第3話 使命
実のところ、俺は体力がない。運動は苦手だ。だから一生懸命走ってもすぐに体力が尽きてしまう。
結局、少女に追い付かれ、行きついた先、裏山の芝生の上で腰を落ち着けていた。
……少女と少し距離を取りながら。
「……お前、やっぱ周りのやつに認識されていないみたいだな」
「うん、そうみたいだね。さっき通りすがりの人に話しかけてみたけど、無視されちゃった」
そう。少女は俺以外のやつからは認識されていない。公園まで逃げてくる間に、なんとなく勘づいてしまった。
だから先ほど、少女に自分の姿が見えてないことを伝えると、試しにと言って知らない人に話しかけに行っていた。……心臓に悪い。
「でも、納得だな。さっきまで俺が無視していたのは周りから見れば自然だったんだ。そこで俺が一人で急に喋りはじめたから奇異な目で見られたんだ」
「なるほどー」
少女は認識されていない自覚がなかったらしく、本人も今さっき知った事実であったらしい。
「そしたら、やっぱあたしってすごいね!」
突如、少女は声を上げる。
「何がだ?」
「だって、お兄さんにはあたしが見えてるってことでしょ? そしたらあたしは出会うべき人に一発でちゃんと出会えた。やっぱお兄さんじゃなきゃダメなんだよ」
「……」
確かに少女の言うことにも一理ある。少女のことを認識できるのは今のところ俺だけだ。だから俺が見捨てていたらこいつは一人でさまよっていたのかもしれない。そう思うと、何故か胸が痛んだ。
「……さっきは、ごめんな。無視なんかして。俺が無視を貫き通してたら、お前は誰とも関われなくなるところだった」
素直にそう言葉にした。
「うーん、全然気にしてないよ! いつかは振り向いてくれると思ったから」
その言葉が更に俺を苛む。
「なぁ、なんでそこまで俺を信用できるんだ? ちなみに俺だからって言うのは無しだぞ」
少女から聞き出したかった。
たかが一般人の俺が面識のない少女にそこまでして慕われる理由が見当たらない。
「なんでだろう。お兄さんを信頼しているというか、大好きなんだと思う」
「だ、大好きって……。お、俺、お前と面識ないし」
不覚にもドキッとしてしまった。
「なんかね、胸の中に残ってるの。思い出みたいに温かく、あたしの中にじわっと広がってる。その余韻みたいなのを感じるの」
少女は胸に手を当てて思いを馳せているようだった。
「そういえばさっきも言ってたな。焦燥感に駆られてるって。それも胸の中に残ってるんだろ?」
そう言うと少女は思いついたようにぱっと顔を上げ。
「そう! そうなの! 思い出した! やらなきゃいけないこと!」
「ようやく思い出したか。言ってみ」
「違う! やらなきゃいけないことがあるってことを思い出したの!」
「忘れてたんかい!」
なんで俺の方が覚えているのだろうか。
「だってあの時は、おトイレに行きたすぎて……。すっきりしたらそのまま忘れちゃった」
「お前のやらなきゃいけないことって、それぐらいで忘れるんなら、大して重要じゃないんじゃないか?」
「そんなことないもん! むっちゃ大事!」
「……どうだか」
とっくに日は沈み、外灯もない薄暗い芝生の上で横たわる。
この場所は昔から好きだ。
海からやってくる穏やかなそよ風。それに、裏山に位置しているだけあってか、人は殆ど来ない。それも含めてここは非常に落ち着く。良くも悪くも色々な思い出があって俺のお気に入りの場所である。
(しかし俺は、こんなお子様と二人でいて、何してんだか……)
ふと我に返れば、何故このような事態に陥っているのかと頭を抱えてしまう。俺はただスマホを取りに戻ろうとしただけなのに。
そんな中、「あっ!」と声を上げ急に走り出した少女。
どこへ行くのかと遠めに眺めていたら、ある一本の木に駆け寄った。
「……」
少女はじっとその木を見つめる。俺はなんとなくその背に声をかけたくなった。
「どうしたんだー? 何か見つかったか?」
すると少女はぽつりと呟く。
「……お兄さん、あたし、思い出したよ。やらなきゃいけないこと――」
「……っ」
いつもとは違う声音だった。その声はどこか凛としていて、聞いたことのあるような優しさで。
その声に奇しくも魅了され、声が出なかった。そして、俺を置き去りに時は流れ続ける。
「あたしね……」
少女はおもむろにこちらを振り返る。
目には光るものがあった。
「あたしね……。お母さんを救うために、ここに来たんだ――」
第一章おわり!
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