第10話 新たな刺客
「おやおやあ、これはとても痛い。もしかしてコンパスの針で突き刺すよりも痛いんじゃないかい?」
目の前に、仁がいた。
タイミングの良いことに、仁が間一髪で助けに来ていた。
飄々とした態度で拳を受け止め、いつもと変わらぬ調子で冗句を飛ばす。
纏うオーラは仁そのものだ。だが、彼の手首より先だけは彼のものには見えない異質さが漂っていた。
豪が一歩、仁から距離をとる。
「私の収集癖を甘く見ないように。このコンパスだけは普通のとは別格だ。如何せん一万円もする代物だ。いかにも、一万円相当の攻撃力を有した針をしているだろう?」
どこからか取り出したるは、一つのコンパス。
その針の先端を豪へ向ける。あたかも剣先を彼に突きつけるかのように。
豪はバツの悪そうな顔をし。
「……てめえは、誰だ」
「これはこれは、同じ学年でありながら私のことを存じないとは。これは私も反省が必要なようですね。もっと変人に磨きをかけて知名度を上げなくては!」
(こいつ……。ふっ)
こんな危機的局面にも関わらず、いつものように軽口をたたく。
それでこそ仁なんだ。
「てめえ、その狂った口を閉じるべきだな。……でないと取り返しのつかないことになるぞ」
「おやおや、これは脅されているようで。しかしそのセリフ、一言一句お返しするよ」
「ああん?」
「実は、私この事件の一部始終を目撃しているのさ。そして、もちろんこういうときは相場が決まってる。……録音しとかないとね」
内ポケットからスマホを取り出す。確かに録音されている画面が確認できる。
「ちっ……」
豪は苛立ちを露わにする。仁に軍配が上がる。
「知っているかい? これはスマートフォンという代物だ。略してスマホ。スマホとは非常に便利な物だ。片手一つで録音までできてしまう」
スマホに頬ずりしながら皮肉めいたことを言い放つ。スマホに対して並みならぬ感情を抱いているようだが、彼の発言には肝を冷やされっぱなしだ。あまり豪を刺激しないで欲しい。
仁は、物怖じ一つ見せず饒舌に語り続ける。
「ここには全て録音されている。もちろん奏斗君が殴られた証拠もあるだろう。それに、君はここ最近起きてる事件に、嘘だとしても関与していると仄めかしてしまったね。これは情報提供としてとても有益な情報となり得るのではないだろうか。……あるいは、抜本的に問題を終わらせてあげようか?」
「……っ! はっ。てめえに、んなことできるかよ。俺だって対策の一つくらい――」
「ああ、出来るとも」
「……っ!?」
流暢さに陰りが差す気配は無い。
更には何か的確な根拠を持って相対しているようだ。彼の威風堂々さには、豪ですら圧倒されている。目を見開き、何も手出しが出来ていない。
見たことの無い表情を浮かべ、今にも爆発しそうだ。
しかし豪は深呼吸をし力を分散させて。
「はっ、てめえが何者なのか分からんがデキるやつだと見た。ここは大人しく引くとしよう。だが、これだけは忘れるんじゃねえ……」
豪は踵を返したかと思いきや顔だけこちらに向ける。
「……幾度負けようが、最後には俺が勝つ――」
そう断言すると豪は引き返していった。
一気に体の力が抜けていく。硬直した筋肉が弛緩し、先ほどまでの呼吸のしづらさが嘘のようだ。
「なんともまぁ、厨二チックな捨て台詞なのだろう。――反吐が出る」
仁は逃げ去る豪に向けて何か呟いていた気がするが、珍しいことに声が小さく聞き取れなかった。
すると仁はこちらを振り向き。
「奏斗君、大丈夫かい?」
「あ、あぁ、なんとか無事だ。ほんと、助けてくれてありがとう」
仁は俺に手を差し伸べ、俺は仁の手を取った。
「とにかく、大事に至らなくて良かった。やはりこのコンパス君は最強だな。この者が行くべき道を教えてくれたのだ」
そう言って仁はコンパスをなでなでする。ちょっと気持ち悪い。
「色々とツッコミどころが多いんだが、まず、仁はなんでここにいるんだ?」
「ん? コンパス君の言う通りに従ったまでさ」
「分からんが分かった(聞くのは無駄だと判断)。じゃあ、そのコンパスってのはなんで持ってるんだ?」
