第17話 猛者と地を駆る、行くぜ
「こんにちは、楽奈美さん」
「あー源城さん、こんにちはっ!源城さん早いですね!私も早めに来たと思ったんですけど」
「いえいえ、俺がちょっと早めに来すぎただけです」
ダンジョン受付の前で、源城と楽奈美はあいさつを交わす。
源城は冒険者をやめてからも、ダンジョン前の風景を何度も見ている。後ろ髪を引かれるようにダンジョンを見に来てしまうことが何度かあったからだ。
しかし、今は違う。明確な意思をもって、冒険者として、この地に立っている。
ダンジョンの入り口となる真っ暗な洞窟や、ダンジョン受付用AIのセイレーンも、見慣れた景色なのに、自分がダンジョンに入ると思うと、ピントが合うような気がする。
「それにしても、私、ロコクリスさん調べたらめっっちゃ有名人でびっくりしました!源城さんの弟子だったんですよね」
「まぁ、あっという間に俺を抜いていきましたけどね」
禍災龍が支配するダンジョンから源城達が脱出してから数日後、ちょうど打ち上げの日の夜、源城が冒険者だった頃の仲間であるロコクリスからのメッセージを受信した。
源城の冒険者への復帰のお祝いと、一緒にダンジョンに行かないかというお誘いだった。
そこで源城は渡りに船とばかりに、源城と楽奈美に特訓を付けてくれないかと打診し、今日にいたる。
(楽奈美さんは基礎的な伸びしろが十分にあるし、俺もしばらく実戦を離れて感覚が鈍ってる)
源城は自分の道に迷っている。冒険者になり続けるのか、すぐにやめるのか。
だが、冒険者である間は、できる限り強くなろうと考えている。
源城は、病室のベッドで半身を起こす波夢子の、欠けた右腕と右足を思い出す。
(未来のことはわからない。でも、今、冒険者であるなら、あんなことはもう起こさない……!)
「ロコクリスさんって、熟練度藍なんですよね、凄すぎじゃないですか!?」
「藍なんて、世界に100人いるかどうかぐらいですからね」
「しかも、めちゃくちゃ有名な配信者なんですよね!」
「そうですね、冒険者と配信者両方やって、どっちでもとんでもない結果を出してます」
ロコクリスは、師匠たる源城の熟練度だった青をあっさり越え、7段階の熟練度の上から2番目、藍色に認定され、夜蘭の2つ名を得ている。
熟練度藍ほどになると、到達はもちろん、維持も並大抵ではいかないが、彼女はずっと藍色を維持し続けている。
それだけでなく、ロコクリスは動画配信プラットフォーム、「SDream」で冒険動画や雑談配信等をしており、こちらでも日本有数の結果を出している。
「そんなロコクリスさんを、源城が育て上げたんですよね!」
「一応……そうですね。俺の教えが、どれくらい役立ってるか知らないですけど」
キラキラした表情の楽奈美に、源城は苦笑する。
そんな話をしていると、前方から噂の主が歩いてくる。
くりくりとした大きな瞳、いつも微笑んでいるような口元を始めとした綺麗な顔立ちを、肩にふわりとかかるくらいのセミロングの髪が包む。
体のラインに沿った淡い黄色や緑の服に包まれた体躯は、ほっそりとしてやや小柄。女性としては平均的かやや高めの楽奈美より、数センチ低い。
ファンから癒しの天使と称される人気動画配信者と言われればうなずけるが、その身で難関ダンジョンを何度も踏破していると知れば驚くような可憐な容姿だ。
そんな彼女が、源城を見るなり、嬉しそうに口を開いた。
「久しぶり、源くんっ♡」
「久しぶり……お姉ちゃま」
「お姉ちゃまぁ!?」
楽奈美が源城とロコクリスの顔を交互に見比べる。
ロコクリスは目を細め、源城にゆっくりと歩み寄る。
源城よりある程度背の低いロコクリスが近づくと、その上半身を見下ろすことになる。
「うふふ、源くんったら、冒険者辞めたら私達とあんまり会わなくなっちゃったから……ちょっと寂しかったんだよぉ?」
ロコクリスは上目づかいで、すねてみせる。
「ごめんごめん、お姉ちゃま。みんなで集まるのって、結構冒険がらみだったからさ」
「えっえっ、お姉ちゃんとあんま会ってないんですか!?」
楽奈美はわたわたと2人を見ている。
「……あぁ、お姉ちゃまって言っても、本当に姉ってわけじゃないんです」
「えーなんですかそれぇ。余計混乱してきたぁっ」
頭に疑問符が浮かんでいる楽奈美に、ロコクリスが微笑みかける。
「ふふ、楽奈美さん、でしたよね?源くんから話は聞いてます。今日はよろしくねっ」
「はい、よろしくお願いします!」
