第6話 お友達は美少女と変人
「偶然だね。奏斗君」
「あ、ああ! 偶然だな……」
彼女、夜月希音も俺と同じクラスである。凪高の二年一組。昨年も同じクラスだった。
お淑やかで凛とした声。綺麗でさらさらした長い髪。三つ編みもいいアクセントになっている。整った顔立ちで清楚感を纏わす優しい人だ。
そして、実は俺の初恋の相手だ。
高校で初めて出会い、一目惚れしてしまった。ぶっちゃけタイプだった。
好きな気持ちは彼女を求めてしまう。彼女と付き合いたいと。
その思いから目を背けず、素直になったのだ。
――つまり、昨年、彼女に告白した。
俺にしては結構勇気を出して告白したんだ。
結果は――。
ものの見事に玉砕。
当然だ。彼女からはお友達からでということになり黒歴史はありつつも、今のところ関係は良好である。……恐らく。いや、そうであって欲しい。切なる願いである。
「奏斗君、なんか調子悪い?」
希音はそう言って、顔を覗き込む。
「い、いや! いつも通り元気元気! 通学中にたまたま夜月に出会えたからー、今日はいい日になるかもしれないな」
「ふふ、そうかな。そうだと良いね」
おかしな冗談にもはにかんでくれる。そんな彼女が好きだ。おっと今のは聞かなかったことにしてくれ。
「でも、なんか雰囲気がいつもと違うね? それに……後ろになんか隠してる?」
「え? 後ろに隠してるって何が?」
「うん、後ろからちらちらと何かが見えるんだけど」
俺の後ろにはことしかいない。というか何故か、ことが俺の背後にいる。
まるで俺を障害物にして自分の身を隠しているみたいに。
「……」
俺は不思議に思うも、今は尋ねられない。今話すと一人で話すことになりおかしくとられる。
「ねえ何隠してるのかな? ちょっと見せてよ」
「え、いや何も隠してないよ。ほら」
多少、困惑しつつもその場所から躊躇うことなく退く。
すると。
「あわわっ」
ことが慌てて俺の背後に位置する。
(なんで隠れようとするんだ?)
そんな疑問が生じた時。
「わぁ、可愛い子」
「――え?」
「奏斗君、この子と知り合いなの?」
「……え、いや、この子って」
俺は、覚悟はしていたつもりだが、やはり驚きを隠せない。
「この子」とは誰の事だろうか。否、一人しかいない。
「私ね、夜月希音って言うの。ねぇ、あなたのお名前は何かな?」
希音はしゃがみ込み、ことを的確に視線に収め優しく話しかけた。
「あ、あたしは……」
「うん?」
ことはどうやら恥ずかしがっているのか、しどろもどろになる。それでも小さな口を動かして呟いた。
「こと、って言うの」
「こと……、ことちゃんって言うんだね。いいお名前だね。可愛い」
「……うん」
希音はことの頭を優しく撫でる。
「奏斗君とお友達なのかな? 私ともお友達になっていいかな?」
それを聞いたことは、うつむいていた顔を上げ凄く嬉しそうに。
「う、うん!」
いつもの声音を元気よく響かせた。
* * *
「いやー、まさか夜月がことのことを認識できるとはなぁ」
「ね。聞いてびっくりしちゃった。ことちゃん、可哀想……。だって、誰からも相手にしてもらえないってことでしょ?」
「まぁ言っちゃえばそうだな……」
「そんなの悲しいよ。ことちゃん、私がいっぱいお話相手になってあげるからね」
先ほど希音に、ことについて分かっていることを説明した。
