「くぅっ……!」
海蓮は立ち上がりたそうに足を曲げるが、肉体と精神の負担のせいか上手くいかないようだ。
「……もう、めちゃくちゃにしてやるっっ!」
海蓮は首にかけた笛を手に取る。
その笛が吹かれれば、大喰い欺き猫が大挙して押し寄せる。そんなことをすれば、楽奈美へのリスクとなる。
「っっ!」
源城は海蓮を制止するためにもっと速く駆ける。
「邪魔するなですわぁっ!盲従慿怪!」
真っ青なマントのピエロが現れ、再び糸を源城の影に向けて伸ばす。
(しまった!回復してるのかっ!)
先ほど盲従慿怪が解除されたことで魔力切れと予想した源城は直線距離をそのまま走るも、予想外の魔法により、動きを縛る糸を影に刺されてしまう。
海蓮を見ると、ギリギリまで魔力を振り絞った後のように鉄格子にぐったりと座り込み、激しく息切れをしている。
「うっ!」
源城は左足を上げた走る体勢の途中で動きを縛られ、前へ突っ込んで転びそうになる。
「弱者は強者の成すことを、ただ黙って受け入れていればいいのですわぁ!」
「ぃぃっ!」
海蓮が疲れた顔で嘲笑する中、源城は右足の靴の中でつま先を操り、なんとか転ばないようにケンケンのように前へ跳躍する。
「……って、わっ!こっち来るなっ!」
源城は転ばないように周りの様子も分からずに前方へケンケンしている。海蓮の言葉をちゃんと聞く余裕はない。
ガシャァッ!
「うぅっっ!」
すぐにでも転びそうに左腕を前に出しながらケンケン飛ぶ源城の動きは、鉄格子に左腕がぶつかることで静止する。
源城の体を支えている右足は海蓮の左半身のすぐ右で、鉄格子と一緒に源城の体重を支えている。
そして、源城の体重を支えているのは、鉄格子にもたれた左腕と、地面に立つ右足だけではなかった。
「っっっっっ……!?!?」
座り込んだ海蓮の口元に、源城の股間が押し付けられる。
「源城さーーん!?」
楽奈美が叫ぶ。
「っ……!!」
源城は、自分の股間を海蓮の入念に手入れされた綺麗な顔の唇に押し付けてしまった。
源城の体重は左腕も右足と股間付近の3か所で支えられてるため、体重の何割かでアレで口にもたれかかってしまっている。
源城は、自身のセンシティブな部分への柔らかい感触を、努めて考えないようにする。
源城としても、この非常にまずい体勢は1秒でも一瞬でも早くやめたいが、盲従慿怪で動きを縛られているため、逃げられない。
強いて言えばもぞもぞとわずかに動かすことはできるだろうが、余計まずいことは言うまでもない。
源城が恐る恐る下を見ると、海蓮が目に涙を溜めて、下からにらみつけてくる。
「んーっ!!」
海蓮が突き飛ばすと、源城は後方に飛ばされ尻餅をつく。
「あああああなたっ、私に無理矢理あんなっ、口にっ、その、アレをっ!……変態っ!まともではありませんわ!!」
海蓮は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「うゆうゆうゆ、ああおいおえうっ」
源城は反論したいが唇が開かず上手く話せない。
すると、近づいてくる影が1つ。
「……でも、海蓮さん言ってましたよね」
ロコクリスが顔に笑みを貼り付けたまま歩いてくる。
「弱者は強者の成すことを、ただ黙って受け入れていればいい……って」
ロコクリスはそこで、わざとらしく悲しそうな表情をする。
「私悲しいですぅ。弱肉強食をかかげる海蓮さんが、偶然いやらしいアクシデントが起きたぐらいで人道を語るなんて、さっきのアレはポジショントークだったのかなぁ。あぁ悲しっ」
(言い方っ、言い方ぁ!)
源城はめちゃくちゃ慌てるが、上手く喋れないので何も伝えられない。
「っ~~!」
海蓮が立ち上がる。綺麗な金髪がふるりと揺れる。
「これで勝ったと思わないことですわね!せいぜいそこの弱小冒険者のせいでパーティーが壊滅してから後悔すればいいですわっ!ごきげんよう!!」
海蓮は顔を真っ赤にしたまま早口でまくしたてると、どこかへ走り去ってしまった。
これだけ距離が離れれば、大喰い欺き猫を呼ぶ笛を吹かれても源城達への影響は薄そうだろうと源城は考えた。
「源城さん、なんか……すごかったですね」
「源くん、大丈夫?」
楽奈美とロコクリスが近づいてくる。
「俺は大丈夫です。2人は?」
「私は大丈夫です。乱暴に襟引っ張られたぐらいです」
「私は無傷だよ」
「じゃあよかったです。それにしても……恐ろしい魔法でしたね、盲従慿怪」
源城の言葉に、楽奈美とロコクリスが頷く。
(動きを縛り、魔法さえ封じる魔法……まともに食らえばゲームオーバー。大喰い欺き猫の群れを呼び寄せて俺達を襲わせるという時間のかかる作戦を計画してたことから、持続時間もおそらく長い)
源城は実際に魔法を受けたことで分かったこともいくつかあったが、それでも根本的な対策は思いつかなかった。
(願わくば、もう出会いたくない相手だ。だが俺達が冒険者を続ける限り、どこかでまた会うかもしれない……)
源城は空を見上げる。青空が目にまぶしい。晴天までは、まだ遠そうだ。
「……源くん、神妙な顔つきのとこ悪いけど、」
ロコクリスが声をかける。
「海蓮さんの唾液で汚れたところ、拭いた方がいいよ」
「っ、そうだっ!」
源城は慌ててハンカチを取り出した。




