41話 柔らかいけどちゃんと重い
「さて・・・来たね、塩川君。」
フロリス志願の少年は次の日、学校鞄を背負ってやってきた。
「おうよ。バイトしようにも中学生は相手にされねぇから、どうせ暇だしな。お手数おかけするぜ。」
「いやいや全然。僕は丁度、暇を持て余してナマケモノの真似をしてたとこだったんだ。あ、動物の方のね。・・・仕事終わって一服してからずっとやってたけど、仕草一つに三十分はかかっちゃったよー。」
「それは丁度って言えるのか・・・?まぁいいや、暇そうで何より。・・・今日はよろしく頼んます。」
「ほーい。んじゃ早速・・・ここの敷地内でも散歩しようか!」
と、いった経緯で飛び出した執務室。
「よぅし、この辺でいいかな。・・・うーん、空気が美味い!!」
「・・・建物の裏もこんなんなってたのか。玄関だけでもだだっ広くて参ったのに、こっちはまるで林だな。」
「中にトレーニングルームもあるんだけど、現代にしては珍しい一戸建てでこーんな広い庭があるんだから、やっぱり外出なきゃ損だよねー。」
警備員に執務室の電話を見張らせているから、僕は気兼ねなく暇をつぶすことができる。今まではちょっと気が引けてたけど、丁度いい口実ができて良かった良かった!
「そんで、今日は何するんだ?俺銃すら持ったことねぇし、さっぱり見当ついてないんだが。」
「射撃訓練でもいいかなとは思ったんだけど、やっぱり気になるのは身体能力だよね!というわけで・・・はいこれ」
僕は持ってきたゴム製ナイフを彼に手渡す。
「おぉ・・・刃は柔らかいけどちゃんと重いんだな。・・・持ち方は?」
「なんでもいいよ。」
「了解。」
塩川少年は何度か柄を握って、その感触を手に馴染ませているようだ。一見へらへらしているように見えて、地味に隙のない少年である。
「はい、ではいいかなぁ塩川少年!!」
「なんでしょう、ブラン教官!!」
『ブラン教官』ね、いい響きじゃないか。僕も俄然やる気が湧いてきた。
「昨日の夜、僕は向かって執務室の右奥にある大浴場の中で考えた!!君が中学三年生の身ながらにして『戦場サイド』と向き合おうとしていること、その心意気やよし!!・・・そして君の推薦状についてだが、考えてやってもいい!!」
「ぃやったッ!!」
「ただし!ただしだ塩川少年!!僕は今のところ、君をフロリスに入れる気は毛頭ない!!」
「なんだってッ!?」
やけに声とリアクションの大きい会話が、空気の澄んだ敷地内に響き渡る。
「だから推薦状を発行するにあたり、君には一つの条件をクリアしてもらわなくちゃならないんだ。」
これは僕が彼を認めるための最低条件で、彼が越えねばならない高い壁になるだろう。だがもしこれを破ったなら、その時は少年の覚悟を尊重する。僕は彼が中学生であろうと、その身を死地に放り込むんだ。
「っしゃ、なんでも来やがれ」
少年は強気だ。短いナイフを掴んで、戦場に駆けだそうとしているのである。
(僕は止めるよ。だから、超えてみろ。)
「───条件は、僕を殺すこと。僕が君の『死』を百回数えるまでにナイフの刃を命中させられたら、君の勝ちだ。」
「あ?」
塩川少年のあっけらかんとした顔、僕はこれが見たくて運動靴なんか履いてきたのである。
「あんたにナイフを当てればいいのか?」
「うん。でも一気にやると日が暮れちゃうから、チャンスは一日十回まで。僕がはじめの合図をしてから、君が十回死ぬまでとしよう。」
彼は大げさに驚いて見せる。
「ちょ、ちょっと待てよ、いくら何でも簡単すぎないか?あんだけ引っ張っといて、ブラン教官にナイフを当てるだけって。」
いいね。そういうのが見たいんだ。君のその、勇気に満ちた顔が見たかった。ナイフを学校のペンみたいに回して手遊びする彼は、僕が過去に見たどんな人間より面白かったと確信している。
「一対一ってんならまだしも、俺のライフは百個もあると来た。そんなのクリアできて当たり前じゃあないか。・・・あ、分かったぞ。さてはブラン教官、素直に『良いよ』って言うのが照れくさくてこんな出来レースみたいな真似」
「じゃはじめ」
「ッ───!!」
縮地。塩川君はその瞬間、ノーモーションから駆け出して胸倉に突っ込んできた。そのナイフは中学三年生の掴むゴム製のレプリカで、しかし何よりも強い殺意を持って迫ったのだ。さっきまでナマケモノの真似なんかしてた僕は思わず目を見開いて───
「───ま、そう来るよね。」
もちろんのこと、手の甲で寸分違わずいなした。
「っ・・・こんのっ・・・!!」
「いやぁ良い演技だったよー塩川君。あんまり咄嗟だったから、僕ってば危うくやられちゃうとこだった。・・・でも、突きの速さはいまいちだったかな?」
塩川少年の手首を捻ると、そのナイフは驚くほどあっけなく地に落ちる。
「・・・投げりゃよかったかっ・・・!!」
「投げても掴むよ。・・・塩川君。僕は君が思ってるほど、君のことを甘く見ちゃいないんだ。むしろ大いに期待して、最大まで警戒している。僕は今この瞬間が楽しくてしょうがないよ。」
「ド畜生・・・!!」
「なはは、まぁナイスチャレンジだったよ。それじゃあこれで・・・・・・『一回』だ。」
・・・こうして、僕と塩川君の壮絶な殺し合いが始まったんだ。退屈に溺れそうだった僕の人生は、塩川少年との思いがけない出会いによって今、まさに変えられようとしていた。