説明した時は驚きと悲しみが混じりあったような表情をしていた。不気味とかよりも、ことの在り様に胸が痛んだろう。
流石に朝の通学通勤時間ということもあって人通りが多くなってきた。だが、ことには話しかけられなくても、希音は少女に寄り添い小さく呟いている。
なんだか複雑な気分だ。
二人は言葉を交わさずとも、既に心が通じ合っているかのように、仲が良く見える。俺の希音が……。
(って! 『俺の』はおかしいだろ。既に振られてるんだ)
あの時を思い出して、更に気が重くなった。
二人の姿を半歩遅れながら横目で見ていると、なんだか辺りが騒々しくなった。それに若干の野次馬らしき団体も見受けられる。
「あれ、何かあったのかな」
「うん、なんか騒がしいよな」
騒がしい方へ向かってみた。
すると、パトカーの回転灯が煌々と光を放っていた。辺りを注視すると、何名かの警察官の姿が確認でき、規制線が張られ、周囲には多くはないが十数名の人たちが何事かと見物していた。
規制線が張られていたのは、よく地元の人たちが利用するショッピングモールだ。
ショッピングモールと言っても巨大な施設ではない。ドラッグストアやスーパーなど日常生活には欠かせない店が数店舗と、娯楽としてゲームセンター、カラオケなどが散見されるだけである。
しかし田舎の雰囲気を重宝しているこの地域では、巨大な複合施設は決して多いとは言えない。故にこの辺りの住人にとっては不可欠なモールである。
「うわ、なんか物騒だな……」
「そ、そうだね、あんまりここには居たくないかな……」
「そうだな、早く学校へ行こう。あんまり時間ないかも」
スマホで時間を確認しながらそう伝える。少し急ぎめで学校へ向かおうとした時。
「うおおおおおん!」
耳に馴染んだ声が聞こえた気がした。
「今の声って……」
「いや気のせいだろう。早く学校行こ――」
「うおおおおおおおおおん!」
自分の声が遮られてしまう。
仕方なく声のする方へ目を向けると、そこには規制線の前で男の人、睦が泣き叫んでいた。
両手両足を地につけ、額も地面にこすりつけ、うめき声やらなんやらがだだ洩れしている。
「伊藤君、何かあったのかな」
そう言いながら希音は睦の方へ向かおうとする。だが、俺は焦って希音を引き留める。
「待て夜月! 行っちゃだめだ。あんなやつと友達だって思われるぞ」
「あれ、奏斗君は友達じゃないの?」
「ああ」
即答しといた。
「でも……」
「周りを見てみな。誰もがあいつを横目で見て引いてるぞ。どうせ朝ゲーセンに行こうとしたら締め出されたんだろう」
「そうなの? 可哀想」
「いやいや、そんなことは微塵もない。とにかく行くぞ!」
「あっ……」
そう言って、俺は希音の手を掴み学校へ向かう。
(あいつには悪いが、あの場であいつと友達とか思われたくはない)
少し早歩きで向かった。ことも少し遅れたものの、しっかり付いてきているようだった。
「おおおぉぉぉーーーん!」
後ろから断続的に聞こえてくる雄叫びを無視して俺は学校へ向かった。
* * *
無事校門を通り抜けたものの、俺の心臓は高鳴っていた。
(や、やばい。俺、初めて女の子の手を握ってしまった……)
後になって気づいた。先ほど、俺は希音の手を引いてしまった。
今まではこんな事故は無かったがどうしていきなりこんな大胆なことしてしまったんだろう。
と思いつつも。
(やっぱり、ことのせいか。……いやこの場合はおかげと言った方が適切か?)
