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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
5章 ああ騒がしきわが日常
63/68

60話 ゲウムの花言葉だぜ

───知らない天井・・・いや、前に一度見たことのある天井だ。


それと、白のカーテン。



「ツナミ先生。」


「目が、覚めたか。」



静かな医務室に、月光が差し込んでいる。カーテン越しのツナミ先生は、行儀よく回転椅子に座っていた。影の形からすると、彼女はこちらを向いている。顔も見えないのに、ずっと俺の容態を気にしていたみたいだ。



「どこか痛いところはあるか?」


「ん、何処も痛くねぇよ?ってか俺はどうして・・・ああ、田口組にボコられたんだっけか。」



理沙が『大証人エルピア=イン=アーサー』だと分かったところから記憶がない。俺はあの辺りで気絶したんだろう。



「君の通報を受けて、田口一行は特務課のフロリスが全員取り押さえた。エルピア=イン=アーサーの安全は確保されて、今は姉妹揃って控室のソファで寝ているよ。」


「そか。」


「それにしても、よくもまあ()()()()エルちゃんに接触できたものだね。」


「ん、変装?」


「彼女は『大証人』でいる時、髪と眼の色を変えているんだ。」



『水髪水眼』の少女が、『エルピア=イン=アーサー』の姿だという。俺の脳裏によぎったのは、見覚えのある長い睫毛だった。



(あのパーカー美人!!!)



言われてみれば辻褄が合った。つまり、こういう事だ。



『稲佐理沙』として脅しを受けた状態の彼女が、見張りの眼を躱すために『エルピア』の姿に変装して行動。だがその『変装後の姿』に何度も鉢合わせた俺に不信感を抱きつつ、彼女は敢えて変装の前の姿で接触を試みた。俺を敵として、あるいは味方として利用しようとしたのだ。



「あーは、それで盗聴器ね。」


「盗聴器?」


「んにゃ、なんでもね。」


「そ、そうか。」



どうやら先の一件は、たった今綺麗さっぱり解決したらしい。田口はしょっ引かれて審判にかけられ、脈絡こそないが、理沙は家出した楓と再会できている。楓が「お姉ちゃんだ」と言っていたパーカー美人、その正体は理沙で、理沙の正体は大証人エルピアだった。腹の痛みもすっかり無くなって、絡まっていた糸が全部ほどけたみたいだった。



「それで、なんだが・・・。」



しかし、どうしてかツナミ先生はばつが悪そうである。膝の上の拳に力を入れて、影は突然に頭を下げた。



「今回の事・・・本当に、すまなかった・・・!!」



長い髪が、彼女の顔の前に垂れていた。もちろんのこと、俺は首をかしげる。



「なんでツナミ先生が謝るんだよ、むしろあんたは傷を治してくれた恩人だろ?」


「違うんだ、違うんだよ、塩川少年。」



喉を詰まらせてるみたいな痛々しさが、白いカーテンを突き抜けて俺に伝わった。



「今回の事件が起こったのも、エルピア=イン=アーサーが失踪したのも。元はと言えば、彼女が『大証人』としての力を失ってしまったことが原因なんだ。」


「理沙が、力を失ったって・・・?」


「そう、彼女は今『大証人』でいた頃の『勘』を持ってはいない。『大証人エルピア=イン=アーサー』は、未だに失踪中という事だ。・・・そして、種明かしをさせてくれ。」



月明かりがぼんやりしてるせいでもなく、俺の眼がまだ寝ぼけてるせいでもない。カーテン越しのツナミ先生の肩は、震えていた。




「───あの子の『勘』を奪ったのは、()なんだ。」



「ッ───!!?」



夜の冷気が急激に染み入って、俺は脇のデジタル時計を見た。青い文字の7セグメントディスプレイで、3:33と表示されていた。深夜三時半、静かだった。



「彼女は『大証人』の力で、数多くの戦場を導いてきた。だが所詮は戦場、死人が出ないわけではないことを、君は良く知っているはずだ。彼女は『百人消える指示』と『千人消える指示』のような二者択一を迫られて、悶え苦しみながら前者を選び続けてきたんだ。だがそうやって彼女を苦しめる『力』は、『白巫女』の『力』なら安全に引きはがせると気付いてしまったんだよ。黙って見過ごすわけにいかないだろ・・・!?」