「それで、私と源くんのことなんですけど、昔、源くんとちょっとした『賭け』をしましてねぇ、」
そしてその微笑みのまま、手をしっかり伸ばして源城の頭をゆっくり撫でる。頭皮を細指が這うくすぐったい感触は、何度されても慣れない。
それに今は楽奈美もいる。知っている人の目は、気恥ずかしさを増幅させる。
「……そのせいで、源くんは私のこと、あれからずぅっと、お姉ちゃまって呼ばないといけないんです。だよねぇ、源くん♡」
ロコクリスは獲物を見つけた猫のように目を細め源城を見つめる。
「…………まぁ、そうだな」
源城が同意すると、ロコクリスはよしよしと手のひらで頭を撫でる。
源城は微妙な表情でそれを受け入れる。
(……しょうがない、お姉ちゃまって呼んだ方がマシだからな。『あの賭け』に俺が勝つぐらいなら)
「なんか……なんというか、凄いですね」
楽奈美は複雑な表情の源城と満面の笑みのロコクリスを交互に見る。
「ふふ♡楽奈美さん、今、源くんちょっと困ってるでしょう?源くんはねぇ、困ったり恥ずかしがってる顔が、とぉってもかわいいんですよぉ♡♡」
「アラサーの半分おっさんみたいなやつ見ながら何言ってんだよ」
「ほうほう、困り顔がかわいい、その視点はなかったです」
「なくていいです」
「そうそう、楽奈美さんも、こちらの世界においで♡」
ロコクリスは源城を愛でるように頬を撫でる。ぞわぞわとするようなくすぐったさが顔に浸透する。
「ほらぁ、源くんって、優しくて謙虚で強くて頼りになるでしょう?」
「確かに、私も源城さんに助けられまくりました」
「お姉ちゃまの方がよっぽど強いし頼れるけどな」
「そんな源くんが、慌てて、照れて、悶々するところでしか取れない栄養素があるんですよぉ♡♡」
「なるほど!勉強になります!」
「勉強しなくていいです!」
源城は内心でため息をつく。ロコクリスのこの理論は何度も何度も聞いているが、自分みたいなさえない男から栄養素を摂取したら体に悪そうだといつも思っている。
「……お姉ちゃま、10000歩譲ってそういう思想があるのはいいとして、普通そういうのはもっと少女漫画のイケメンみたいなのに抱くんじゃないか?」
源城が呆れたようにそう言うと、ロコクリスは目を丸くした後、源城を見て、にこぉっと微笑む。
その妖しげな笑みに、源城は一瞬ひるんだ。
ロコクリスは源城に跳ねるように近づき距離を一気に縮めると、手で源城の視界をあっという間にふさぐ。
「なっ、何をっ!?」
源城の視界が一瞬で真っ暗になったと思ったら、
「ふぅ~~♡♡♡」
「に゛ゃぁぁっっ!?」
ロコクリスが源城の耳に吐息を吹きかける。
源城の脳にぞわぞわが走り抜け、訳の分からない悲鳴が出る。
「ちょっ、お姉ちゃ……」
源城は慌ててロコクリスの方を向き、目隠しを振りほどいたあたりで、気づく。
ロコクリスが源城の肩をかき抱いて抱き寄せ、そのたわわな乳房を源城の体にむにゅんと押し付けていることを、その柔らかい感触で気づいた。
そしてロコクリスの綺麗な顔がすぐ目の前にあり、リップで艶やかになった唇が開く。
「なぁぁにぃ?」
「ちょっとおおお!?」
源城は慌てて脱出する。足がもつれそうになり、腰を落とし尻もちをついたような体勢になる。
そのまま見上げると、ロコクリスが源城をじぃっと見下ろしていた。天使のようだと評判の柔和な顔が、頬を上気させ、とろけたような目が爛々と輝いている。
「ふふっ♡♡かぁぃぃ……♡♡♡」
「っ!」
源城は言葉を失うが、改めて口を開く。
「……って、いい加減にしろぉーっ!」
「ったく、暴走しすぎだお姉ちゃま。天下の往来であんなことするなよ」
「ごめんねぇ♡源くんの可愛いところ見たくなっちゃった♡」
「ひぇぇ、なんかこう、ディープですねぇ、おふたり」
3人は、地球とダンジョンをつなぐ洞窟を進む。
「なんか、楽奈美さんにも、変なの見せちゃってすみません」
「いえいえいえ!お気になさらず。っていうか……いつもあんな感じなんですか?」
人がぼんやりとしか見えないような暗闇の中で、3人の声が響く。
「あそこまで過激なのはそうはないですけど、お姉ちゃまはしょっちゅう俺を困らせて楽しんでますね」
「だって可愛いんだもん♡」
「そうはないってことは……たまにあるんだ……」
楽奈美の呟きを聞き、源城はハッとなる。
(フツーに考えて、今までにああいうことが何回かあるって、すげぇ変なんじゃないか……?)