「ふむ、私は収集癖があってね。とりわけ私は、文房具マスターを目指しているのさ。様々な文房具を収集している。安価な物から高価な物、多種多様だ。私は思うのだ。もっと人類は文房具に興味を持った方がいい! なぜかって? 文房具は革命的な存在だ! こいつらがいなかったら我々は学問に携われていない。こいつらがいるから我々人類は発展することがで――」
「もういい! そこまでで! 文房具の素晴らしさがよおく分かったから!」
こいつはいつでもこんなやつなんだと改めて気づかされる。
「ふむ、それにしても、私は素晴らしい訴えを耳にしてしまったよ。不覚にも、私の心にぐっと来てしまった……」
「え、なんのことだ?」
「ん、必死過ぎて覚えていないんだね。なら聞かせてあげよう」
そう言うと仁はスマホを取り出し録音を再生させようとする。
しかし俺は寸でのところで思い出した。
そうだ、非常に恥ずかしいことを口走った気がする。
「ま、まってくれ! それってもしかして、俺が、その、夜月のことを……。……って」
語尾がどうしても小さくなってしまう。
それでも仁は察したのか。
「まさに、それだ。あの心の底から吐き出された意志には感動してしまったよ……。もうこの感情を忘れたくない。……この録音、あの部分だけ切り取って永久保存することとしよう」
「は!? やめろよ! 今すぐに消せ!」
「ふむ、でも良いのかい消してしまって。あの人の証拠たるものも消えてしまうわけだが」
「~~っ!! ああもう! 分かったよ好きにしていいよ! その代わり誰にも晒すなよ!」
「――あぁ、無論、私だけが大切にするとも……」
仁は急に声のトーンを落として応える。
急に声音を変えてきたもんだから、一瞬どうしたのかと思ったが、仁は一転して言葉を発する。
「おっと! こうしている場合ではない。この後、文房具界隈で、どちらの定規が一番優秀かを決める大事な試合があるんだったっ! それでは! 奏斗君! また良き日に会おう」
よく分からない言葉を置き去りに仁は走り去った。
(なんだよ定規の優秀さを決める試合って……。あいつの趣味、ちょっとベクトルがおかしくねえか?)
仁の尽力により無事に事なきを得た。しかし、ことはまだ不安がぬぐえない様子で表情が優れない。
「こと? さっきは大丈夫だったか? ごめんな、危険な目に合わせて。あいつは今すぐ退学にするべきだ。なんでまだここにいるのか不思議だよな?」
俺は笑ってことに話しかける。
少女には笑っていて欲しい、そう思ったから――。
「か、奏斗……」
しかし、ことの瞳は不安でいっぱいだ。俺はそれを和らいであげようと頭を撫でる。
「か、奏斗、覚えてないの?」
「え、何が?」
俺は何かを忘れているらしい。
確かに仁のツッコミどころが多すぎて、何か大事なことを忘れていてもおかしくない気がしてきた。否、忘れている。
何か衝撃的な事実がそこにはあって――。
「奏斗……。あたし……」
「――っ!!」
そうだ、思い出した。思い出してしまった。
あのあいつから発せられたありえない言葉。
いや、確率はゼロではなかった。
しかしあいつが特別な存在には到底思えなくて……。
「あたし……。――あいつに、見られてる……」
ことが俺の後ろに隠れていたのは、怯えていただけではなかった。
そうだ。希音との初対面の時もそうだったじゃないか。
『そうじゃなくて! 今朝なんだけど、夜月に会った時俺の後ろに隠れてたよな。それはどうしてなんだ? 別に隠れる必要は無かったと思うが』
『あー、あれね。なんか希音の顔を初めて見た時、ドキッてしちゃったの。それになんかこの人には見られてるっていう感覚もあったから、色々と恥ずかしくて隠れちゃった』
『夜月には見られてるっていうのが何となく分かったのか?』
『うん。あたしは普通の人には見られない。それが理解できたら、希音とか奏斗は他の人とはなんか違う感じが確かにするの』
認識できる対象はこと自身がすぐに解るのだ。
豪と初めて会った時から、ことには分かっていたんだ。
怖くて言い出せなかったのかもしれない。気のせいだと、そういうことにしておきたかったのかもしれない。
――三人目の観測者が現れた。
第二章おわり!
お読みいただきありがとうございます!
一話一話長いかな笑
全然要領が分からんけど、この調子でやっていきます
第三章もよろしくお願いします!




