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里親開始
遂に、その日が来た。
児童相談所の扉が開いた瞬間——
「おとうさん!」
女のコが一直線に飛び込んできた。
迷いがない。
まるで、ここに戻ることを知っていたかのように。
「名前、どうする?」
帰り道、車の中で亜希が言う。
結局、その子は自分の名前を知らなかった。
「……環、でどうだ?」
「たまき?」
「なんとなく、丸く収まる感じがするだろ」
環は、その言葉を聞いて——
小さく、うなずいた。
まるで「それでいい」と理解しているように。
生活は、拍子抜けするほど普通だった。
むしろ——楽すぎた。
夜泣きもない。癇癪もない。無理な要求もしない。
「……こんなに手がかからないもんか?」
「逆に怖いわね」
だが本当に問題はなかった。
ただ一つを除いて。
「おとうさん」
「おかあさん」
最初から、そう呼んだ。
教えてもいないのに。
ある日。
風呂の中で、環がぽつりと言った。
「ここ、あったかいね」
「そりゃ、風呂だからな」
「ううん、そうじゃなくて」
間があった。
「……時間が」
博は、手を止めた。
「時間?」
「なんでもない」
そう言って、笑った。
——三歳の笑い方ではなかった。
誕生日はわからない。
だから——
「うちに来た日を誕生日にしよう」
12月2日。
環は、その日を、静かに受け入れた。
まるで、それが“予定通り”であるかのように。