「さて、源くんの可愛さについてもっとたくさん話したいところだけど、ざっと作戦を復唱しましょう」
源城の思いを知ってか知らずか、ロコクリスが手をパンと叩く音が洞窟に反響する。
「ひとまず、今の源くんがどこまでできるか見たいから、源くんがメインで私がサポート、楽奈美さんは、見学ですね」
「はい!2人をばっちり見学しますねっ。2倍見学して、激しい議論にします!」
「喧々諤々しなくてもいいですよ」
源城は思わず突っ込みを入れる。
そんな風に事前打ち合わせの内容を振り返りながら洞窟をくぐり抜けると、ダンジョンの景色が広がった。
太陽があるかのような天からの光。
青い空、まばらな白い雲。開けた地の周囲には木々が生い茂っている。
ゴツゴツした地表のくぼみにはときおり円形の泥がへばりついている。天の様子次第では、これらは小さな湖になるのだろうか。
源城が周囲を見渡していると、楽奈美がたたたと数歩駆け出す。
「すごーい!高地って聞いてましたけど、こうやって立ってみるとあんまり高地って感覚ないですねぇー」
「そうで……」
源城は楽奈美の話に同意しようと思ったが、ふと左の木の茂みに生物の気配を感じる。
「Toooo!」
源城が声の方を見ると、10メートル程度先の木の、枝の上に白い鳥が留まっている。
その鳥は体長50センチほどのやや大きめな体躯。黒目以外が真っ白で、やや太いくちばしが特徴的だ。
「偽罪烏……!」
「Tooooo!」
源城の呟きに応えるように偽罪烏はもう一声大きく鳴く。
「源城さん、なんか鳥がいますねぇ」
のんびりとした様子で呟く楽奈美の前に、源城は早歩きで割って入る。
「楽奈美さん、気を付けてください、偽罪烏は好戦的です」
「えぁっ、これが作戦会議で話してたやつですか!?」
「Tooooooo!!」
偽罪烏はひときわ大きく鳴く。
「……お姉ちゃま!」
「12時腰のあたり1秒後」
「小異細暗己!」
源城は日本刀型魔道具を瞬時に起動し、暗己が黒いオーラをまとう。
「鳥不留暗闇!」
源城は黒いオーラを前方に散布する。
「Tooooooo!!」
少し離れた位置の偽罪烏は、大きな鳴き声を出すだけでそこを離れようとしない。
(偽罪烏の狩りの定番パターンだ。大きな鳴き声で注意を引き付け……)
黒いオーラが満ちた空を、透明が裂く。
(姿を消した相方が殺しに来る!)
