第18話 売り言葉苦い言葉
「五七斬!」
「niiii!!」
源城による無数の斬撃が大喰い欺き猫を襲う。
体長数メートルの猫科を思わせる生物が、全身を切り裂かれ、その場に倒れ伏す。
「10時2メートル」
「了解!」
その瞬間、別の大喰い欺き猫からさらなる襲撃を受けるが、それもロコクリスの指示で位置を把握し、反時計回りに60度程度回転する。
そして、大喰い欺き猫が口を開いたのに合わせ、小異細暗己を切り上げ、顎に叩き込む。
「gigiiiii!」
「っし!」
大喰い欺き猫は突然閉口させられてくぐもるような呻き声をあげる。源城は小異細暗己を再び構える。
「1体飛ばすよっ」
ふと、源城の目の前に、別の大喰い欺き猫がぶっ飛ばされる。
「了解。同時にやる!」
小異細暗己を構え直し、刺突の構えを取る。
「又左突き!」
源城が半歩踏み込み腕を突き出すと、妖刀は獣2頭をあっさりと串刺しにする。
「「nyaaaaaaaaaaaaa!!!!」」
「……ふぅ。3頭全部だな」
源城は小異細暗己を引き抜くと、大喰い欺き猫がずしゃりと地面に落ちる。
「やったね源くんっ♡」
「源城さんお疲れ様ですっ。ロコクリスさんも!」
源城の元に、ロコクリスと楽奈美が駆け寄ってくる。
錯覚と策略のダンジョンを、源城、楽奈美、ロコクリスの3人はどんどん進んでいた。
道中では空から陸からだまし討ちをされるが、いずれも源城とロコクリスの連携で大きな困難もなくさばいている。
ダンジョンの中の生物がどう惑わしてくるか、それをおおむね把握している源城に奇襲は通じず、大群による襲撃もロコクリスが簡単に撃破できる。
「お姉ちゃまも楽奈美さんも、お疲れ様です」
ロコクリスと楽奈美をねぎらうと、楽奈美はピースをし、ロコクリスは微笑み源城の頭を撫でる。
「源くんもお疲れ様♡」
「はいはい、いい加減、撫でるのもほどほどにな。割と恥ずいんだぞ」
「えぇ~、久しぶりだからもっともっとしたいのにぃ」
ロコクリスはそう言いながらも撫でる手を引っ込める。
「源城さんもロコクリスさんも、ホント強いですよねぇ」
楽奈美はキラキラした目で2人を見る。
「しかも2人とも亜時空の過遺物使えるんですよね」
楽奈美は2人の指輪を交互に見る。
「めっちゃすごいじゃないですか、源城さんのは見たことあるんですけど、ロコクリスさんのは実際に見たことないんですよね!」
楽奈美が楽しそうに腕をぶんぶん振っているのを、ロコクリスは微笑んで見ている。
「もし機会があったら見せますね」
「楽しみ~!」
「……とは言っても、まだ私の亜時空の過遺物を使いこなせていないんですけどね」
ロコクリスは亜時空の過遺物が秘められた指輪を見る。
「発動から実行までに溜めの時間があって、十分溜めないと大した時間動けないんです。発動から数分経って、やっと30秒動けるぐらいですかね。数秒しか溜めないと1秒も使えなかったりします」
(まぁ、それでも俺の聖剣仕掛けの深淵よりは使いこなせてるけどな。凄いやつだよ)
源城の亜時空の過遺物である聖剣仕掛けの深淵は、数秒の溜めから0.5秒程度しか使えず、何より溜めや実行の時間を全然調整できない。
ロコクリスの場合、一瞬だけ亜時空の過遺物を使いたい場合は数秒だけ貯めればすぐ使えて、しばらく使いたい場合は事前にしばらく溜めておけばいい。その柔軟性が、暴れ馬のような亜時空の過遺物に対する一定のコントロール力を感じる。
「確かに燃費あんまよくないですねぇ。電動歯ブラシみたい」
「なのでもっぱら普通の魔法で戦ってますね。便利な魔法もいくつか用意してますし……料理の鉄鶏」
ロコクリスは魔法で鳥を生成する。
それは白い羽の鶏だが、赤いとさかがコック帽のように上に高く伸びている。
ロコクリスは倒れた大喰い欺き猫3体と何やら調味料をその鶏の前に差し出す。
「Cook OK!!」
料理の鉄鶏は、一鳴きすると、調理を開始した。くちばしで肉をカットし、羽でこねこねする。
その後フライパンに具材を入れ、口から炎を吐き火を通しながら羽で器用に箸とフライパンを操りまんべんなく火を通した。
10分もすると、ロコクリスが準備した皿の上には、細かく割られた穀物が浮かぶ赤茶色のソースがかかったハンバーグが3人前できていた。
「召し上がれ」
ロコクリスはウィンクする。
「おぉぉぉ……!」
「すごぉ~い!」
源城と楽奈美は目を輝かせる。
「「「いただきます!」」」
3人で手を合わせる。
源城はハンバーグを1口運ぶ。大喰い欺き猫の淡白な味わいを、ソースの甘みと塩味が支える。
「おいしーーーい!」
楽奈美が叫ぶが、源城も同意だった。
(大喰い欺き猫の肉は固いし味が薄い……だが、このダンジョンでも採れる痣麦には、たんぱく質を分解する酵素があるし、生息地域に蔓延する塩素ガスを食塩に無害化して蓄えるから塩味がある。シャリアピンソースみたいにするにはとても向いているわけだ)
「大喰い欺き猫の肉は栄養が満点です。それに、頭がいい生き物だから、食べたら頭がよくなっちゃう、なんて嘘かホントか言われてますね」
