第4話 名前
それはある日のこと。
一人の赤ん坊がこの地で生を受けた。
赤ん坊がこの地に生まれ落ちた日、日中にも関わらず夜が訪れたという。
その子は愛されていた。
しかし、現実は非情なもの。
赤ん坊は、無残にもこの地で死を迎えた。
両親は哀しみに暮れた。
両親はその子を忘れないでほしいと願う。
せめてもの思いで皆の衆に訴える。
それを民が受け入れた。
あの子を忘れることが無きように、この地にはある名がついた。
「夜月町」と――。
* * *
「このゲームむつかしい!」
「そーかー」
しばらくして、俺たち二人は本当に一息つけた。無事、愛おしの我が家に帰宅だ。
今日は疲れ果てた。自分の部屋に入ってからはすぐにベッドに身体を預け、ぐったりしていた。
対して、少女は疲れた様子どころか元気いっぱい。その元気の源はどこからくるのだろうか。
今は、適当に少女にゲームをやらせている。家庭用ゲーム機に入っていたソフトで勝手に遊んでいるのだろう。
どうやら少女は物には触れられるらしい。しかし、認識されていない相手には触れられないそうだ。だからか俺は少女に触れられる。
加えて余談だが、俺の両親、駿河正・美紀も少女のことが見えてなかった。だから家にいれるのは容易だった。
ただ一つだけ注意しなければいけないのが……。
「お前、何か物持って迂闊にそこらへん歩き回るんじゃないぞ。他の人から見たら物が浮いてみえるからな。まさにポルターガイスト……。あぁ、恐ろしい……。というかお前の存在も不確定だから恐ろしいのは間違いないが……」
「あー! 上手く操作できないー! ん? なんか言った?」
「……まったく」
少女はゲームに悪戦苦闘しており、こちらのことは眼中になかった。
しばらくして。
「やったー! なんんとかクリアしたー!」
満足そうにゲームを終え、床にごろんと寝っ転がった。
こんなんで良いのだろうか。まだ話さなきゃいけないことがあるが、その前に。
「俺さ、駿河奏斗って言うんだ」
「……え?」
「俺の名前だよ。まだ言ってなかっただろ?」
「ああ! お兄さんのお名前ね! いい名前だね!」
「そりゃ、どうも」
素直に受け止める。
「でさ、本題はこれからで」
「うん」
「お前の名前を決めようか」
「え? あたしの名前?」
少女はつぶらな瞳を大きく開ける。
「ほら、名前がないと呼びづらいし、どうせなら名前で呼んだ方が『お前』とかよりも気分が良いし……」
こんなやつと関係を深めすぎるのも気は進まないが、この際仕方がない。
「あたしの名前を決めてくれるの! やった! すごく嬉しい!」
少女は立ち上がると俺に駆け寄りそのまま抱き着いてくる。
「お、おいおい。あんまくっつくなって……!」
「ふふ、ありがとう、奏斗」
「……」
自分の名を呼ばれ、照れくさくはあった。だが、こういう距離感も悪くないと思ってしまう自分がいた。
* * *
「だめだーー。全然決まんねえー」
「だって、奏斗センス無いんだもん!」
「だって女の子の名前とか思いつかんよ。花子ーとか太郎ーとか次郎ーとかしか馴染みがない」
「それはひどすぎるよ! それに太郎次郎は男の子!」
「今時そうも言えないんじゃないか? 案外いけるかもよ?」
「少なくとも、あたしはいやだ! 断固拒否!」
少女なりに怒っているらしいが可愛さの方が滲み出ている。
(って、俺なに可愛いとか言ってんだっ。そういえば女の子と俺の部屋で二人きり……。こ、これは非常によろしくないのでは!? あ、焦るな、俺。あくまでも見えてるのは俺だけ。いわば閉じた世界だ。公にされることは無い、はず……)
一人悶々としているとふと少女が尋ねてきた。
「これ、なんていうの?」
少女が指したのは適当につけていたテレビ。そのテレビからは日本の和があふれ出るような音色が響く。
「それは、『琴』だよ」
「こと?」
「そういう楽器なんだ。今みたいな音が出る」
少女は琴の音色に耳を傾ける。
「ことって初めて聞いたけどいい音だね。それに名前も可愛い」
(……か、可愛い?)
