第11話 ご機嫌斜め
この町は「夜月町」と名付けられた。
それは、この町にはある風習があったから。
「町の無きことに、人は成らず」
昔の民は、町を神聖視していた。
町がないことに人は成り立たない。
無論、忘れないが故の命名。
しかし、それは他の意図も汲まれていて。
あの勇敢な赤ん坊がいたことでこの町、人は成り立つ。
大きな力を宿した赤ん坊。
町を護った存在として崇められていた。
それが、町の名前に相応しく、また後世に名を残す形となった。
赤ん坊は、「永遠」になったのだ――。
* * *
翌日、今日は休みだ。週に一度訪れる憩いの時間。毎日がずっと休みだったらいいのに……。
昨日は色々あった。少しばかり身も心も落ち落ち着けたい気分だった。窓から差し込む日光を肌で感じながら床でごろごろ過ごす。何故だろう。大して温かくは無いのに、穏やかな日光を浴びるとつい瞼が重くなってしまう。
部屋の中で形だけの日光浴を楽しんでいると、急に暗くなった。愛おしの太陽が感じられない。
どういうことかと目を開けると、ことが日光を遮る形で仁王立ちしていた。腕は胸の前で組んでおり、じっとこちらを見下ろしている。
「どうしたーこと。なんか用かー?」
気の抜けた声でことに話しかける。
すると。
「奏斗! あたしの目的忘れたの!?」
「……んえ?」
「……んえ? じゃない! あたしここに来た目的まだ果たしてない! 何もやってない! 今から一緒にやるよ!」
「何をやるんだってばよ」
俺は上体を起こし、ことに向き合う。
「もう、奏斗なら覚えててくれたと思ったのに。もしかして奏斗って三歩歩いたら忘れる鳥頭?」
「ひどい言いぐさだな。そんなわけな――」
そのような評価は心外だと否定しようとしたが遮られ。
「お母さん探すよっ!!」
「……」
俺はすっかり忘却の彼方にあったことを深く反省するのだった。
* * *
俺たちはことのお母さんを探しに外出する。
だが。
(全くもって見当がつかん!)
当たり前だが、ことの母親なんぞ分かるわけもない。
今はただ行く当てもなく、適当に外をぶらついているだけだが、ことは一生懸命辺りを見回して探している。無謀だとは思いつつも、ことに付き合う。
また、自分の口の動きを人に見られると厄介なため、今回はマスクを身に付けた。
口元を隠し、声を潜めるだけでも違うだろう。
周りに気を配りながらことに話しかける。
「なぁ、お母さんがどんな人か分かるのか?」
「うーーん、見れば思い出すと思うんだけど……」
「まだ思い出せないってか。どうするんだよ。これ、なかなかきつくないか?」
「だって、お母さんを助けないと!」
「でもなぁ、助けるたって、何を以て助けたことになるのか分からないんだが……」
ことは母を救うためにここに来たと主張している。しかし、こと自体が未だに正体不明なのだ。基本自分以外の人間からは見えず、干渉できない。
すっかり慣れてしまったが、これは「普通じゃない」のだ。
「ことって、やっぱ幽霊なんじゃないか?」
「幽霊」という定義自体分からないが、それが最も適切な形容だと感じる。
「あたし? でも幽霊ってことはあたし死んだことになっちゃうじゃん。記憶にないよ?」
「ことは元から全て記憶にないだろ……」
「あ、そっか」
ことは小さな手をポンと叩く。
「もし幽霊だとして、いつ亡くなったかが問題だ。つい最近なのか、はたまたもっと昔なのか」
「え、もっと昔だとしたらー……。あたしって実は、結構おばあちゃん!?」
「その説もあるかもしれないぞー」
「えーーやだやだ! 若いのが良い!」
ことは体を無邪気に揺らし拒否する。でもいつの時代の人間だったかさえ判明すればだいぶ絞られてきそうだが。
「とにかく、ことの年齢的にも三十代以上のマザーにアンテナ張った方がいいな。頼むぞ、こと。お前の直感だけが頼りだ」
「うん! 任せて!」
ことは胸にどーんと手を当て、先陣を切って進む。
(ま、見つかるといいな)
俺はことの背を眺める。
(でも、助けるって言ってるってことは、お母さんに何か危ないことが起きるのか?)
つかみどころのない一抹の不安がよぎった。しかし意外にもことの歩くスピードが速く、置いていかれそうだったので、気持ちを切り替えてその背を追った。
* * *
「あの人は?」
「違うかなー」
「あの人は?」
「違うね」
「あの人は?」
「違う」
「あの人は?」
「違う!」
「あの人は?」
「おばあちゃんすぎる!」
「あの人は?」
「あれは男の人!」
「あの人は?」
「あれはお人形!」
「あれは?」
「あれは犬さん! あたしのお母さんほにゅうるいじゃないし!」
「いや、ほ乳類じゃなかったら何者だよ……」
「もう奏斗! ちゃんと探してる!?」
ことは珍しく俺を非難する。
ほっぺを大きく膨らませ怒っているつもりだろうが、こちらには容姿のせいで怒りがあまり伝わらない。
「いや、ちゃんと頑張ってるって。でもそれはこともだろ? ちゃんとお母さんじゃない! って思って判別してるんだろうな?」
「それはもちろんだよ! このあたしだよ! 見くびらないで!」
「いや、それはちょっと……」
「……なにぃ?」
ものすごいジト目で睨まれる。
恐らく、ことも俺も歩き回って疲れているのだろう。気が立っているのだ。こういう時は気分転換をするに限る。
「なぁこと、一回お休みしないか?」
「む?」
ジト目は収まらない。
それでも気持ちをことに向けて。
「ずっと同じ作業を淡々とやってるから少し疲れてるだろ? こういう時は一回別のことをして気分をリフレッシュさせよう」
「……リフレッシュー?」
「ああ、俺に付いてきな!」
手は繋げないが、こちらにと小さく手を振る。
ことは未だに不機嫌な表情をしているが、ゆっくりとこちらについてきてくれるようだ。
「よし、いい子だな。さ、遊びに行くぞ!」
向いている気分は二人して別方向。それでも、行く先は同じ。
手は繋いでいなくても、まるで少女の手を引いているかのように二人そろって歩き出した。




