第9話 忌避的存在
昼休みは昨日と同じメンバー、希音、ことと一緒に食べる。これからまたいつものベンチへ向かうところだ。
希音はお弁当だが、俺は売店で昼食を買う必要があったので寄り道をさせてもらった。
三人で渡り廊下を歩いていると、ふと誰かが揉めているような会話が聞こえた。
「あ、あの、それは、僕の昼食なんだけど……」
「あぁ? だから何だよ」
「そ、その、だから……っ」
「はっ、もう一度買えばいいだろ? さっさと失せな」
ここから少し離れたところだが、なにやら問題が起きている。
遠くのベンチで、ある男子生徒が椅子にどか座りしている男になにか言っているようだ。
椅子に座っている男は男子生徒に高圧的な態度をとっている。その男は身長、体格も大きく威圧的だ。
俺はその人物に目を凝らし、そして認識する。
(あ、あいつは……)
俺が知っている人物だった。否、校内の生徒なら誰でも知っている人物だ。
彼は、落合豪。二年五組でスポーツ科のクラスだ。もともと野球の推薦で本校に入学したが、生徒に対する暴力行為を働いたことで謹慎処分をくらい退部することとなった。かなりの不良で、豪とは関わらない方が良いとまでされている。
彼の周りには連れのやつらが何人か見られ、いかにも危ない雰囲気が周囲の生徒らに伝播する。
ふと背後に気配を感じ目を向けると、ことが俺の後ろに隠れていた。かなり怯えているようだ。
俺はその場を去ろうとして、再び豪を一瞥した。
「……っ!?」
――目が合った。
異常なまでの恐怖感が全身を襲った。背筋には嫌な汗が流れ、自分でも何故ここまで彼に恐れを抱いているのか理解できなかった。
まるで、身体が恐怖を覚えているみたいに反応して。
「……っ。ここは危ないね。はやくあっち行こっか」
希音がさりげなくことの手を握り、外へ向かう。俺もここには長居したくないからすぐにその場を後にした。
しばらく背中に感じた嫌な感覚が余韻として染みついていた。
* * *
本日の授業も終わり、訪れる放課後の時間。
今日も希音たちと一緒に帰ろうとしたが、何やら用事があるらしく希音だけ先に帰ってしまった。
挫けるな、そういう日もある。
長い廊下を二人並んで歩く。何も会話はできないが、お互い寄り添って伝わるこの温もり。妙な安心感を覚える。
心を穏やかにして歩いていた時、数名の生徒が逃げるようにして俺たちの横を通り過ぎて行った。
「……?」
何事かと思い前方を見渡すと、気になる人影を見つけた。
標的に注視すると、その人影には既視感があった。
遠目からでも識別できる強靭な体躯。一歩一歩を強く踏みしめる歩き方。
間違いない。落合豪だ。
豪が、こちらへ向かって歩いてきている。
それにはことも気づいたようだ。明らかに足がすくんでいる。
不幸にも、この先に分かれ道は無く、このままでは接触してしまう。加えて、昇降口は豪を超えた向こう側にあるため突破しなければならない。
(くっ、どうする……)
頭を無理に働かせ策を講じていると、ことが話しかけてくる。
「上に上がって、向こう側で降りればいいんじゃない……!?」
「……なるほどっ!」
ことが閃いてくれた。
作戦は、一度昇降口とは反対側にある階段から二階に上がり、そこを経由して昇降口側の階段から階下へ降りる、というものだ。
(そうか、さっきの生徒たちの中にもこの選択肢を選んだ人がいるかもしれない……!)
