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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
5章 ああ騒がしきわが日常
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50話 よく分かんないや

萌音と帰った日以降、日で数えれば一週間ほどだ。俺は気付きこそしなかったが、事は淡々と、ひいては順調に進んでいた。


「帰り際に公園でランニングってな、佐藤らしいや。」


「ああ。井口に『クラスメートを誘って遊びに行け』と言われたんだが、まず思いついた楽しみがこれだった。・・・もう少し華のある娯楽が良かったか?」


「いいや、面白そうだからついてきた。嫌ならば断わるよ」


「そうか。・・・そうしたら、また。」


「ああ、またな。」


ささやかな体力づくりの習慣を流した佐藤は、柔道の稽古があると言って帰った。俺は自販機で無糖の炭酸水を買った。



(・・・昨日の。)



それは公園のベンチ。パーカーの色は茶色から白に変わっていたが、長い睫毛はサラダバーで遭遇したフード女子と同一のものだった。俺はこの人物がヤングコーンを食べたかどうかなぞ気にしながら、特に話しかけることもせずにキャップを捻って開けた。



それから三度(みたび)、俺は彼女に会った。てきとうに外を出回ると、行く先々で彼女に会った。


(ゲウム寮でもたまに出てたけど、こっちのが美味そ・・・あらら、偶然。)


ファストフード店二階のカウンターに腰掛ければ、隣には見慣れた睫毛がグレーのフードを被って座った。俺は流石に驚くが、この時分は楓に言われた狭い区域をうろちょろしてるんだから、世界が狭いことだってあると思った。だから隣の女子が小さな包み紙を綺麗に折りたたんだとて、俺はハンバーガーの包みを二回だけ折って席を立った。



「あぁ、どうも」


「・・・っ」


図書館じゃ『遁走術』なんかが載ってる『楽理空勝流忍法』の文献なんかに伸ばされた手がぶつかる始末だ。おりしも、俺は彼女のフードを傾ける行動が俺の様子を窺うためだったと知った。俺は気まずくさせたら悪いと考えて、一つ奥に並んでいた本を手に取ったきり会釈をして立ち退いた。『新時代クノイチのいろは』というタイトルに苦笑いするのは、その少し後だ。



「・・・お、また会った」


「っ!!」


走り去った彼女を見届けたのは、商店街の肉屋の前。世話んなったはげおやじのコロッケを食いに来ただけだのに、ストーカーでも疑われたんだろうか。まあ実は運命的に出会ってるだけだってな、信憑性に欠ける。


(いやしかし、知ったこっちゃねぇな。今はそんなことよりも、楓の姉貴をとっつかまえるのが先だ。)


俺は楓から貰ったメモ書きを取り出して眺めた。情報が多いとかえって見つからなくなるからと、楓が最低限の事だけ記したものだ。



《エルピアお姉ちゃんの特徴:女。》



(・・・最低限が過ぎるってか、必要あったかな、このメモ。)



───端的に言おう。達成がほぼ不可能な任務に、俺は達成期限付きであたっていたのである。



「なぁ楓、もうちょっとヒントとかないか?塩川さんこのままじゃ見つかる理由がないと思うんですが」


「やーだ。そんなことよりー・・・あの人、今日もいた?」


楓は任務について、何も話してはくれない。自分の身柄がかかっているのに、雑に笑ってはぐらかすのである。ただこいつが裏で考えたくないような不安を感じていることだってあり得るわけだから、俺もそこまで強く追及はしていない。


「・・・居た、今日は図書館と肉屋だ」


「おー、それでそれで?」


ため息交じりに答えると、楓はよく食いついた。俺の焼いた油揚げピザの端もフォークでつついて、楽しそうに食いついた。


「ふむ・・・パーカー美人がそんなに気になるかね。言っとくが、今日だって一言も話しちゃいないからな?」


「いいからいいからっ」


「・・・はぁ。まず図書館で同じ本を手に取ろうとして手がぶつかって、神妙な口元をされるだろ?」


「触ったってこと!?」


楓は机を叩いて立ち上がった。


「いやおま、そらしゃーないだろ流石に。そんな禁忌の腫れ物みたいに扱われると泣くぞおい。」


「そういう意味じゃないけど・・・ほんとに触ったの?」


「なんだよ、触ったよ。俺の方が手ェ冷たかったよ多分。」


「・・・・・・んしょ。」


楓は食卓を回ってきて、隣の席で俺に両膝を向けた。


「・・・なんの御用。」


「簡単な手相占いみたいなやつやるの、手貸して。」


恐る恐る差し出した右手の平をよく眺めもせずに、楓は俺の手、親指以外の四本を両手で握った。


(・・・それなりに可愛いけど、何が狙いなのかね・・・。)


「私とその人、どっちが温かかった?」


半ギャルはそれらしく、ましてあどけなく笑った。


「ふむ、どうだったかな。感覚的にはあの人のが冷たかったぞ、眼の色が寒色系だったのもあるかもしれないが。」


「ふーん、なるほどね・・・。」


「何か分かったのか?」



「・・・ううん。やっぱり、亮だとよく分かんないや。・・・なんでだろ。」



彼女は首をかしげながら手を下げて、さっさと自分の皿を運んで行ってしまった。首をかしげたいのは俺の方だった。俺は楓の突飛な行動の意味を理解しかねて、その後しばらく自分の右手を眺めてみたがやはり分からなかった。


だが世に言うギャルというのは、良く分からないものに意味を見出すこともできる生き物だと聞いている。その言動が抽象画のようなものだと考えたら、なんとなく尊重の択を取っていればいいような気もしてきた。いいように振り回されるのが、きっと俺の役割なんだろう。俺は誇らしげに息をつき、風呂を浴び、その意味不明なドヤ顔のまま布団に潜った。


要するに、思考は放棄して寝た。



──────



そして、その翌日にあたる現在、金曜日の放課後。


「───塩川くん、私と付き合ってよ。」


目の前の真っ赤な瞳に、何一つとして見覚えがない。だが俺は人気のない渡り廊下にて、名も知らぬ金髪に交際を申し込まれたらしかった。見た目から察するに、彼女はギャルらしかった。

俺は昨夜と同じような表情を浮かべ、穏やかに、紅茶の香りを堪能するように天井を見上げた。


(うーーんむ・・・・・・意味が、分からん。)

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