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我想う=故に君あり  作者: うぐいすい
第二章 蔓延る違和感
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第4話 名前

 それはある日のこと。


 一人の赤ん坊がこの地で生を受けた。


 赤ん坊がこの地に生まれ落ちた日、日中にも関わらず夜が訪れたという。


 その子は愛されていた。


 しかし、現実は非情なもの。


 赤ん坊は、無残にもこの地で死を迎えた。


 両親は哀しみに暮れた。


 両親はその子を忘れないでほしいと願う。


 せめてもの思いで皆の衆に訴える。


 それを民が受け入れた。


 あの子を忘れることが無きように、この地にはある名がついた。


 「夜月町」と――。


 * * *


「このゲームむつかしい!」

「そーかー」


 しばらくして、俺たち二人は本当に一息つけた。無事、愛おしの我が家に帰宅だ。

 今日は疲れ果てた。自分の部屋に入ってからはすぐにベッドに身体を預け、ぐったりしていた。

 対して、少女は疲れた様子どころか元気いっぱい。その元気の源はどこからくるのだろうか。


 今は、適当に少女にゲームをやらせている。家庭用ゲーム機に入っていたソフトで勝手に遊んでいるのだろう。


 どうやら少女は物には触れられるらしい。しかし、認識されていない相手には触れられないそうだ。だからか俺は少女に触れられる。


 加えて余談だが、俺の両親、駿河正(ただし)・美紀《みき》も少女のことが見えてなかった。だから家にいれるのは容易だった。

 ただ一つだけ注意しなければいけないのが……。


「お前、何か物持って迂闊にそこらへん歩き回るんじゃないぞ。他の人から見たら物が浮いてみえるからな。まさにポルターガイスト……。あぁ、恐ろしい……。というかお前の存在も不確定だから恐ろしいのは間違いないが……」

「あー! 上手く操作できないー! ん? なんか言った?」

「……まったく」


 少女はゲームに悪戦苦闘しており、こちらのことは眼中になかった。


 しばらくして。


「やったー! なんんとかクリアしたー!」


 満足そうにゲームを終え、床にごろんと寝っ転がった。

 こんなんで良いのだろうか。まだ話さなきゃいけないことがあるが、その前に。


「俺さ、駿河奏斗って言うんだ」

「……え?」

「俺の名前だよ。まだ言ってなかっただろ?」

「ああ! お兄さんのお名前ね! いい名前だね!」

「そりゃ、どうも」


 素直に受け止める。


「でさ、本題はこれからで」

「うん」

「お前の名前を決めようか」

「え? あたしの名前?」


 少女はつぶらな瞳を大きく開ける。


「ほら、名前がないと呼びづらいし、どうせなら名前で呼んだ方が『お前』とかよりも気分が良いし……」


 こんなやつと関係を深めすぎるのも気は進まないが、この際仕方がない。


「あたしの名前を決めてくれるの! やった! すごく嬉しい!」


 少女は立ち上がると俺に駆け寄りそのまま抱き着いてくる。


「お、おいおい。あんまくっつくなって……!」

「ふふ、ありがとう、奏斗」

「……」


 自分の名を呼ばれ、照れくさくはあった。だが、こういう距離感も悪くないと思ってしまう自分がいた。


 * * *


「だめだーー。全然決まんねえー」

「だって、奏斗センス無いんだもん!」

「だって女の子の名前とか思いつかんよ。花子ーとか太郎ーとか次郎ーとかしか馴染みがない」

「それはひどすぎるよ! それに太郎次郎は男の子!」

「今時そうも言えないんじゃないか? 案外いけるかもよ?」

「少なくとも、あたしはいやだ! 断固拒否!」


 少女なりに怒っているらしいが可愛さの方が滲み出ている。


(って、俺なに可愛いとか言ってんだっ。そういえば女の子と俺の部屋で二人きり……。こ、これは非常によろしくないのでは!? あ、焦るな、俺。あくまでも見えてるのは俺だけ。いわば閉じた世界だ。公にされることは無い、はず……)


 一人悶々としているとふと少女が尋ねてきた。


「これ、なんていうの?」


 少女が指したのは適当につけていたテレビ。そのテレビからは日本の和があふれ出るような音色が響く。


「それは、『琴』だよ」

「こと?」

「そういう楽器なんだ。今みたいな音が出る」


 少女は琴の音色に耳を傾ける。


「ことって初めて聞いたけどいい音だね。それに名前も可愛い」


(……か、可愛い?)


