第十一章:向き合う
傅英石の病室の前、三人は立ち尽くしていた。
病院の廊下は、看護師たちのささやき声がかすかに響くほどに静まり返っている。
頼静雯が二人を外へ連れ出したものの、かけるべき言葉が見つからないまま、数十分が過ぎた。
「……僕は本来、あの線路転落事故で死んでいたはずなんだ。生死霊のおかげで、二ヶ月の猶予をもらった。そう考えるべきなのかな」
建寧の絞り出すような声に、静雯はうつむいた。
「……もっと早く話すべきだったわ」
「先輩のせいじゃない。先輩が知ったのも、一昨日の夜でしょう?」
建寧は「やりたいことがたくさんあるんだ」と笑ってみせた。合コンに行ったり、女の子をナンパしたり。そんな場違いな冗談に、燕惠は「お兄ちゃん、雰囲気壊さないでよ……」と力なく返した。
その時、静雯の携帯が鳴った。台北の蒋主任からの電話だ。
「はい……はい、承知いたしました」
通話を終えた静雯は、額を押さえてため息をついた。
「……蒋主任からよ。私は正式に台中へ異動になったわ。傅主任が復帰するまで、私が代理で中部の主任を務めることになった。……そして蒋主任は、建寧、あなたのことも知っていたわ。『あの中部の生死霊のガキの面倒を見てやれ』って」
「お兄ちゃんは、助かるんですか!?」
燕惠が静雯の手にすがりつく。静雯は「確かなことは言えないけれど、生死霊は希少なケースよ。蒋主任も調べてくれると言っていたわ。……でも、期待しすぎないで」と釘を刺した。
静雯は建寧に、一旦大学を休学して自宅待機するように命じた。
「休学……レポート書かなくて済むのはいいけどな」
建寧はどこか投げやりな様子で、友人たちに休学の連絡を入れた。
家路につくタクシーの中、兄妹は一度も手を離さなかった。
家に着くなり、燕惠は母親に抱きついて泣きじゃくった。理由は言えない。ただ、あふれ出す涙が止まらなかった。
建寧も泣き出したい衝動を抑え、冷徹な表情で「今学期は休学する。公務員試験の準備をするんだ」と嘘をついた。
自室に戻り、ドアを閉めた瞬間、建寧の虚勢は崩れ去った。
彼はパソコンで GENIC の楽曲 『あきらめられないのさ』 を大音量で流した。外に自分の泣き声が漏れないように。
「あきらめられないのさ、あきらめられないのさ――」
歌詞が心に突き刺さる。誰かを助けるために社会福祉学科を選び、誰かを守るために魔法司に入った。なのに、自分自身の命すら救えないのか?
「……一ヶ月しかないんじゃない。あと一ヶ月、あるんだ。そう思わなきゃやってられない」
彼は涙を拭い、自分に言い聞かせた。
一方、台中市役所の「特別捜査警備局」。
頼静雯は一人、傅主任が残した膨大な資料と向き合っていた。
「治癒の魔法……」
文献を漁る彼女の脳裏に、ある仮説が浮かぶ。
生成、霊魂、群衆、媒介、空式。現代魔法の五大系統には存在しない「治癒」の力。もしそれが実在するなら、建寧の死霊だけを「否定」で切り離せるのではないか。
彼女は蒋主任に電話をかけた。
「空式で、生死霊の『死霊』だけを斬ることは可能でしょうか?」
『……理論上は否定できないわ。でも、もし生霊まで斬ってしまえば、彼は即死よ。博打にするにはリスクが高すぎるわね』
「わかっています。……でも、試す価値はある」
病院のベッドで、傅英石は自分の右手の痛みを忘れるほど、建寧への罪悪感に苛まれていた。
「あの子の闇が、彼を飲み込んでしまわないだろうか……」
かつて出会った生死霊の使い手たちは、その強大すぎる力と絶望ゆえに、最後は人を傷つける怪物へと変貌していった。
建寧の善良さが、あと一ヶ月、保てるだろうか。
「……私は、なんて無力なんだ」
彼は看護師に包帯を巻かれながら、静雯に重荷を背負わせた自分を呪った。
隣の部屋で兄の音楽を聴きながら、燕惠は指先から小さな氷球を作り続けていた。
溶けては消える氷の粒。それは、あまりに儚い兄の命そのもののように見えた。
「お兄ちゃん……ごめんね、私、何もできなくて……」
湿った枕に顔を埋め、彼女は二度と戻らない平穏な日々を想って、静かな涙を流し続けた。




