56話 叶うまで願うからさ
「妹が、いないって・・・」
「もう『業者』に売り飛ばしちゃったからさ。・・・今頃裸になって商品棚に並んでんじゃなぁい?」
「っ・・・ぁ、ぁぁ!」
滲ませる涙ってな、出したくて出してる節があったりするだろ。しかし理沙の御涙はその類と少し違って、ただ痛く、流れる。妹がいない。そこに在る『酷い目に遭った私』より、そこにいない妹の方がよく見えるというのである。理沙は最初からそういう泣き方をしていたのだった。
「いいねぇ最高だその表情。・・・さぁて、田口ー。」
「なんでしょう、総長。」
「この子、牢屋にぶち込んどいてー。・・・うーん、今回は何で遊ぼうか。『火炙り棒』は『昨日のガキ』に使ったし、せっかく可愛いから傷跡の残らない玩具にしよっと。」
「ぅぅ・・・ぅ・・・。」
理沙は、窓のない檻のある廊下に引き渡される。手首は繋がれて、冷たい床、暗い四角は四つしかないが、番号で管理されている。左奥から数えて、時計回りに、1、2、3、4と振り分けられている。奥には拷問器具がずらり。
「おら、さっさと歩け。」
理沙は『1番』の牢屋、左奥の檻に閉じ込められるらしかった。その短い廊下を繋がれて歩きながら、彼女は右奥の牢屋、すなわち『2番』の牢屋に繋がれた青年を見る。
破れたワイシャツと青黒い傷。二つの壁から鎖で拘束されて、身動きも取れないまま両腕を上げ、膝をついている。分かり易く想像できる恐怖が、大方その空間に揃っていたと言っておこう。酷い匂いだ。髪が傾れているから、死人かどうかも判別できなかった。
「総長、準備出来やした。」
田口という男が代表を呼ぶ声、足音、器具を選ぶ音。それがやけに響いて、理沙は首を強張らせる。男は短い鞭を携えてやってきた。
「今回はこれにした。なんか可笑しくていいよね、鞭って。」
「・・・」
「なんか言ってよ、僕が滑ってるみたいじゃん」
鉄格子の奥で、男はこちらを見て笑っている。理沙は唯一の隔たりである鉄扉が開いてしまわないように、心の底から祈っていた。ただ鍵は、ゆっくりと捻られる。
───ガチャリ。
軋む古い牢屋は、開錠を強く知らせた。理沙は総長の悦ぶ『いい表情』というのから必死に逃げようとして、逃げられなくて泣いた結果として、総長は嗤った。
「待った。」
反対側から声が響いた。聞いたことのある声だった。
「あ?」
「───その役、俺が買っちゃダメか?」
「っ!!」
繋がれた青年というのは、『俺』だった。
「・・・あれ、塩川クンだっけ。まだ生きてたんだ」
「あぁ生きてるも生きてる、この通りピンピンしてるぜ俺は。それよか、さっきまでの会話。・・・ソイツ、妹ごと助けてやっちゃくれないかな。」
俺は噴水広場には向かわなかった。他の誰でもない『理沙』が、ここに来るからだ。トイレに行きたいって点を踏まえれば別にピンピンしちゃいなかったが、あいつがあれ以上泣くのは心象更にまずかった。
「・・・何言ってんだ懲らしめ足りなかったか?」
と、田口と呼ばれていた男が言った横を過ぎ、総長と呼ばれていた男が俺の牢の扉に鍵を挿す。
「冥土の土産に親切のいっこでも持ってきたいんだよ。そいつら何処の誰だか、俺は知らないけどさ。女子高生は家に帰してやって、代わりに俺の労役を増やしちゃくれないかな」
中々上々男前な事を口走っていると思うんだが、声が掠れて情けないな、あとは喉が痛い。
「昨日喉ぼとけをこんがり焼いてやったのによぉく喋るじゃないか。・・・うーん、鎖のせいで土下座出来ないにしても、せめて立ってお願いして欲しいなぁ。なぁ塩川クン。」
「あぁ、・・・この通りだ、頼む。」
「もっと早く立て。」
「うぐぁッ!!」
「ひゃはすげー音、総長容赦ないな。・・・おいガキ、今黙って取り下げれば聞かなかったことにしてやるが?」
「取り下げる・・・?まさかな・・・。俺ぁ叶うまで願うからさ、鬱陶しかったらお願い聞いて解放してくれよ。」
「ッ、舐めた口利くんじゃねぇぞこのガキッ!!」
「ぁがッ・・・!!」
鞭を振る総長に、木製バットの田口。二人は俺を打ち、また殴り、仰け反っては鎖によって元の位置に戻される俺は今、実質サンドバッグであるらしい。道理で、人間が立てちゃいけないような激しい鈍音を立てているわけだ。
「・・・ぉら立て!!」
「グッ、あぁあ!──ごふっ。・・・ッ、まだぁ!」
「いや・・・いやぁっ」
「た・・・頼む、せめて幼い妹だけでもっ・・・!!」
言ったところで、総長の血相が変わる。
「あらら、奴隷が主人にたてついていいと思ってるみたいだ。・・・田口、『アレ』出せ。」
根っこから奴隷ではないと思うんだけどな、そっから間違ってるせいで平行線だ。田口は鎖鉄球を重そうに持ち上げて総長に手渡し、そこから四五歩下がって牢から出た。
「良いんスか?へたすりゃ死にますよ。」
「いいよ、死んじゃったら海に捨てる。」
「分かりやした。」
だけど今の俺は奴隷としてでも、どうかしてあいつを。
「久しぶりだなぁ、総長の骨砕き。その鉄球何キロでしたっけ」
「十キロ。業者に『大事な商品を壊すな』って怒られてから封印してたんだけどねー。まぁいいでしょ。ほーら行くよ、───まず一本目。」
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁあッ!!」
「二本目ー。」
「あああ痛ってぇなくそ、がぁぁぁぁあ!!」
「今度は反時計回りにしよっかなー。三本目行くよー。」
軋んでんの、これ俺の骨かな。意識が遠くなりそうだけど、痛みだけキレイに伝わってくる。振り回した鉄球が的確に肋骨だけをついて、砕く。理沙が心配しないように叫び声抑えたいんだけど、これはちと無理かも、痛すぎる。俺は焼かれた喉で叫びながら、永遠のような十数秒を跨いだ。
「ぅぅぅぅ、うぅっ。」
理沙は目を閉じて、静かに泣いている。
「あーあ。これはもう死んだ方がましってもんだな。女子の前でかっこつけといてこのザマ。」
俺の肩は前方にだれて、操り人形と同様に、意思もなく胸を張っている。醜いな、世界が醜い。痛いし。
「はははははは!!ああ振り回したから腕が痛い!そうさ、立てるわけないんだ。肋骨を六本鉄球に粉砕したんだぜ?結局追い詰められれば自分の事しか見えなくなるもんさ、それがヒトの本性だもんなぁははは!!」
総長はドライな達観をお持ちなようで。一部は頷ける話だ、全部どうでもよくなる感覚はよく理解できる。
「こんだけのことされてさ、人間がまだ他人のためなんかに立ち上がれるわけな───」
──しかし、わけないってな、狙いが甘いぜ。
「・・・・・・っ。」
「うげ、そのガキ飛んでる。」
「はぁ、はぁ・・・。──────頼むよ。」
光の絶えかかった目で、俺は立ち上がってほざいた。