彼女は静かに語る。


そうだ、俺たちはいつだって正解の分からない選択を突き付けられて、迷いながら選び続ける。しかし、〈そばかうどんならどっちにしようかな〉なんてのとはユルさが違うのだ。何百の血を見るような運命を一女子高生の背中に背負わせるってな、酷な話だったはずだ。



「『能力』を持ったからと言って、稲佐理沙が普通の女の子であることに変わりはないじゃないか。・・・感受性豊かで涙もろい女の子を、人喰い兵器との戦いに巻き込み続ける理由は無い。だから、奪った。『白巫女のブラックボックス』で、彼女の『力』をこの『大証人のブラックボックス』の中に『抽出』したんだ。」



ツナミ先生は影の立方体、出目のない賽子(サイコロ)を手に持って言い切った。が、その手は今揺らいでいる。震える声、迷った声だった。



「昨日の正午、気絶した君を稲佐姉妹が連れて来た。泣く二人を何とかなだめた後、骨も内臓もグチャグチャになった君を見て思ったよ。・・・『私は間違えた』ってね。」


「っ、おいおいそんなこた」


「あるよ、塩川君。それは、あるって分かってる声だろ?」


「っはは、バレた。・・・まぁ、楓の事、想像しちまったらな。」



俺は誤魔化せなかった。〈タイミングが悪かったかもしれない〉と、〈ほかにやり方があったかもしれない〉と、一瞬でも考えてしまった。



「彼女から能力を引きはがしたのは、数週間の遠征任務を終えた直後だった。そして、『勘』を失った彼女が家に帰ると・・・」


「楓が、既にいなくなってたってわけか。」



影は黙って頷いた。



「続けざまに、『大証人エルピア』も姿をくらました。私は、彼女にこの箱を返すのを躊躇したんだ。鳥籠から解かれた鳥は、餌の集め方を忘れるものだと言うのに。」



それがツナミ先生の後悔だった。最初に連絡を貰った時、すぐにエルピアへと黒箱を返さなかったこと、これが今の今まで『白巫女』を苦しめていた呪縛だった。



「もし君が、楓ちゃんと出会ってくれなかったなら。もし君が、エルちゃんと出会ってくれなかったなら。そしてもし、彼女らと出会ったのが『塩川君』でなく、他の誰かだったなら。・・・そう考えただけで、喉の奥が千切れそうなんだよ・・・っ!!」



夜風に当てられて、カーテンは緩くたなびいている。



「どうやって最善の答えを選んだらいい、どうしたら間違わずに済む?・・・臆病な私は、どうすれば・・・っ!!」




顔の見えない彼女に、俺は何を言えばいい。『選択を間違った』とうなだれる彼女に、俺は。




【───間違えてもいいから、行かないで・・・っ。】



(そうだった、『間違ってない』って言いたいわけじゃない。)



「っはは。」



(『間違ってもいい』って言いたかったんだろ。)



「・・・はーあ、ったくあんたも困った医者だこと。」



俺は呆れた表情を作って、彼女に聞こえるようわざと大きなため息をついた。



「そら、種明かしじゃなく『懺悔』ってんだぜ?ツナミ先生。『感受性豊かで涙もろい女の子』ってな、あんたも一緒じゃねぇか。」


「───っ!!?」



カーテンをどけると、ツナミ先生は案の定泣いていた。急いで涙を隠そうとする彼女を凝視してやると、彼女は観念してボロボロ泣いた。



「出てくるならそう言ってくれ・・・。」


「てっきり見えてるもんかと思ってたけど。こっちからだと全然見えないのか。」



月明かりは彼女の方に在ったから、俺の姿はほとんど見えてなかったみたいだ。



「お、着替え。楓が持ってきてくれたのか。ありがて」


「ああ。」


「そして、俺を半裸にして患者衣を着せたのがツナミ先生ってわけだな、わりぃ世話んなった。」



俺は着替えを持って病床に戻り、カーテンを閉めて服を着替え始める。



「んで、間違わずに済むやり方だって?・・・正直、俺に聞かれてもな。最善手なんか選べるかよ。俺ぁどっかで必ず間違うから、いつだって思いもよらないところで躓くんだ。」