少し戸惑っていると、少女は急に立ち上がって。
「あたしこの名前が良い!」
「え、『こと』のこと?」
「そう! なんかあたし音楽が好きみたい! 琴の、この音が良いの。胸にぎゅってくる」
よく分からないが少女はその音の響きと波長が合うのか、胸に手をあてている。
その姿を見ると、俺も無下に否定できなくなった。実際、特に断る理由も見つからない。だから俺はその名を受け入れることにする。
「分かった! じゃあこれからはことって呼ぶからな。よろしく、こと」
「うん! よろしくね、奏斗!」
自分ではまだ気づいていないが心のどこかでは、少女、否、ことのことを許しているのかもしれない。
俺がことを見守る。まだ出会って間もないのに、鬱陶しい存在なはずなのに、そんな使命感がどこからか湧き始めていた。
* * *
夕食時、ことは食事を摂らなくても大丈夫とのことで部屋に残した。
いつも通り夕食を食べていると。
「ポロン♪」
上の階、すなわち俺の部屋からピアノの音が聞こえた。
「あら、今なにか聞こえたわよね……?」
「確かに、お前の部屋からピアノみたいな音が聞こえたが……」
親が不安そうに俺を見つめる。
心当たりしかない。
「い、いや! 聞き間違えじゃないかな! で、でも俺電源切り忘れたかもしれないから確認してくるわ!」
俺は即座に席を立ち部屋へ向かおうとする。
すると母さんが呼び止める。
「あ、あら、奏斗、どうするの? あなたの部屋に何かいたら……」
「奏斗! お父さん、奏斗の助けが聞こえたら……。だめだ、美紀を連れて即逃げる」
「あら、あなた。とっても頼りになりますのね。私も一緒に逃げますわ」
(俺を助けてくれよ、二人とも……)
そんな思いを食卓に残しつつ部屋に行き、ピアノで遊ぼうとしていたことに注意する。
しかし……。
「はーっ、沁みるぅ~」
冷えた体の芯をほぐすように湯船につかっていると。
「奏斗! あたしも一緒に入る!」
「は!? なんで入ってくる!?」
「だって一緒に入りたかったんだもん」
急にドアが開き、ことが入ってきた。タオルは巻いているが俺にとっては目に毒でしかない。
(如何せん女性との関わりもゼロに等しいってのにこいつは!)
その後も。
「一緒に寝ようね!」
「だからって俺にくっつくなって! 俺の布団貸しただろ。俺は適当に床に敷いたらしのげるから、ことはそっちで寝ろって!」
……なんて踏んだり蹴ったりな出来事があったが結局。
(何故にこうなる……)
俺のベッドには見事に、俺とことの二人が寝ころんでいた。
(女の子と寝るとかこれが初めてなんですけど! これノーカンだよね? そうであって欲しい……)
しばらくしてことは寝た様子。無論、俺は寝られる自信が雀の涙ほどもないが。
『あたしね……。お母さんを救うために、ここに来たんだ――』
静かに横になると、この言葉を思い出す。
(ことは誰にも気づいてもらえない。まだ分からないが、この俺しかことと関われないんだ。そんな悲しいことって……。そんな事実知っちまったら見放せるわけないだろ……っ)
確かにことと過ごしてからてんやわんやで面倒だ。だけどどこか見過ごせない自分もいる。
(あんまり許したくないけど、結局言いなりになってしまう。でも風呂だけは勘弁してくれ……)
風呂は俺が先に逃げ出したからセーフだったが。
(明日からどうするか。ことの母親を探すのか? あまりにも無謀すぎる)
ことについて色々考えているうちに瞼が重くなり、気づいた時には二人そろって穏やかな寝息を立ていた。




