第九章:第二次の戦い
コンコン、とドアが叩かれる音で兄妹は目を覚ました。
「出発だ。準備しろ」
時計は午前三時。傅英石が自室に戻ろうとした時、廊下には頼静雯が立ちはだかっていた。
「英石、あの少年に『生死霊』の寿命のことを話していないのは本当なの?」
「……あぁ、話していない。怖かったんだ」
「怖い? 何を?」
「彼と敵対するのが、だ。今の魔法司には、正義ではなく戦力が必要なんだよ」
「あなたは彼を人間ではなく、ただの兵器として見ているの? 最低だわ。この任務が終わったら、必ず彼に真実を話しなさい。私が証人になるわ」
二人の口論を、陰で燕惠が聞いていた。
「……本当なのね。お兄ちゃんの命が、長くないっていうのは」
絶望に震える燕惠に、傅英石は何も言えなかった。燕惠は教官の手を振り払い、「私からは言わない。だから、約束を守って。あなたが、お兄ちゃんに直接話して」と告げ、部屋に籠もった。
阿里山への道中、車内は死んだような沈黙に包まれていた。何も知らない建寧だけが、場を和ませようと必死に話題を振るが、誰も乗ってこない。燕惠はただ、兄の横顔を痛々しそうに見つめていた。
阿里山の河床に到着した四人を待っていたのは、前回を上回る規模の包囲網だった。
「「「具現化・火炎!」」」
無数の火球が飛来する。
「静雯、頼む!」
「えぇ! ――否定!」
静雯が二十センチの木刀を一閃させると、物理法則を無視して火球が霧散する。
「河床へ走れ! あそこなら視界が開ける!」
激しい追撃戦が始まった。敵の中にはあの「千年の魔杖」を持つ男も混じっている。
「傅英石! 逃げてばかりか! 具現化・石壁!」
行く手を阻む巨大な岩の壁。しかし、静雯の木刀が触れた瞬間、それはただの砂利となって崩れ落ちた。
「敵の隠密が来る! 建寧、位置を特定しろ!」
「……そこだ! 『瞬歩』……『霊魂痛擊』!」
建寧の不規則に歪み始めた魂の波動が、姿を消した敵を正確に捉え、一撃で沈めていく。
だが、敵の物量作戦に四人は追い詰められていく。六方向からの同時雷撃。傅英石が必死に引流するが、漏れた雷光が燕惠の体を焼き、彼女は悲鳴を上げて倒れ伏した。
「燕惠!!」
建寧の理性が弾けた。彼の背後に浮かぶ霊魂の形が、どす黒く、不気味に歪曲していく。
「よくも……よくも妹を……!」
「具現化・溶岩!」
敵の男が放つ、すべてを焼き尽くす灼熱の濁流。
「そんなもの、ただの二酸化ケイ素の塊よ。――否定!」
静雯が身を挺して溶岩を砂に変えるが、敵の連携に隙が生じた瞬間、彼女もまた重力魔法で岩場に叩きつけられ、左肘を砕かれた。
「……いい加減にしろ、お前ら」
傅英石の低く、冷たい声が響いた。
彼がこれほどまでに激昂した姿を、兄妹は見たことがなかった。
「学生を……私の子供たちを、これ以上傷つけるな」
「具現化・大雷!」
「真空」
傅英石は自身の周囲の酸素を一瞬で燃やし尽くし、絶対的な真空地帯を作り出した。敵の炎も雷も、その不可視の障壁に阻まれて届かない。
酸欠で意識が遠のく中、傅英石は冷徹に指を弾いた。
「氷弾」
放たれた氷の礫は、もはや魔法というより「弾丸」だった。音速を超えた氷が、敵の膝や腹部を次々と貫通していく。
「傅英石、正気か!? 学生の前で人殺しをするつもりか!」
男が怯え、魔杖を振り回す。「具現化・溶岩!」
傅英石はその魔杖を、あえて素手で掴み取った。
ジュッ、と肉が焼ける嫌な音が響く。溶岩が彼の手首を飲み込んでいく。
「……氷河」
傅英石の掌から、絶対零度の冷気が噴出した。
溶岩ごと、魔杖ごと、そして男の腕ごと――すべてが瞬時に凍りつき、一つの彫像と化した。
第二の戦闘、終結。
現場にはパトカーと救急車のサイレンが鳴り響いた。
傅英石の右手は重度の火傷と凍傷で見るも無惨な状態になり、静雯は骨折、燕惠は脳震盪と電撃傷。
そして建寧は――力を使い果たし、歪んだ霊魂を抱えたまま、深い昏睡に陥っていた。
担架で運ばれていく兄を見送りながら、燕惠は泣いた。
彼が命を削って守ったこの世界が、あまりに不条理で、あまりに残酷だったから。




