44話 やっぱ紅茶なんだなぁ
「はー疲れたね。風呂入ろう風呂。うち実は特殊な経路で温泉かけ流しなんだよね。」
「自宅に温泉かぁ、いいなぁ広い風呂ってな。・・・え、俺もいいの?」
「もちろん。」
僕らは風呂場にやってきた。
「うわぁ広すぎる、へたな銭湯よりデケェぞ。・・・司令長官さまさまなんだな。」
「地位があると否が応でもこういう扱いだよ、僕ってば結構偉いらしいんだ。」
僕はぺたぺた歩いて行って、バスチェアがいくつも重なってる山から一つ取る。あとから塩川君もそれに倣った。
「なぁ教官。」
「教官。あぁ僕か、なんだい?シャンプー目に入ったかい?」
「も中三だっての。確かにめちゃくちゃ泡立つから驚いたけども。」
いつも大衆浴場みたいな空間の端っこを定位置として一人使っていたから、隣から話しかけられるのは新鮮な感覚だった。
「いいお湯だ。これぁ最高だなぁ。俺は温泉の良し悪しとか分かんねぇけど、特にこのガラス張りが良い。」
少年は素直に喜んだ。地位からくる虚しい産物だと諦観してしまった僕とは大違いだ。
「・・・塩川君、考え事かい?」
「あぁ、これからどうしよってな、風呂であったけぇうちに考え事することにしてんだ。差し当たり今はブラン教官をぶっ飛ばすための作戦を考えてる。」
「ふむ、それは感心だ。」
外が一望できる壁面のガラス張りに感動したかと思えば、塩川君は裏庭の植生と自分の未来を並列して眺めているようだった。
「・・・それよか、中三のガキとのタイマンで時間使っていいのか?お偉いさんは時間が貴重だから、足元の小銭を拾うと損するって聞いたことあるぜ?」
「いいのさ、どうせ司令の仕事なんか退屈なだけだしね。見かけでは役に立ってるように見えるけど、こうやって楽しく戦った後湯船に浸かる方がずっと建設的だと思うよ。」
「そいつぁ都合がいい。明日からも気兼ねなくやれるぜ。」
「後ろめたさで言えば、むしろ僕の方が助かったくらいだよ。このお風呂は一人で入るには贅沢すぎる広さだったからね。君が来てくれて良かった、過去一良いお湯だ。」
頭にタオルを乗せて、二人とも意図せず同じ体勢で二十秒入浴してから、同じタイミングで風呂を上がった。ドライヤーは僕の方が長かったけど、靴下を履くのは彼の方が遅かった。揃っておやつ時の執務室に帰れば、また揃って切り替え上手だ。僕は外向きに適当な服しか手持ちがなかったからそれなりの服になったが、ジャージに着替えてしまった塩川君はさぞ心地よさそうにソファでくつろぎ始めた。僕は二人分の紅茶とお茶菓子を持ってきて斜め前の椅子に座った。
「・・・うーん、物凄く美味いぞ。これも、・・・これも。」
「あぁ、確かに僕も部屋着が欲しくなってきたな。」
「これなんか特に美味い。何味だ?・・・あー紅茶だ。」
「ふざけTシャツとかどうかな。ハシビロコウが紅茶を飲んでるシャツが欲しい」
タオルを肩にかけて、僕らはお互い違う話題で盛り上がっていた。自然にそのようになっていた。しかして意志疎通が取れていないようには思わなかった。
「「やっぱ紅茶なんだなぁ」」
それみろ、顔を見合わせた途端同じセリフだ。僕らは知り合って間もないが、相互、既に気を遣わないようになっている。それは軽視というよりは、敬愛のなせる業だったろう。僕はなんとなく塩川君の言わんとすることが分かるような気がするし、彼は最初から僕の言いたいことを感覚的に掴んでいるような振る舞いをしているように見えた。
「褒める割にはがっつかないじゃないか。中学三年生の胃袋にはこじんまりとしたお菓子だと思うけどね。」
紅茶味のお菓子がお気に召した様子だが、塩川君はそのアイスボックスクッキーをすぐ口に放り込まないで、眺めたり匂ったりと自制を利かせながら楽しんでいた。
「どっかしらのお土産なんだろ。良い風呂で感慨深いから、ついでに付加価値ってのを味わってみてるんだ。紅茶も教官の飲み方を真似た方が美味い。」
「居心地のいいことを言うじゃないか。少し奮発してよかった。」
「・・・一箱いくらしたんだ?」
僕はクッキーをつまむ手の小指を一本だけ上げる。
「げぇっ!!」
「なははは、急に不味そうな顔になった。」
「馬鹿舌になんてもん食わせてんだ!!俺コイツ一枚で三日は食を繋いでる計算なんだが!?」
彼はクッキー一枚に畏怖の念を抱いていた。
「慎んで受ける贅沢は良いんだよ多分。問題は僕のように、お金を払っただけで町おこしに貢献した気になった挙句、それを食べても満足し切らないことなのさ。・・・それより僕は、君が今どうやって計算したかの方が気になるね。」
「んぁ?そりゃ十八枚で一万したら一枚五百円強だろ?俺月五千円で押さえてるから、三日で五百円ちょうどくらいなんだよな。義務教育の給食ってな本当に偉大なんだ。」
さも当然のように語ってくれるが、僕はティーカップに口をつけて目を閉じる。
(戦いの中で、咄嗟の判断があまりに的確な場面があった。・・・塩川君、自分で気付いているかは知らないけど、君はもしかすると、もしかするかもしれないよ。・・・そして僕も、自分で思っているより教官の役職に合っているのかもしれない。)
僕の魂は疼いてしょうがなかった。自分の興味に自分が引っ張られる間隔は、だらだら過ごしていた僕にはめっぽう珍しく、面白いものだった。
「・・・明日は来れるかい?」
「来てもいいか聞こうと思ってたとこだ。」
「素晴らしい。・・・それじゃあ僕は、明日までにボードゲームを買っておこう。君をてきとうにひねった後は、お茶菓子とお遊戯で英気を養うことにした。」
「てきとうにひねられないようやるさ。」
「なはは、そうしてくれたまえ。」
チェス盤かトランプか、茶目っ気のきいたナウな新作なんかも面白い。とても楽しみで、仕事が捗りそうだ。僕は斜め前の少年を横目で捉え、感謝も込めてニヤリと笑って見せた。
「あと、俺は安いのでもいいからな・・・。」
今日の塩川少年はナイフが振れるようになって、同時にクッキーを恐れるようになったようだった。