 少し戸惑っていると、少女は急に立ち上がって。


「あたしこの名前が良い!」

「え、『こと』のこと?」

「そう! なんかあたし音楽が好きみたい! 琴の、この音が良いの。胸にぎゅってくる」


 よく分からないが少女はその音の響きと波長が合うのか、胸に手をあてている。

 その姿を見ると、俺も無下に否定できなくなった。実際、特に断る理由も見つからない。だから俺はその名を受け入れることにする。


「分かった! じゃあこれからはことって呼ぶからな。よろしく、こと」

「うん! よろしくね、奏斗!」


 自分ではまだ気づいていないが心のどこかでは、少女、否、ことのことを許しているのかもしれない。


 俺がことを見守る。まだ出会って間もないのに、鬱陶しい存在なはずなのに、そんな使命感がどこからか湧き始めていた。


 * * *

 

 夕食時、ことは食事を摂らなくても大丈夫とのことで部屋に残した。

 いつも通り夕食を食べていると。


「ポロン♪」


 上の階、すなわち俺の部屋からピアノの音が聞こえた。


「あら、今なにか聞こえたわよね……?」

「確かに、お前の部屋からピアノみたいな音が聞こえたが……」


 親が不安そうに俺を見つめる。

 心当たりしかない。


「い、いや! 聞き間違えじゃないかな! で、でも俺電源切り忘れたかもしれないから確認してくるわ!」


 俺は即座に席を立ち部屋へ向かおうとする。

 すると母さんが呼び止める。


「あ、あら、奏斗、どうするの? あなたの部屋に何かいたら……」

「奏斗! お父さん、奏斗の助けが聞こえたら……。だめだ、美紀を連れて即逃げる」

「あら、あなた。とっても頼りになりますのね。私も一緒に逃げますわ」


(俺を助けてくれよ、二人とも……)


 そんな思いを食卓に残しつつ部屋に行き、ピアノで遊ぼうとしていたことに注意する。


 しかし……。


「はーっ、沁みるぅ~」


 冷えた体の芯をほぐすように湯船につかっていると。


「奏斗! あたしも一緒に入る!」

「は!? なんで入ってくる!?」

「だって一緒に入りたかったんだもん」


 急にドアが開き、ことが入ってきた。タオルは巻いているが俺にとっては目に毒でしかない。


(如何せん女性との関わりもゼロに等しいってのにこいつは!)


 その後も。


「一緒に寝ようね!」

「だからって俺にくっつくなって! 俺の布団貸しただろ。俺は適当に床に敷いたらしのげるから、ことはそっちで寝ろって!」


 ……なんて踏んだり蹴ったりな出来事があったが結局。


(何故にこうなる……)


 俺のベッドには見事に、俺とことの二人が寝ころんでいた。


(女の子と寝るとかこれが初めてなんですけど! これノーカンだよね? そうであって欲しい……)


 しばらくしてことは寝た様子。無論、俺は寝られる自信が雀の涙ほどもないが。


『あたしね……。お母さんを救うために、ここに来たんだ――』


 静かに横になると、この言葉を思い出す。


(ことは誰にも気づいてもらえない。まだ分からないが、この俺しかことと関われないんだ。そんな悲しいことって……。そんな事実知っちまったら見放せるわけないだろ……っ)


 確かにことと過ごしてからてんやわんやで面倒だ。だけどどこか見過ごせない自分もいる。


(あんまり許したくないけど、結局言いなりになってしまう。でも風呂だけは勘弁してくれ……)


 風呂は俺が先に逃げ出したからセーフだったが。


(明日からどうするか。ことの母親を探すのか? あまりにも無謀すぎる)


 ことについて色々考えているうちに瞼が重くなり、気づいた時には二人そろって穏やかな寝息を立ていた。

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