「そこだっ!」
何も見えないまま、自分の腰の高さで暗己を横に薙ぐようにして斬る。
「jiiiiiiiiii!!!」
刃が烏の骨をカチ割る。音と感触が五感に飛び込む。
偽罪烏の相方は透明化の能力も維持できず、暗己を振りぬかれた勢いのまま、地面に2度バウンドし、ぐったりと動かなくなる。
「ふぅ、なんとかなりました」
「凄いですね!私、完全に見えなかった!」
「お姉ちゃまのおかげですよ」
「……やったね、源くんっ♡」
ロコクリスが源城と楽奈美の方へ歩み寄る。
そして鷹がロコクリスの元へ飛翔する。ぐったりしたもう1羽の偽罪烏をくわえて。
そして鷹は煙とともに姿を変え、ローブを着ただけのグラマラスな美少女になり、その手で偽罪烏を握る。
「……ん?お姉ちゃま、それさっき木の上にいたやつか?」
「うん。源くんが向かってきた偽罪烏に小異細暗己を振ろうとした時ね、木の上の偽罪烏が仲間のピンチで動揺したのか隙を見せたから、お姉ちゃま、でしゃばっちゃった♡」
(…………偵察用の魔法だよな、あれ)
源城は女神が偽罪烏を握っているのを見て軽く身震いした。
ロコクリスが発動しているのは、豊穣万華鏡。6体の女神が特殊な眼で周囲を望遠し、その視界を共有することで、視野を大きく拡大できる魔法。
ロコクリスは、透明になった偽罪烏の姿を、豊穣万華鏡により強化された視野ではっきりと確認していたことだろう。そこで源城に短く偽罪烏の位置を伝えた。
しかし、豊穣万華鏡はあくまで偵察用の魔法。オプションとして、女神を鷹に変身させて空を飛行させることはできるが、飛行速度や攻撃性能は攻撃に特化した魔法に比べると著しく劣る。
その戦闘に向かない鷹を駆って、知的で警戒心の強い偽罪烏を襲って倒してしまったのだ。
(俺が頑張って刀振って1羽斬ってる間に、お姉ちゃまは周囲を偵察しながらその合間に1羽始末したのか……!)
「2人ともすごぉぉいっ!職人技ですね!」
楽奈美は小さく拍手しながら源城とロコクリスを見る。
「ありがとうございます。でも、俺はお姉ちゃまに言われたタイミングで刀を振っただけですよ」
「そう?私がいなくても自分でなんとかしちゃったでしょ?機転の速さは相変わらずだね。透明な偽罪烏の前に黒い瘴気を撒いて姿が分かるようにするなんて」
「そりゃどうも。でも、透明な敵に色付きの気体を撒くのは定石だから、みんな思いつくだろ」
「けど、あの早さで実行できるのは流石よ。えらいえらい♡」
ロコクリスは少し背伸びして、源城の頭をなでなでする。源城はまぁまぁ恥ずかしいが受け入れる。
「さて、そろそろ豊穣万華鏡の偵察も済んだし、2人とも私の目を見てください」
豊穣万華鏡で生成した女神が見たものは、魔法の発動者の目を見ることで共有される。
源城は、緑色に光るロコクリスの目を見る。瞬時に、観たことない景色が流れてくる。
それはダンジョンのもっと奥、ダンジョンの中心。
体長3メートルほどの鳥が大地に立っていた。
首周りには細かい羽毛が生え、体は何層にも折りたたまれたような黒い羽根に包まれている。
そして、顔の周りはピンクの筋肉が隆起し兜のように覆っている。
「ナイコンドル……!」
「こいつがダンジョンプレデターですね!」
「えぇ、でもみんな、気を付けてください。このダンジョンで最も警戒するべき生物はナイコンドルだけど、それ以外にも、さっきの偽罪烏を始めとして厄介な生物が沢山います」
ロコクリスは静かに語る。
「このダンジョンはナイコンドルを筆頭に、視覚を、聴覚を、あらゆるものを欺くことで、命を守り、獲物を捕獲している生物ばかりです。先入観に囚われれば……手痛い一撃を受けるでしょう」
(……だが、このダンジョンの生物は、欺くことが得意な反面、単純な身体能力は高くないことも多い。偽罪烏も、暗己の一振りで倒せた。ブランクで魔法の腕がなまっている俺でも、事前の知識があれば優位に戦える)
源城は、ナイコンドルと周辺の景色を観て、頭に入れていく。このダンジョンでは特に、情報が武器になる。
かくして、源城は、青より藍しの弟子、ロコクリスのサポートを受けながら、サラリーマン後2度目のダンジョンに足を踏み入れる。
源城とロコクリスの戦術により、偽罪烏による痛烈な出迎えを難なくかわしたが、これはまだ始まりにすぎない。
錯覚と策略の山脈、そのダンジョンの名はドゥライブ
攻略開始




