第5話 肌寒い朝の通学路で
瞼から差し込んでくる光に意識が覚醒する。
いつもと変わらない朝が来た。また平凡な一日の始まりである。
「……起きるか」
そう言って布団から起き上がろうと手をつくと。
「……ん?」
何か温かくて柔らかい感触を得る。まさに頭の中で「むにゅ」という効果音が流れた。
隣に目を移すと。
「うわああ!」
そこには少女、ことが寝ていた。それも服は乱れ一部素肌が見えている状態。
(そうだ、忘れてた。昨日あんなことがあったわ。非日常過ぎたけどあれは夢じゃなかった……)
昨日の疲れもあったのかぐっすりと眠っていたらしい。
(それにしてもさっきの感触なんだ!? どこを触ってしまったんだ? 頼む……、俺の初めてはこいつじゃないことを祈るぞ……)
朝から一人勝手にそわそわしていると廊下から声が聞こえてくる。
「おい! 今の叫び声聞いたか! 奏斗だ! 何かあったに違いない」
「ええ、そうですね、かなりの叫び声でしたわ!」
(これはまずいか? いやでも……)
二つの騒がしい声。これは両親が部屋に来る予感。
一瞬この光景を見られたらまずいと思ったが、彼らにはことが認識できなかったことを思い出す。
と、その時。
「これは緊急事態に違いない。今すぐ逃げるぞ!」
「ええ! あ、待ってください、こういう時はスマホと充電器と、ええと、あと何があればいいでしたっけ?」
「馬鹿やろう! こういう時は金一択だ! 早く逃げるぞ!」
「あっ! 待ってくださいあなた~」
(だから俺を助けてくれ……)
どうやら俺の部屋に来るという余地すら彼らには無かったらしい。
普段からあんな両親だから特段気にすることでもないが。
そう毎度の如く呆れていると視界の端で動く気配を感じた。
「お、起きたか」
「んーー。おはよーー……」
ことは半醒半睡の状態で瞼をこすり朝の挨拶を口にする。
「朝の支度するぞー」
「……んにゃ?」
「お前も学校に行くだろ? 一人で家に置いとくとか、不安でしかないし」
そう口にした途端、ことは目を大きく開き。
「わあ! うん! あたしも一緒に行く!」
さっきまでの眠気はどこへやら。元気な声とともに、小さな体から嬉しさが溢れ出ているようだった。
* * *
無事身支度を済ませ、しばらくして昇り始めた朝日を背後に二人並んで歩く。少し歩くスピードを合わせてあげる。
ちなみに両親はしばらくしたら家に戻ってきた。まだ本格的な冬でもないが朝は寒い。寒さに耐えられず戻ってきたのだろう。それでいて朝食は普段通りだったからある意味恐ろしい。
歩いている中、ふと気になったことがあった。しっかりと周りを見渡して、人がいないのを確認する。
「こと、そういえば、ことの所持品って見えるのか? 例えば、その……、昨日風呂に入る時に脱いだ服とか……」
あんまり朝に思い出したくなかった。
「あーー、どうだろうねー。あ、そういえばあの時、廊下で脱ぎ捨てちゃったから、服そこらへんに脱ぎっぱなしだったかも……」
「こと……、見られてないからってそれはどうなんだ……」
しかし、服が散らかっていたにもかかわらず、両親はなにも言ってこなかった。ということはこと由来の所持品も見えない、ということなのかもしれない。逆にそうでないと、服だけが浮かんで見えてしまうだろう。
「なるほど」
理屈は分からんが勝手に腑に落ち、歩みを進めていると、曲がり角で勢いよく飛び出してきた人と不意打ちにぶつかる。
「あだっ!」
「うわっ、すまん奏斗! 前見てなかったわ!」
飛び出してきた人物、伊藤睦は軽々しくあっさりと謝る。
「……ほんと危ないから気をつけろよな」
「へへっ、わりぃわりぃ」
天然パーマがトレードマークの彼、睦は俺と同じ凪高の友人だ。クラスは俺と同じ一組。昨年も同じクラスで仲良くなった。少し頭のねじが外れてるやつだが良いところもあるのは否めない。
「ん? お前、なんかいつもと顔つき違うな」
「は? どゆこと?」
肩を組まれながら、ちょんちょんと脇腹を突かれる。
「なんか充足感溢れる顔つきしてる。いつもはお地蔵さんみたいな顔してたが」
「……俺ってそんなに顔死んでた?」
「ああ! 毎日つまんねーって顔してた」
「それは、そうだが……」
「早くうはうはな展開こねえかなーって顔もしてた」
「それはない」
きっぱりと否定する。そんなことは断じて思っていないぞ。うん。
「でも今は、潤いがみなぎっている。まるで何かいつもと違うことが起きたみたいに」
「うっ、それは……」
不覚にも図星だ。
「何かあったんだな? それはもしかして……」
「……もしかして?」
ごくりと唾をのみ込む。ことは空気を読んでか隣で静かにしている。自分の立ち位置が理解できたのか、ここら辺の機転は利くらしい。こいつには見えていないと思うが……。
「……女の子と何か良いことあったか?」
「はあ!?」
睦なりのイケボが耳元で囁かれる。
まさかそこを突いてくるとは思わなかった。身構えが足りず思わず声を上げてしまった。
「なんだよ、声を上げて。冗談だよ。まさかほんとだったとかか? まぁ奏斗に限ってそんなことあるわけないよなー」
「……言ってろ」
要らないことまで言われたが彼なりの冗談だった。それも当然だ。彼にことは見えるはずもなく。
「あ! やべ! こんなことしてる場合じゃねえって!」
「……ん? どうした?」
落ち着きを取り戻し、睦に尋ねる。
「今日の朝練だよ! 寝坊したから練習時間が無くなっちまう! 学校始まる前に行かなきゃ! じゃあ、また後でな!」
そう言って、すぐに走り去る。
「朝練、ねえ……。朝から元気だなぁ」
全速力で駆けていく背を見ると、そうこぼさずにはいられない。
「さっきの人、元気な人だったね」
「ん? ああ、伊藤睦って言うんだ。あれでも俺の友人だ」
「なるほどー。覚えとく!」
ちょっとしたイベントが起きたが、また二人で歩き始める。
やはり睦にも見えていなかった。身内のようなものだからと少し期待したが、仕方ない。
* * *
少しして歩いていると、再び曲がり角が見えてきた。
(また、誰か来るかもしれないからな……)
先ほどの出来事を教訓に少し身構える。
そしていざ、角を超えようとしたら。
「あ、おはよう。奏斗君」
「……ふえ? あっ! お、おはよう! ……夜月」
意表を突かれた。身構えていたはずなのにこの様だ。
だが、無理もない。
人は人でも彼女――夜月希音とばったり出くわすとは考えにも及ばなかったから。