ロコクリスは微笑む。
「そう言われると私も頭良くなってきた気がします!」
「あら、それは良かったですね」
「7×8=56!」
「それは食べる前から知ってほしかったですね」
源城が思わず突っ込みを入れる。
「おぉっ!源城さんのツッコミも心なしか知的っ!」
「無理ありますって流石に」
そんな感じで和気あいあいと食事をしていると、背後から人が来て、源城は振り返る。
「…………ごちそうさま、お姉ちゃま」
振り返った源城は、顔を前に戻し静かに皿を置き、切り替えるように息を吐く。
なぜなら、後ろからくる人物の正体を知っていたから。
「御機嫌よう、夜蘭のロコクリス様御一行」
その人物は動きやすい赤の服装に手の込んだ白い花のような装飾を両肩にあしらい、金髪のロールに青いリボン、まるで貴族のようないでたちだ。
ロコクリスより身長が低く、楽奈美より若そうだが、こちらにゆっくりと歩く姿は、とても威厳を感じる。
源城は内心で眉をひそめる。
冒険者のコミュニティでは、ある話がささやかれていたからだ。
「こんにちは」
ロコクリスはにこやかに挨拶を返す。
だが、ロコクリスも、少女のことを知らないわけではないだろう。
「ダンジョンでのんびり談笑なんて、流石は藍色ですわね」
冒険者を襲う冒険者、要注意人物、明光の海蓮のことを。
「初めまして、私、楽奈美って言います!うわぁ、かっこいいですねその服!」
楽奈美がにこにこしながら海蓮に近づく。
「まぁ、ロコクリス様、あなたは半分眠りながらでもこの程度のダンジョンなら行けるでしょうけど……」
海蓮は完全に楽奈美を無視し、冷めた目で源城と、彼の前のハンバーグを平らげた皿を一瞥する。
「源城様は必死さが足りないのでは?あなたが熟練度青だったのは、当分前のことでしょう?」
「へぇ、詳しいですね」
「復帰していたらそこの藍色様が騒ぎ立てて嫌でも耳に入ってくるでしょう。それが最近までなかったってことは、腕を錆びつかせたまま数年過ごしていた証ですわ」
「確かに、そうですね」
(もしかしたら、ロコクリス経由で思ったより俺のことって知られてるのかもな)
源城は努めてぼんやりと考える。
目の前の少女の言うことについては、深く考えないようにして流す。クレーマーと遭遇した際の、大人の処世術だ。
「……それで、そこの素人丸出しの女は?まさか熟練度赤の木っ端をこのダンジョンに入れているわけではないでしょうね?」
「どうもー素人丸出し女でっす、ちなみにダンジョン2回目でーす」
このダンジョン、ドゥライブは、界圧がまあまあ高い。
界圧は、ある程度ダンジョンに慣れた冒険者が十分に準備すれば高い確率で踏破できるダンジョンを100としているが、ドゥライブの界圧は98だ。
前回楽奈美が入ったダンジョンが7と非常に小さめだったため、非常に落差がある。
もちろん、楽奈美がそれほどの初心者でも、熟練度藍のロコクリスがカバーしきれるという判断があってこのダンジョンに潜っているわけだが。
「…………はぁ?」
海蓮の声がワントーン落ちる。
「誰ですの?この一般人くずれをこのダンジョンに連れてきたのは?」
「俺達3人で決めたんですよ」
海蓮の凍り付くような声に、源城は短く返す。
「……夜蘭のロコクリスともあろう人がこんなに愚かだったとは」
海蓮はロコクリスをにらむ。
「弱者は存在がマイナスですわ。冒険者特有のくっだらない互助の精神のせいで、弱者をかばって強者が無駄に傷を負って敗走させられるなんて、ほんっとうに馬鹿馬鹿しい」
「……」
楽奈美が少しうつむく。
(……楽奈美さん)
源城は楽奈美の表情が少し曇るのに気づく。
(まさか、波夢子さんやヨシミンさんが、禍災龍から楽奈美さんをかばったことを気にして……!)
楽奈美の初めてのダンジョンは、禍災龍の登場により、想像だにしないほど死と傷にまみれていた。そしてそれは、冒険者達の力不足と言おうとすれば否定することはできない。
楽奈美も、ある程度吹っ切れたとはいえ、まだ気にしている部分があるのだろう。
「……あら、思い至るところがあるようですわね」
「っ……!」
海蓮は楽奈美を見つめ、楽奈美は言葉につまる。
海蓮の表情は嘲笑というより、侮蔑に満ちていた。
「大方自分の不注意で生物に襲われて、それを仲間にかばわれたとかそんなんでしょう。それでよくこんなダンジョンまで来ましたわね。」
海蓮の言葉に、楽奈美はうつむいたまま、こぶしを軽く握りしめている。
「どうせこれから、あなたの失敗のせいであなたの綺麗な体が2人のお仲間の血に染まって……」
「やめろっっ!!」
源城は叫んだ。楽奈美がその声に引かれるように源城の方を見る。
そして叫んだことに、自分でも驚く。
源城は、あまり人に物申す性格ではない。
ことなかれで流されるように生きてきた。
しかし、楽奈美の曇った顔を見てとっさに出た制止の言葉は、絶対に捨ててはいけないと心が駆り立てる。
源城は、自分自身に戸惑いながらも立ち上がり、海蓮をまっすぐ見すえた。