そうと決まればすぐ、俺たちは方向転換し階段のある方角へ急いだ。
* * *
二階にきた。ここには三年のクラスが並んでいる。ちなみに本校は、四階建てで最上階から一、二、三年の階となっている。一階は職員室など、事務室等が配置されている。
この辺りは特に問題もなさそうだ。
しかし別学年の階に行くと妙に目立つ。はやく帰りたいところだ。
そう思い、三年の先輩が行き交う廊下を突き進む。
無事、昇降口側の階段まで来た。階段にも特に人影は確認できない。
ことと一緒に階段を降り、最下段を踏もうとしたその時――。
「◆*$●▽――」
――耳に、忌避的なノイズが走った。
ありえない。
普段なら、こんな所でノイズが走るなんてことはないのに。
あまりにも不意打ちが過ぎた。心の準備が必要なのに出来ている訳もない。完全に気を抜いていた。
生理的に受け付けないノイズに気を取られているのも束の間、悪魔の呪言が突き刺さる。
「奇遇だな、ここで会うなんて」
――まるで頭上から押し潰さんとするように、落合豪は邪悪な笑みを浮かべていた。
* * *
最悪の事態に陥り、俄かに焦りが募っていく感覚を得る。しかし、ここで変に焦らず普段通りの対応をすることが賢明だ。
(は、始めから敵意を見せるとそれこそ争いが起きかねない。好意的に話せば分かり合えるかもしれない……)
俺は一度軽く息を整えてから、努めて冷静に応える。
「あ、あぁ。偶然だな。どうしたんだ? 何かあったか?」
「ん? いやぁ、別にこれといっちゃあ何もないんだが」
「そうか。……あ、そうだ。なぁ知ってるか? 最近この辺りで事件が頻発しているらしいぞ? 気をつけてな」
「ふっ。そりゃあ、俺のことを心配してんのか? ……てめえ、俺のことをなんだと思ってるんだ? ああん?」
「……っ!?」
まずい、ミスったかもしれない。適当に話題を振って何気なく終わりにするはずが、何かトリガーを引いてしまったらしい。
「俺ぁ、強いんだよ。手に入れたいと思ったやつは何も厭わない。即、行動に移す。……その事件、俺がやったかもしれねえんだぞ?」
顔を近づけ詰め寄る豪。ことは俺の後ろに怯えながら隠れている。
「……」
やはりこいつは正気じゃない。
どこかの誰かが言っていたのを引用させてもらうが、まさに人としての理性を持ち合わせていない。その香りがぷんぷんする。
(こいつよく分からんところでいきなりキレたり……、話の通じねえ野郎だな……)
と、口に出せば殺されること間違いなしの愚痴を心の中で呟く。
その時。
「は、有罪だ――」
豪は一気に距離を詰め俺の腹を殴る。
「がはっ……っ!」
「これは自業自得だ。目を見ればわかるんだよ。……てめえが俺をどう思ってるかなんてな」
激痛が全身に広がり、話が頭に耳に入ってこない。
「俺を見下すやつは全員葬る。俺は俺のやりたいようにする。何度負けようが最後には俺が勝つ」
俺はよろめきながらも足に力を込め、自身を支える。
ことは守らなければならない。
そう、強く感じた――。
「それになぁ、俺は欲しいものがさっき出来たんだよ」
意味深に呟く。
「あん時、お前の隣にいた女。お前のもんか?」
あの時とは、きっと今日の昼、目が合ったあの時刻を指しているに違いない。それに隣にいる女子は、希音以外見当がつかない。
「あ、あぁ、そうだっ! 夜月は俺のもんだ!」
嘘をついた。
そうすれば希音を守ってやれる気がしたから。
「――じゃあ、お前の後ろにいるやつは?」
「……は……ぁ?」
「ふ、ふふ。はははっ! 醜いねえ、それでも守ってる気か?」
理解が出来なかった。
――こいつには、ことが見えている……?
「ま、そいつには興味ないがな。俺が興味あるのはあいつだ。あいつは俺がもらう」
「……っ! それだけはっ、許さないっ! お前なんかに、渡すはずがない!」
「……ちっ、うるせえ、小蠅は黙ってな」
豪の逆鱗に触れたのかこちらに迫ってきた。拳を固く握り締め、確実に殴る気だ。
(まずい……っ!)
俺はよけようとした。
――が、その刹那。
「……っ」
――この光景にとても既視感があった。
この感じ、どこかで俺は豪と一回やり合っている? その時は避けなかった? 何故?
――背後に少女がいたから。
思いを巡らしているのも束の間、すぐそこに巨大なエネルギーの塊が差し迫っていた。俺は為す術もなく、目を瞑る。
(……っ)
しかし身構えていたものの、次なる攻撃を感じない。もしくは痛みを感じることなく意識を失ったのだろうか。
いや、自分の鼓動を感じる。呼吸をしている。瞼の重みを感じる。光を感じる。
ゆっくりと目を開けるとそこには。
「――私の友達に何をする気だい?」
――後ろに髪を束ねた男、八重崎仁が剛拳に違いない弾丸を両手で受け止めていた。




