64話 要領掴めるかな
光る窓の外で、青い景色が動いていく。ふと気づけば、その車両に残っているのは俺ともう一人だけになっていた。『東防衛区西』に向かう、駅間のやけに長いモノレール。
(・・・シアって言ったっけ)
───俺のすぐ隣に、どうしてか白髪の制服女子が座っていた。
よく見なくともわかる通り、それはグロキシニア階級のシア=フリージアだった。
「・・・」
広く明るい車内で、彼女は俺の隣に座っている。それがどうしてか、というより、どうして彼女が俺の隣に座っているのかというと、彼女がどうしてか俺の隣に座っている、という事である。それはどういうことかというと、〈どうしてか俺の隣に座っている彼女がどうして俺の隣に座っているのか〉が、俺にはさっぱり分からないという事であった。要するにこの通り、俺は予想外の事態に困惑しきっていた。
(柔軟剤の匂いがする)
あんまり話さない相手に対する、相互不干渉というのがある。それは無益なる気まずい雰囲気を起こすまいとする暗黙の了解で、昨今の若者には多少なりとも備わっている生活の知恵である。それは分かる。それか興味がないだけかもしれないが、なんにせよ、彼女が俺を見たが話しかけてこない理屈には想像がついた。だから当初の俺は、無言で端末を眺める姿勢を貫こうとした。彼女の居心地のいいようにしてもらおうと思ったのだ。しかし、そこで彼女は俺の隣に座った。それも無言のまま、である。俺の頭では、納得しようが無い。とても秀麗な日差しが、こんなにも白々しく差し込んでいる。
(ふむ・・・)
俺はいまいち状況が掴めないでいた。そこで一旦、辺りを眺めてみる。近未来の単軌鉄道が、透き通るような景色の中を走っている。この夏空の下の涼しい車両に二人、制服の男女が隣り合って座っている。ただし、どういうわけか話さない。座っているはいいが、何も起こらない。俺は雰囲気で端末の電源を切って、正直しまったと思った。一度ポケットに潜り込んだ右手が、再び端末を掴んで出るのは不自然だと告げていた。
(しかし、良い景色だな。スマホをしまって外の景色を眺めるのは、実に気分が良い。・・・うん、そうじゃないんだ。)
すぐ横にある横顔のせいで、それどころじゃなかった。恐る恐る横を向いてみた俺は、やはりそこにあった光景に驚愕した。奥の座席はすっからかんで、そのうえには高さの違うつり革が一列に並んでいる。車内広告が新しい炭酸飲料の冷涼なパッケージを宣伝して、無人の操縦席の奥には空の青が覗く。ついでに目の前では白髪の女子高生が、制服の上に着たパーカーを着崩している。一瞬だけ垣間見えた光景だ。俺はすぐに視線を前方右斜め上に泳がせて、液晶ディスプレイに考え込む姿勢を見せる。
(妙だな・・・)
あとは終点に停まるだけだというのに、車内モニターの路線図に一体何の妙があろうか、いや、もちろん無い。俺はモニターの方に目を逸らしただけで、隣に座った一個人の事しか考えていなかった。正面に向き直っても、そのもどかしさというか、あるいはこそばゆさとでも言いたいような感覚が消えるわけではないが。
(ただ、悪い気はしない。)
〈絵になる〉と思った、それだけのことだ。彼女は依然として口を開かないが、もはやどうだとしても良かった。広々とした車内で俺の隣を選んだのも、単に詰めて着席する派だったというなら特別な意味もない。多少困惑したが、結局のところ例の相互不干渉があるだけだ。この空いた車内は結局、どう足掻いても居心地の良いものになる。
───だから今日も今日とて、この長い一区間の運行は〈思ったより短い〉のだ。
〔間もなく、東防衛区西、東防衛区西、終点です。〕
俺はまあまあ良い心持で立ち上がり、車両を出て歩き、改札を抜けた。
明日から、『運び屋』の任務が始まる。
「要領掴めるかな」
俺はハッキリと、清々しい表情ながらに不安を抱いたのだった。
・・・
「私もその、・・・このおうちに住んでいい?」
「あぁ、うん。」
玄関で待ち構えていた理沙に二つ返事をして、その日の出来事はほぼ終わり。あとは三人で飽きるまで『理沙お姉おかえりパーティ』のご馳走を食って飲んで、風呂に入る順番だのなんだのを適当に決めたら寝るだけだ。ルームメイトと相互不干渉は流石に無理があると思うのだが、なんというか、多分なんとかなるんだと思った。ルームメイト同士がピリピリし始めるようなことは死んでもごめんだが、幸い二人は仲良し姉妹で、障壁となっていた強制テレパスはなんともう綺麗さっぱり解決したそう。
つまり人間関係に懸念のないルームシェアってな、狭かろうが五月蝿かろうが支障ないだろ。なんならすごく広いし。
「お姉と私の好みって全部一緒なの、凄いでしょ」
「んじゃ好きなお菓子が一個しかなかったらどうすんの」
「決まってるでしょ」
「半分こだよ」
「「ねー」」
リンゴジュースで場酔いした幼稚な二人組を何とか風呂場まで歩かせて、俺はどっと疲れた体をソファに預けた。
封筒で届いた『リラ社製のバイクの鍵』は、ほとんど見たことのない形状をしていた。
2023年6月29日現在、勝手ながら拙作を大きく編集する予定がございます。具体的には、主人公の塩川が『女王アリ』が倒せなかったことになったり、グロキシニアのシアが『タイムスリップ』をしていることになったりなど、『安易に情報を増やすような真似』というのを好きに行うつもりでおります。それに伴い、
現時点で拙作を楽しく読んで頂いているごく少数の読者様、大変失礼致します。ご容赦のほど、よろしくお願い致します。




