63話 俺も飛び込む
協力者の蟻が死んでいく中で、『私』は思考を巡らせる。私と私の協力者を駆逐しにかかるあの生徒らを、どの手段で皆殺しにするか。殺すというのだから、武器が必要である。有効な武器を取り、そして振るう必要がある。
さて、蟻の武器は何か。頭数の多さであると同時に、三対の肢であり、また蟻酸であり、ないし隠密性であり、あるいは精密機動性であり、ひいては小さな体躯、それと『弱者』としての印象である。それらは全て武器である。武器として使うことが出来る。いや、もはやかく言うことすらナンセンスである。
エッセンスはこうだ。
───材質が鋼のものを『剣』と呼ぶわけではなく、鋭く研ぎ澄ませたものを『刃』と呼ぶのである。
「喰らえ喰らえー!!あはは、私もしかしたらフロリス向いてるかも!!」
「古川さん、あんまりむやみに撃ち過ぎない方が・・・」
「大丈夫だって!リロードって十秒もかかんないじゃん、全然よゆーよゆ」
ギチリ。
「ひっ」
断言して、『蟻』の最も鋭い武器は『恐怖』である。閉鎖空間で逃げ足が迷い、女子生徒は二秒動かない。
「古川、早く撃て!」
古川は引き金を引くが、その銃口から弾は出ない。リロードをするべきだ、やってみるといい。
「あぁっ」
マガジンを落とした。だがまあ相手は『ただのアリ』だ、拾いながら走り下がって、装填が終わってから撃てばいい。何のこともない。蟻は頭数という武器を失って丸腰だ。やってみるといい。
「嘘、なんで」
案の定逃げ足は動かない。それはどうしてか、答えるまでもない。もう手が無いなら、針を喰らってもらうしかない。
(恐怖を刻み付ける。)
〔24番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
女子生徒は得体の知れない寒気を経験して、その場で銃を降ろす。倒しても利益のない敵が湧いて出ると、奴らの視界は妙に狭くなる。
「なんだよせっかくのパーフェクトゲームが台無し・・・あ、何処行きやがっ」
ここだ。
「うぉぼお、ぶはぁっ、なんだこのベトベト!!」
〔19番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
「は、俺が戦闘不能だって!?」
神経毒を口に含んで、まだ戦闘できるというならするがいい。脳が神経毒で完全にやられた後に、まだ人なりの正義がぶら下がっていようものなら。
〔12番、16番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
ただどうにもべたついて、戦えなくなっていく。
「ちょっと待って、なんかおかしいって!」
おかしいことはない。〈武器を持った人間が蟻ごときにやられるわけがない〉、わけはない。いつだって恐るべきものは市街地の暗闇に潜んでいる。
「ねぇ、あの生き残りだけやたら速いように見えるんだけど!」
「ああ。速度はともかく、僕らの認識を掻い潜る様に動いてる感じだ!話に聞いてた『強力な個体』なのかは分からないけど、各個人が生存を優先しないと手遅れになりそうだね・・・!!」
思うより真っ向から向かって来ない、射線に入ってこない。研いできた武器は思うより通じない。蟻を相手に随分と手こずる。
〔23番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
どうした。
〔9番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
倒せないのか。
〔38番、戦闘不能。ペナルティスポーンが発生します〕
一匹きりだったろうに。
〔ペナルティスポーンが発生します、ペナルティスポーンが発生します、ペナルティスポーンが発生します〕
「・・・折原、こっちもジリ貧だぞ・・・!」
「ここまでか・・・!!」
いつの間にか影に囲まれて、成績上位者も体育優良児も隔てなく追い詰められる。端的に言って、打開策はない。彼らが背中をつけた壁の上から、私はギチリと這い寄った。
「ッ───!!」
ブザーが鳴る。殲滅戦演習は、終了していた。『私』は役目を終えて眠りについた。
「ふいー、終わった終わった」
俺は電子ゴーグルを外して、そのまま何食わぬ顔で授業終了のチャイムを聞き届けたのだった。
─────────
「・・・ふむ」
「あれ塩川が操作してたんだね、通りで。」
「殲滅戦で綺麗に殲滅されてもらうってな、フロリスの職業体験。」
俺は最後のちくわ南蛮を口に放り込んで、箸を持ったまま言った。
「これに懲りたら、お前ら二度と〈自分もフロリスに成る〉なんて言い出さないこった。」
実を言うと、今日の殲滅戦で柄にもなく気張ったのはそういう経緯があったからだ。折原は前々から、佐藤は最近俺と知り合ってから、俺を真似て〈フロリスを目指す〉などと言い出しているのである。そして現フロリスでゲウムとかいう階級を持たされている俺は、持てる全力を以てこいつらを止めにかかっていたのだ。
「懲りないよ、勝てるようになればいいんだろ。」
ただこの男たち、どうにも往生際が悪いようである。
「馬鹿言うな、たまたま死なない日があればいいって?」
「あっは、塩川がそれを言う!いつ死んでも当然な処に平気で身を置いてる塩川がね!」
「ぐ」
「・・・塩川が急に音信不通になった日は、姉崎や井口にどう弁明したものか。」
「ぐぐ」
折原は持っていた『高校生に送る百の問いの本』のページを繰って見せる。
「佐藤ほら、〈親友が危険な海で溺れそうになっていたらどうしますか〉。」
「・・・俺も飛び込む。」
「そらみろ。僕らきっと共倒れなんか考えないタイプ、『フロリス』にめっぽう向いてるんだ。塩川と同じでね。」
「・・・だそうだ、俺はフロリスを目指すぞ。」
「そうそ、止めたって無駄なの。およそ僕らに『本当の歩み』があるとするならそれは、ああ。」
見せつけられたニヒルな笑みが、やたらと強く焼き付いていく。曇り空、彼らの目にはあからさまな光こそ宿っていないが、確かに口角は上がっていた。
「───〈One step from hell〉ってことだ。」
「あ・・・っはは、そっか。〈地獄から一歩〉ね。さすが、読書家の言う事はちげぇや。」
俺は久々に感心して、やられた。それは〈地獄の一歩手前〉を意味し、同時に〈地獄からの一歩〉を意味した。こいつらには、暗闇を進む覚悟がある。それはすぐに分かった。
「はーあ、止める気も失せた。やるなら勝手にやれよ、ただ死んだら殺すからな。」
「望むところだ。」
佐藤は珍しく即答して、最後のブロッコリーを食べた。寡黙な佐藤が、真面目な表情でブロッコリーを咀嚼していた。それがおもしろおかしくて、俺たち三人は天気の悪い屋上で変な笑い方をした。昼休み終了のチャイムはその直後に鳴って、俺は屋上ドアのノブを捻った。
その日の五、六限の間、肩が妙に軽くなったような感触が続いていた。




