58話 慎重にいきゃなんとかなる
「俺から入る。・・・スカートん中は覗かれたくないだろ。」
「・・・」
「わりぃ『要所の判断任してくれ』って意味だ、行くぞ・・・!!」
俺たちは金属棚を踏み越えて風導管に潜り込んだ。と同時に、地下室の扉から大量の足音がなだれ込んで来る。
「脱走犯何処だ出て来いオラ!!」
「(ひっ)」
「(大丈夫、奥に進めば地上と繋がってるはずだ!)」
「(う、うん。)」
「見つけたらその場でなぶって殺せ!!絶対に逃がすなぁぁぁあ!!」
どうやらもう後戻りはできないらしい。悠長に俺の没収品を回収していく作戦は潰えてしまっていた。仕方ない、あの三千円したスニーカーは諦めよう。
狭い通路、俺は足でコンタクトを取りながら、理沙と共にL字の曲がり角を三回曲がった。
そして、何も見えなくなった。
しかし、足を止めても闇は晴れないこと。こいつだけは明瞭に分かっていた。
「(理沙、ついてきてるか?)」
「(うん。)」
「(・・・理沙、来てるか?)」
「(うん。)」
「(・・・・・・理沙?)」
「(うん。)」
どうしてここまで執拗に確認を取るかと言えば理由は一つ、嘘みたいに暗いのだ。カーブの度に足で合図を出してこそいるが、暗いからそれでも安心できない。理沙は俺の汚れた足を、どのくらい見えているんだろうか。俺は試しに瞼を閉じてみたが、特に景色が変わることは無かった。
「(くそ、十字路だ・・・!)」
あると思っちゃいたが、最悪だ。ただでさえ暗闇を這いつくばって平衡感覚が狂うってのに。
「(理沙、一旦ここで止まっててくれねぇか。その間に俺が正解の道まで総当たりして・・・)」
「(っ!!)」
言いおわるまで待たず、足首を掴まれる感覚。それからぎゅっと、温かい感触。理沙は俺の足にしがみついていた。
「(ごめん、そうだよな。・・・こんなとこに一人待ってろなんて。)」
俺は手の腹で、自分の前髪をたくし上げた。
【大気統制の風量計算って案外単純なんだぜ?パイナップルの方がまだ複雑さ。という事で今日のお菓子はこれ】
【『フロンティアは地面を掘るほど治安が悪くなる』、というのは本当なんですよ塩川。酸素が回りづらい特殊な気流が発生するって論文で発表されてるんです。】
道理でこんな幅広なエアダクトを採用してるわけだぜ、規格どんぐらいだ?
階段の足音、合計で何回したっけか。
ダクトに入ったのがあの位置で、左、右、右、左右左左斜め右前の右右左。距離は・・・、だぁ忘れた。
こういう時、楓なら一発で分かるんだろうか。どの方向が出口に繋がってるのか、どう声をかければ震える声は罵声に戻るのか、あとどれくらいで、この真っ暗闇から救い出してやれるのか。
悔しいが、俺にはなんにも分からなかった。
「(間違えてもいいから、行かないで・・・っ。)」
理沙の声が聞こえた。
「(・・・ああ。)」
俺は返事して、頭で迷路みたいに考えるのをやめた。必死に見開いていた目は、もう閉じた。
足には互いの制服越しに、理沙の体温が伝わっている。
【ふーん、なるほどね・・・。】
【何か分かったのか?】
【・・・ううん。やっぱり、亮だとよく分かんないや。・・・なんでだろ。】
楓の感覚と、理沙の感覚が似てる。
───右だ。
「・・・進もう。」
足を理沙の腕からゆっくりと引き抜いて、俺は右に曲がった。そのまま進んで、斜めのダクトを這い上がり、T字路もY字路も全部右に曲がって進んだ。制服が鉄板を擦る音は、風洞内に籠っていた。
「縦カーブだ。上に続いてるぞ」
「・・・!!」
正面の斜め坂から、ダクトの向きは垂直になっている。光は差し込んでいないが、相当上の方に薄ぼんやりとした白点が見えた。白点というのは、太陽光の反射したものかも知れなかった。幻覚でないことを確かめて、俺は唾を呑み込んだ。
「俺の足にしがみついたら上れるか?」
「・・・うん、多分・・・」
「うし、分かった。・・・したら理沙、悪いけどこっからは我慢してくれ。」
ダクトの向きが横から縦に切り替わる斜めカーブの部分、俺は相当工夫してしゃがみの姿勢をつくり、理沙の手を掴んで引っ張り上げた。
「っ・・・!!」
「久しぶり」
左腕で彼女を抱き寄せ、両足を正面の壁に立て、右肘から前を右の壁面に沿わせる。
「落ちたらマジで洒落にならんから、しっかり掴まってくれよ。・・・ッ!!」
「っ、無理しないで・・・!」
背中をべったりつけたまま、肘で尺を取るように這い上がってみると吃驚。嘘みたいな痛みが腹部を刺した。
「あぁいや、へーきへーき。なんか棘みたいのが在ったみたいだけど、慎重にいきゃなんとかなる。」
「・・・」
(っはは、腹筋使うとやべぇ。かといって他の上り方も出来ねんだけどな・・・。だぁ途中で気絶しなきゃいいんだよこなくそっ。)
ちなみに棘みたいのが在ったのは腹の内部の話で、一つとも言ってないわけであるが。
(あぁぁ痛ぇ痛ぇ、離すなよ俺・・・!!)