ことと過ごしているうちに、早いことに女性への対応が少し変わりつつあるらしい。ことに対するノリが一晩で板に付いてきてしまったのだろうか。
(次からは気をつけないとな)
静かに内省しつつ、学生でごった返す昇降口へ向かった。
* * *
それは教室へ向かう最中のこと。
どこかの生徒たちの会話からだろうか。奇妙な話を耳にした。
「ねぇ、聞いた? あれなんだけど」
「あ、聞いた聞いた! 制服が盗まれたって話でしょ?」
「そう! 一階に制服が展示してあるんだっけ? それが一式無くなってたらしいの!」
「いやあ、怖いよねえ。今日学校来るときも、なんかあのモール騒がしかったし。どうする、同一犯とかだったら?」
「やめてよー! だって犯人学校に来たってことでしょ? しかも男子用の制服だけ消えるとか……。どういう趣味してるんでしょうね」
「男の犯人だったら、盗むのって普通、女子用の制服な気がするけどー。でも展示物を盗む意味も分からないよね」
「うんうん。しかももっと意味分からないのが、その現場にお金が置いてあったってこと!」
「え!? お金が置いてあったの?」
「そうなの! 聞いた話だけど、朝一に来た先生が現場を目撃した時にはお金も置いてあったって」
「まじで謎過ぎるわー。やっぱやらかす人ってどういう思考してんのか理解しがたいわ」
「理解するだけ無駄だよ。そういうのって、大体人としての理性を持ち合わせていないんだわ」
まぁまぁひどいこと言っていたような気もするが、聞いた感じ物騒だなと思った。
* * *
教室に着いた。しかし。
(やべ、どうしよ。ここからことはどうすればいい?)
ことは教室に着いたものの誰からも気づかれていない。思うに、俺と希音が特別だったらしい。何故かは知らんが。
「……なあ、夜月、ことはどうしたらいい?」
少し声を潜めて話す。
「うーん、どうしよ。ことちゃんも、せめて椅子には座らせてあげたいよね」
「そうだよな」
(うう! 近い! 近いよ! 希音さん!?)
声を潜めるから当たり前であるが、自然と距離が近くなる。何かいい香りもしなくもないが、あまり意識しないようにしなくては。
己の気持ちとやらと葛藤していると、突如、教室内に威勢のいい声が響きわたった。
「おや! 私の机と椅子がないではないか! これは何事かね! もしかして私はいじめというものに遭っているのかな。それはなんと悲しきこと……。いや、そんなことは無いはずだ! 私はこのクラスの一員だし、このクラスの皆は良い人たちばかりだ! 私はそう信じている!」
教室の一角で男子生徒がよく通る声を上げた。
(あいつ、自分の机と椅子が無いのか? てかあいつって……)
すると、このクラスの委員長が彼に駆け寄る。
「えっと、あの……」
「おや、君、もしかして私に一式用意してくれるのかい? やはり優しい人たちだ」
「あっ、うん。空き教室に余りがあるから取りに行ってくるね」
「いや問題ない! 私自ら取りに行ってくるよ。その手助けだけで私は十分だし、感謝申し上げるよ」
そういうと彼は即教室を出て行った。まるで嵐が去ったみたいだ。しかし有用な情報は得られ。
(そうか、空き教室があった)
空き教室から机を借りる手もある。が、俺や希音の分は既に用意されているから取りに行くのは不自然である。
(最悪、ことを空き教室に残すか? いやいや、それだったら俺たちと一緒にいた方がまだ安心だ)
あれこれ思案していると。
「さて、机も借りてくることが出来たし、私はここに座ろう」
ついさっき出て行ったばかりの彼が俺の後ろに机と椅子をドカンと置いた。
更に何故か机を二つ、椅子を四つほど持ってきている。
「は!? お前、どうやってそんなに持ってきたんだよ! て、ていうかお前の席そこだったっけ!?」
「ふ、この私、八重崎仁にかかれば容易いこと。それに私は奏斗君の近くが良いんだ。……だって私たち友達だろ?」
「あ、あぁ、そうだが……。しかし、それで許されるのか?」
彼、八重崎仁とは友達である。少し伸ばした髪を後ろで結んでいる。こいつも頭はおかしいが外見だけは俺から見てもかっこいい。性格を直せばモテるぞ、きっと。
それにしても、仁が口にした「友達」という響きに照れくさくはあったが、何故か胸にじんわりときてしまった。仁だけに。……ごめんなさい。
「それで? なんでそんなにたくさん持ってきたんだ?」
「ん、これは備品だよ。私みたいに、椅子やらが消えてしまう人がこれから現れるかもしれない。その人のためにも、ついでに持ってきたのさ」
「あぁ、なるほど……?」
「備品だから残りはここいらに置いておこう」
すると仁は、机を邪魔にならない教室の角に、椅子は教室の四方壁際に配置させた。
「失礼」
「あ、うん」
仁は希音の隣、窓際にも椅子を置いた。
「よし、こんなもんだろう」
仁は満足そうにして教室を見渡す。備品と言う名のただの椅子が教室内に点在された。
「……」
果たしてこれは大丈夫なのだろうか。
でも椅子が散見されるだけで恐らく咎められることもないだろう。
凪高の先生は比較的緩いから助かる。仁が俺の後ろに座るのも、勝手に席を移動したんだろうとしか思わず、それ以上のことは言及しない。普通なら勝手な席の移動は注意されるだろう。
まさに生徒の自主性を重んじた自由度の高い高校だ。高すぎる気もするが。
満足した仁は、俺の後ろの(自分で設けた)席に腰を落ち着ける。
しかし、これは棚から牡丹餅だ。まさか希音の近くに椅子を配置してくれるとは。仁、やる時はやるな!
