51話 ほとんど同じ感覚だ
「それで今、なんで俺はゲーセンに来てんだったかな?」
「ふふ。言ったでしょ、『お試し期間』。」
両替機に躊躇なく万札をぶち込んだ金髪紅眼。俺は彼女に連れられて、勢いだけで『ゲームセンター』という異郷の地に迷い込んだのだった。自動ドアの向こうに初めて足を踏み入れて、俺はそのやかましさが外で聞くより更に豪勢なものだったと知った。
「おー、増えた増えた!」
両替機からは千円札が九枚、そして百円硬貨が十枚出てくる。一万円が軽快に一万円になった様を、彼女は何故か嬉しそうに形容した。俺は財布にかろうじて入っていた千円札二枚のうち一枚を、彼女の動きに倣って両替機に入れてみた。するとやはり、百円玉が十枚出てくるわけだ。俺は千円だった千円を右手に握ってみて、横で眺めていた彼女にも見せた。
「事あるごとこいつをコイン投入口に入れて遊ぶってことか。・・・減りやすくなったんじゃないのか?」
「さっきより重たくない?とりあえずここに入れてみてよ」
右手にはずっしりとした重みが感じられている。ガラスの向こうのぬいぐるみ、今にも動き出しそうなクレーン、それとその手前のちょうどいい形の投入口。俺は言う通り一枚入れて、台に書かれた一連の操作でうさちゃんを救出しようと試みた。しかしクレーンはうさちゃんを掴みこそすれ、上昇する段階でうさちゃんを手放した。
「ふむ。・・・うん、これやっぱさっきより軽いわな」
「バレた?」
「生憎な。」
「・・・はいこれ、今一枚使わせちゃったから返すね。」
「ギャルって気遣いとかするんだ」
「ギャル言うなし。」
俺は手渡された硬貨を受け取って、ひとまずシンプルなクレーン台のエリアから移動することにした。十枚の硬貨はきちんと、小五の時に貰った財布に入れて。
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「塩川君、女子高生はみーんなギャルだって思ってるの?」
「芸術的に突飛な若い女子のことを『ギャル』って呼んでる。その点ちみは九割九部がたギャルだと思ってるが。・・・っと、こいつは。」
「可愛いね。頑張れば取れそう」
「うん、取ろうこのうさちゃん」
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「取れた。」
「やったぁ!いぇーい!」
「・・・」
「・・・塩川君?」
「いよっしゃぁぁぁぁあ来たッ!!いゃった!!うおお可愛いいいいい!!・・・・・・ふむ。あぁすまん、次行こう。」
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「今取れたの、さっき取ったのと色違いだね。・・・どう、可愛い?」
「あ、っはは。可愛いと思うよ、空気が。」
「空気が・・・?」
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「ほらほら、もっと近寄って!もっと!」
「そ、そんな寄るもん!?」
「プリ撮るならこれがふつー!!」
「う・・・だぁいいや、成るように成れ。」
──────
そして言うまでもないが、時間はあっと言う間に過ぎた。
「このお目目パッチリは俺なのか・・・?」
俺はプリティをクラフトしてプリントした写真を眺め、感嘆の声を漏らす。外はオレンジ色、空気は美味かった。足音が聞こえるのが新鮮で、駅までの道が尊いものに感じられた。
「ふふ、今日は楽しかったね?」
彼女は楽し気に横を歩いて、たまの視線で笑顔を散らしている。
「ああ。炭酸強くて良かったよ。・・・・けど、まーだ分かんねえな。」
「んー、どうしたのー?」
「・・・俺、割とはっきりめに断ったよな?」
「あ、そのこと。」
学校で交際を申し込まれた俺は、あの時確かに否定の意を伝えていたはずだ。俺は手に持ったうさちゃんを眺めながら、横目でやたら近くに見える彼女に言った。
「うん、ちゃんと振られたよ。でもまさか『他当たってくれ』の一言で済まされるなんて思わなかったなー。見た目も可愛くしていったのに」
「いや失敬、可愛いってだけでやることなすこと受け入れる度量がないもんでな。・・・ただお前もお前だろ、大体『お試し期間』ってなんだ誰なんだお前は。」
詰めた俺に、彼女は距離を詰めた。
「───『一目惚れ』、みたいな感じなの。振られても諦められないから、お試し期間。お前じゃなくて、『理沙』って呼んでよ、これから仲良くするつもりなんだから。」
俺のワイシャツの裾を掴んで立ち止まり、先を見据えた上目遣いに、驚くほど近い距離感だ。可愛く見えて仕方ない。
「・・・ね、塩川君。ちょっと目閉じて?」
彼女の言われるがまま、おもむろに目を閉じる。
「あ、ああ。」
右手が頬に触れる。彼女の呼吸がゆっくりと近づいて、俺は───
「───んで、その盗聴器は?」
ポケットに手ェ突っ込んで微動だにしないまま、言った。
「なっ、目、開いて・・・!?」
腰元まで伸びていた彼女の左手が、跳ねる。
「開いてねぇよ、閉じてても分かる。やっぱり、このタイミングで仕掛けて来たな。」
「は・・・はぁっ!!?」
彼女はとても驚いた。騒がしいゲームセンター内で、向こうのブースにいる店員が俺たちの方に振り向く程度の声量だった。
「今日一日、ずっと警戒してたって事!?全然キュンと来てなかったの!?」
理沙は俺に問いかけた。答えからすると、後者は即答で『否』だ。俺は大いにたじろいでいた。
「いいやキュンキュン来てたな、心臓が破裂するかと思ったぜ・・・」
だが彼女は狙ってやっていた。分からない訳がない。俺はその魅力を最大限に評価して、だからこそ最大限に警戒した。前者は『然り』である。およそ強い者はというのは強力な武器を掴み、そしてその使い方を熟知している者の事である。
「───ああそう。ちょうど師匠にナイフ突き付けられてるときと、ほとんど同じ感覚だ。」
「っ・・・!!」
俺は一見してただの美少女におぼゆる彼女を、見くびってはいなかった。
「目的があるなら教えろよ、理沙。単に俺が好きってんじゃないんだろ。・・・むしろ逆もあり得るよな。どうにかして陥れようってな策略に、俺は今日一日踊らされてただけってこともある。」
「ちが、そういうわけじゃ・・・!!私ただ、塩川君なら護ってくれるかもって・・・!!」
ずっと気になってはいた、むしろそれしか気にならなかったよ今日は。純粋に楽しくて、『なんで俺が』ってフレーズだけ破竹で大きくなりやがる。
「やんならもうちょい上手くやってくれよ。というか都合よく護ってくれそうなチョロすけに『一目惚れ』って言うな盗聴器をつけるな」
「だって!」
「だってじゃないこの小悪魔」
「だってだって!!」
「駄々をこねるなみっともねぇ。若干すね気味の俺に『可愛いカルチャー』が通用すると思うなよ、ハゲ。」
「っ~~!・・・もういい、ばか塩川っ!!」
地声だったのだろう。
「お、逃げた・・・。」
実は盗聴そのものを罰する法律ってな存在しないから、俺は敢えて追う事もしないでその場に立っていた。多くの疑問を残して走り去った彼女、子ウサギのぬいぐるみの片割れ。その二つを惰性で見比べたのが、駅前の広場でのことだった。




