43話 そんなら光栄だよ
「っはは、どうした塩川少年。面白い演武なんか見せられたって、お目当ての推薦状はあげないぜ?」
「クッ、あんたを、狙ってんだ、このっ!!」
怒涛の勢いで短刀を振り回す少年、しかし虚しく空を斬る。
「動きに緩急をつけるのはいいけど、踏み込みが浅いんじゃないかぁい?」
「・・・はっ、てやっ!・・・くそ、こんなに当たんねぇもんなのか!?」
「そらそらほいほいほい、こんなの片手だって捌けちゃうなぁ僕。グータラ司令官にかすりすらしないようじゃ、オオカミの古代兵器なんかには、───到底敵わないよ。」
「ッ・・・!!」
「うん、これで『二回目』だ。君の頸動脈は今、狼に喰い千切られた。」
僕がちょっといいタイミングで一歩踏めば、塩川少年を一人ねじ伏せることができる。ナイフを拾ってすぐ仕掛けてくる気概は素晴らしいが、世の中まして戦場サイド、それで生き延びられるほど易しく出来てないんだなこれが。
「振ってダメなら、突きぃっ!!」
「いい志だけど、それっ!」
「うぉおっ!?」
沿わせて、剥がす。塩川君は自分で踏み込んだ足を制御できずに引っ張られて、茂みの中に突っ込んでいった。
「手の甲って意外にすごいんだ、今ので『三回目』だよ。」
「・・・・・・だぁっ、くそぉ!!」
お察しの通り、それ以降もとんとん拍子だね。
「グッ」
「はい『四回』」
「あがッ!」
「『五回』、もう半分まで来た」
「そんなら、こいつはどうだっ」
「ほらそこ、足元気を付けてねっと。」
「うお木の根っ!?」
「『六回』。」
現時点で羊同然の塩川君は、ほとんど抵抗と言った抵抗もせずに屠られる。
「はい『七回目』・・・おっ、と、こいつで『八回』だ。」
「んな無茶なっ!!?」
僕は自分の牙を持て余した狼、何度向かってこられても容赦はしなかった。
「そんなら、これでっ!!」
「うん。これで『九回』だね。」
(うーん、我ながら強い。達人のような動きだなぁまったく。・・・軍で対人格闘術なんて習ってしまったからこうなるんだ、人を殺すための術なんて何の役にも立たないのにね。)
僕は思い詰める。自分の手の汚れが、倒れた塩川君を前にすると良く分かる。彼は僕が転ばせるから両手に泥をつけているが、雄々しく立ち上がって汗を光らせているじゃないか。僕の手は彼より汚いんだ。
「くっ、畜生ぉ・・・!!」
「擦り傷が腹立たしく痛いだろ。でも君の向き合おうとしてる痛みは、それの数百倍はあると思うぜ?どれだけの根性で踏ん張ろうともどうにもならない苦痛が、戦場じゃ次から次にやってくる。・・・どうだい、少しは諦める気になったかい?」
「馬鹿言え・・・次々火の粉がかかろうが知るか、俺はまだ、九十二人もいるんだぜ!!」
「ッ!!」
でももし、このしなやかで強靭な右手に使い道があるというなら。今はこの超人的な手を揮って見せよう。戦場の灰塵に染まったこの手を以てして、少年に応えてみるのはどうだろう。『百回殺す』という方法で、僕は彼を助けてみせようじゃないか。
「なるほどね。・・・でも迫力だけで勝たせはしない、全員地に伏せてやるさ、この手で!」
「わりぃが高尚な気概とか揺るがない信念みたいなやつ、俺ぁはなっからもってねえっぽいんだ。・・・だから生き延びるなら、根性ってよか、空元気!!」
彼は獣のような低姿勢でナイフを構え直す。七転八倒から起き上がる塩川少年がそこにいた。真正面からくるが、軌道が分かりやすいかと言えばそうじゃない。
(お、さっきより速い。)
「せやっ!!」
右下から左上に飛んでくるナイフ、かなり嫌な角度だ。
「っはは!いいぞ、もっと噛みつけよ子羊君!」
今さっき僕にひっくり返されてから、僕の腕の可動域、特に右手の甲を警戒しているようだ。本能的に避けているのか、はたまた能動的に学習したか。やはりこの少年、どちらにしたって面白い。
(がっつり攻めてるように見えて、ちゃんと対人テクニックに持ち込ませないよう立ち回ってる。今は色々試しつつ、僕のミス待ちで持久戦狙いか?)
「それなら、・・・こんなのはどうかな!?」
「っ、ぶねぇ!!」
(いい位置で躱した!!・・・『土壇場の理詰め』、これか!君の潜在能力!!)
「なはははは!!面白い、めちゃくちゃ面白いよ塩川少年!!」
「はっ、そんなら光栄だよ、ブラン教官!!」
僕の重ねてきた退屈な日々が、ちょっと愉快に姿を変えていく。教官って立場になってしまえば、過酷な日々だって教育実習だ。僕は破天荒な塩川少年を前にして、いつの間にか細い目を見開いて笑っていた。
(僕もいい波に乗った感じだ・・・風の流れまで手に取るように分かる・・・!!)
泥沼に囚われた感覚はなくなっていた。横隔膜が燃え上がりながら、指先の感覚まで研ぎ澄まされる。『自由』があったならこういう感覚なんだと、感覚的にそう思えた。
「んじゃここいらで、幕引きにしてやら・・・!」
そこで、塩川少年は大きく一歩踏み込む。右手を振りぬいた僕の後ろを樫の木が塞いだ、彼にとって絶好のタイミングだった。僕に生じ得る一番大きな隙を、彼は見抜いて貫いたわけだ。僕のがら空きになった左胸に、執念のナイフが飛んでくる。羊は変貌して牙を剥き、獲物を追い詰めた獅子、それかシャチあたりになって襲い掛かった。
「っ、取ったッ───!!」
・・・
「・・・・・・『十回目』。僕の勝ちだね、塩川君。」
塩川君は僕にひっくり返されたまま仰向けになっている。
「嘘だろ・・・あれ避けられんの・・・。」
「なはははは、それじゃ執務室に戻って紅茶でも飲もうか。運動して疲れた後は、ダージリンティーが喉にしみるんだ。」
僕は手を組んで胸を伸ばし、買い足しておいたお茶菓子のことを思い巡らせて大いにニッコリした。