「し、塩川、ちょっときついっ・・・!!」
「お、悪い。」
気付けば手の甲は鬼面のようになって、腕は無意識に理沙を締め上げていた。包もうと回した腕で縛っていた。俺は顔を激しく曇らせようとしたが、食いしばるのは奥歯だけに留めた。激痛でまともに判断できてないってな、悟らせない方が良い。この時の俺は『居眠り担当』の塩川の二千倍気張った。
「はぁっ・・・はぁっ・・・。上、見えるか?」
「うん。まだ半分も来てないけど。・・・ぅぅっ、見えるよっ・・・!」
理沙の眼に雫が宿っているのが、俺の眼にもかろうじて見えた。あと少しだ。どうにかすれば助けられるところまできた、もう行けたも同然かと聞かれると苦しいが、行かないって選択肢は無い。理沙は上を向いて泣いている。明るみは十分そこにあるってことらしい。
「く、もうちょい?」
「結構ある」
「やだな、骨が折れる。・・・や嘘、冗談冗談だって。」
気を抜くと色の違う涙でウルウルしだす。さっきから『痛ぇ』か『長ぇ』しか思ってない俺がとんだ薄情みたいだ。
「・・・もーちょい?まだ?」
「うん。」
「うんって、そいつぁどっちの意味で・・・っと、はは。」
眼を開けて見上げて、ちょっと眩しかった。逆さの『U』の字に曲がったダクトのカーブが思った十倍近くにあって、ちょっと眩しかった。二人して風導管の出口を覗いてみると、鉄筋工場の錆びた雨樋がよく見えた。
「外だ。」
合図をして降りる。
「出れた・・・!!」
そこは、離島の工場。
陸地から人口路一本だけつなげた私有地で、フロリスの統治外。というよりあの『田口』というフロリスに権限が委任されていたのだろう。相当な信頼を勝ち取っていた、あるいは裏に良く手の回る男だったわけだ。しかし本人は悪用する気満々、実質的には海の上の無法地帯と化しているわけである。俺は物騒な個人タクシーのトランクに詰められ、昨夜此処に搬送されてきたのだった。
「でも塩川、どうしてここに・・・」
「話は後。こんな島さっさと脱出してやろうぜ。」
「脱出って、あんなに遠くの陸地まで走っていくの・・・!?」
「ま。普通はそうなるな。道の途中で奴らに見つかって、言ってた通り『なぶり殺し』にされるのがオチだ。俺はもうそろアドレナリンが切れて使い物にならなくなるし、見つかったらせっかくの頑張りも水の泡。・・・ただ大丈夫、なんとかなるぞ理沙。」
俺は困惑する理沙の眼前、地下で総長からはぎ取った鍵束をちゃかちゃか鳴らして見せた。
「悪党ってな秀逸に見えて、こういうとこでボロを出すもんだ。・・・アレ、乗ってきたんだろ?」
降りた屋根のすぐ下に、クールなオープンカーが停めてある。その青塗りを動かすためのキーは、牢屋のカギと一緒にちゃんとぶら下がっていた。
真昼間、空は快晴、海も快晴、車すら青かった。
「帰ろう。」
裸足で、痛ぇからシートベルトも着けないままで。
けど俺は無駄にかっこつけて、アクセルを踏んだ。