ダクトの暗闇を覚えている。軽率に飛び込んだ俺は、危うく理沙を見失うところだった。右か左か正面か、どこ行ったらいいか分かんねぇって感覚は痛いほど分かった。最初から最善手を知っていたなら、今の俺は落ちこぼれの『ゲウム』なんかやっていない。



「・・・けどさ。それでも結構、思いもよらないところで上手くいってくれることあるぜ。」



たまたま拾った楓が、たまたま出会った理沙の探し人だったんだ。俺が頑張ったから得られた結果じゃないけど、だからこそどれだけだって自慢できる。自分の選択の良し悪しも分かんねぇのに、引き当てたこの未来に泣いて喜ぶ理沙がいる。



「愛も正義も、俺の手じゃいつまでたっても掴めやしねぇよ。けど、滅入るほどじゃない、諦めるほどじゃない、立ち止まるほどじゃあないっ!!!泣くなよ、俺でもどうにかなるぞ!ツナミ先生!!」



俺はもう一度、勢いよくカーテンを開けた。綺麗なワイシャツに着替えて、やっと復帰したって感じである。



「どうして顔を上げれるんだ・・・っ、君はゲウムで、いつだって虐げられてきたって言うのに・・・!!」


「っはは、ゲウムだから何がどうしたってんだ。」



そして俺は言い放つ。開いた窓から風が吹き抜けて、ツナミ先生は目を見開いた。




「───『前途洋々』ってな、ゲウムの花言葉だぜ。」




「っ・・・!!!」



ゲウムの紋章を、誇りに思える時がある。落ちこぼれの俺が、落ちこぼれのまま誰かの力になれた時だ。ガキのフロリス一人でも役立つことがあるってだけで、寝起きでも血圧はきちんと上がる。顔上げて一歩踏むスリッパ、格好悪かないはずだ。



「『俺でも』って言い方は、卑怯じゃないか・・・!」



「卑怯で結構。そうでもしないと響かないんだろ?(ゲウム)の声は、あんた(グロキシニア)に。」



自分とツナミ先生を順に指差して、俺は笑ってみせた。胸ポケットの青いボールペンは、月明かりを反射して輝いた。



「君は、ずるいな・・・っ!!」



顔を上げて、ツナミ先生は笑った。困り眉の笑み、ツナミ先生が持つ穏やかな表情だった。



・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



涙を拭うと、ツナミ先生は長い髪を一つ結びにした。髪を結んだ理由は正直謎だが、何か吹っ切れたような雰囲気を出してくれる分には良かった。ちなみにこれも私情だが、大分似合っていた。



「決めた。このブラックボックスは、きちんと彼女に返すよ。本当の事を話して、深く謝る。」


「ああ、そっちの方がツナミ先生らしいと思うぜ。・・・ツナミせんせ、隠し事できないタイプだろうし。」


「な、それは心外だぞ君。私だって日々医者として様々な秘密をだね・・・」


「出会って間もない俺に国家機密を漏らした闇医者が何を言うかと思ったら」


「うっ、それは・・・こ、コホンっ!!」



ツナミ先生は咳ばらいをして、今の話は無かったことにしたらしい。



「と、とにかく君には感謝してるんだよ、塩川少年。最初に出会った時も、シアの目の前でよく生き延びてくれた。」



きづけば彼女の距離が、いつもの至近距離に戻っている。ツナミ先生は俺の肩を掴んで、やはり必要以上に顔を近づけた。



「そしてそんな君に、私『白巫女ツナミ=スクラテリア』から折り入っての依頼がある。」



固唾を呑んだ底辺階級(ゲウム)の俺に、頂点階級(グロキシニア)のツナミ先生はハッキリと、こう言ったんだ。




「───二週間ほど、我らが『迅雷蜂シア=フリージア』の遊び相手をして欲しいんだ。」




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