俺は感動のあまり仁の手を取る。
「ありがとう、仁!」
感謝の気持ちを伝え、力強く握る。
「……急にどうしたんだい? もしかして、そんなに私の近くが嬉しかったのかい? 無論、私も奏斗君の近くでうれ――」
「違うけどとにかくありがとうなんだ!」
「……ふむ。まぁ、感謝の気持ちはありがたく受け取っておこう」
即座に否定させてもらった。
仁は一瞬不服そうな表情を見せたが、受け入れてくれたのか、一転して微笑み握り返してくれた。
ことを希音と俺の間に挟み、さりげなくことに話しかける。
「なぁ、こと。希音の近くに椅子があるだろ? そこに座るのって大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だけど……」
「ん? だけど?」
意外な反応だった。希音の近くだからてっきり喜んで返事すると思ったが。
「どうしたの、ことちゃん? 何かだめなのかな?」
「あ! ううん! 希音の近くはすごく嬉しいの! あたしはそこで全然大丈夫!」
「あ、大丈夫なのか」
案の定、それは問題ないらしい。すると問題は別にあって。
「なんか仁っていう人、変な感じする」
ことは仁を一瞥して呟く。
「まぁ、仁は元から変だからな」
「ことちゃん、八重崎君が気になる?」
「うーん、なんかもやっとする」
感覚的すぎて俺にはよく分からないが。
「あいつに何かされる心配もないだろう。ことは俺と希音以外から見られてないし」
「うん、そうだね」
「もし何かあったら俺か夜月に話しなよ」
「うん。……分かった! ありがとう奏斗、希音!」
ことは気持ちを切り替えられたのか希音の近くにある椅子に座る。
「とりあえずは大丈夫そうだな」
「そうだね。だけど、授業つまんないだろうね」
「確かにな……」
俺は成り行きにはなったが、ことを希音に押し付けてしまったことに少し罪悪感が募る。
「ごめんな、夜月。なんかことを押し付ける感じになっちゃって」
「え、ううん、大丈夫だよ。むしろことちゃんが近くにいてくれてすごく嬉しい。私、ことちゃんのためなら何でもしちゃいそう」
「え、な、何でも?」
「うん。何でだろう、そんな気持ちが自然と湧いてくるの」
「お、おう」
何でもしちゃう発言に反応してしまった。
(いやいや! 失礼だぞ俺。希音は協力してくれてるんだ。感謝の気持ちが大切だ)
そう自分に言い聞かせ、煩悩を振り払う。
「奏斗君? 何か考えがあるの?」
「……あ、ああ! いや別に! いやほんとありがとう。助かるよ。もしあれだったら授業の合間にでも椅子を俺の方に動かして良いからな。そしたら今度は俺がことの相手をしてやれるから」
「うん、そうだね。その時はお願いね」
「ああ、任せろ」
幸いにも、備品となった椅子は点在している。それによりカモフラージュが働き、多少動かしてもなんら不思議に映らないだろう。
ひとまず一件落着したところでちょうど朝の鐘が鳴る。
これから朝のホームルームの時間だ。




