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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
4章 あいつらの『オリジン』
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40話 もうネタは割れてんだぜ

『執行判決のJustica』が死に、この僕ブラン=ジーナが誕生した、すぐ後の話。


「あぁどうしようねー。毎日この忙しいのに、なーんも面白いことないじゃないか。」


泥沼でスイミングメドレーを披露して見せた僕は、泳ぎ疲れて干物になっている。誰が見ても忙しそうとは思わない脱力具合だが、実は仕事は速いから執務室の引き出しは空、あるのはやけに軽くなった黒い帽子だけだ。愛用していた散弾銃は、南極で見つかったマンモスのひげを飾る勢いで壁に掛けられている。下の目盛りによって、その『亡き死神の鎌』の全長を測ることが可能だ。


「虚しいよー虚しいよー、今はこーんなおいしいお土産を食べたところで・・・・・・おいしいけど。」


白い日差しの下を虚しく散歩したい今の僕には、英雄が着たコートの漆黒が鬱陶しく思えて仕方なかった。僕は目まぐるしいはずの日々を追いかけて既に捕まえたため、模様のいいラングドシャをちびちび齧り、その度に自分で淹れた紅茶の香りで暇を紛らわせていた。


「警備員番号82、玄関担当の吉田です!!」


「ん?どうぞ入りたまへー。」


「失礼します!ジャスッ、ブラン=ジーナ指令長官!!」


なんだその掛け声、シュールギャグかな。一瞬そう思ったが、ノック三回の生真面目警備員が真顔でネジのとんだ一発芸をかましてくるとは考えにくい。となるとやはりあの『ジャスッ』というのは僕の空々しい歴史の残り香なんだろうなと、巡らせて溜め息をついた。


「どうしたんだい?僕はこの通り超忙しいんだけどねぇ。」


「はっ、お忙しいところ恐縮です!!」


「真面目か君は。・・・超忙しいなんて冗談、僕はただのサボりがちなグータラ司令官だよ。それで、その僕に何か用事かい?」


「玄関にやってきた少年が司令に会いたいと申し出ておりますが、いかが致しましょうか!?」


少年。ずっと戦場サイドにいた僕は、少年と呼べるほど若々しい人物に心当たりはなかった。グロキシニアのシア君やペチュニア君とは対面したことがあるが、見まごうことなき女性の子である。しかしはっきり言うが、僕は暇を持て余していたのだ。期待こそしていなかったものの、警備員にはすぐにその客人を通すよう言いつけた。


「やぁやぁ初めまして。僕はとっても偉い執務室警備員のジーナおじさんだよ。」


やってきたのは、ワイシャツを来た学生だった。


「・・・どーも初めまして。ブランさんって人がここいらで一番のツワモノだって聞いたから来たんだが、あんたさんで間違いないか?」


「・・・ああ、いかにも僕が東防衛区司令長官のブラン=ジーナだ。」


僕のうわさをどこかで聞きつけて、思春期の若い子がヤンチャしに来たんだと思ったんだ。だから僕はテーブルの下で、密かに指の関節を鳴らしながら答えたのである。退屈しのぎに軽くこの世の厳しさ虚しさ虚しさを教えてやってから、高いお菓子を持たせて追い返そうと思ったのである。



「なら、ここは単刀直入にいかせてもらうぜ。・・・」


(きなさいよ、少年。)



ここが僕のつまんない世界にやってきた、一番大きな転換点だとは知らずにね。



「───俺を、フロリスにしてくれ。」



その少年は、名前を『塩川亮』といった。



「・・・君はフロリスになりたいのかい?」


「ああ。」


僕はあんまり驚かなかった。なぜって、高校生だ。人類の敵と戦うなんてかっこいいとか、割のいいバイトを見つけたくらいに思ったのだろう。若気の至り、怖いもの見たさ、恐れ知らず、何でもいいが情緒は揺れない。


「一応、理由を聞こうか。」


「フロリスにならない限り、来年から高校に通えない。」


「お金が足りないのかい?」


「まぁ金はない。家賃が底を尽きそうなんでここにきた。」


防衛区近郊の貧乏君か。


「まぁ座りなよ」


「どうも。」


「フロリスの加入条件は知ってるよね?」


「一応法律の原本は齧ってきた。」


「なら分かるはずだよ。防衛法一条にフロリス編入試験の対象は『義務教育課程及び就職適性検査課程を修了した成人』だとはっきり書いてある。君は未成年の中学三年生で対象外じゃないか。あ、そのお菓子も齧っていいよ」


僕はそう諭すのだが、意外にもこの少年は食い下がって見せた。お菓子の方は節度を持って食べていた。


「おぉうま。・・・いや、齧ってきたって言ったろ。それは編入試験の条件であって、実はフロリスの加入条件じゃあない。試験を受けて合格しさえすれば、十五の俺だって立派なフロリスだ。」


「・・・試験を受けられないんじゃ世話ないだろ?」


「そら確かにそうだ。・・・そこで、十二条二項。『正規の手段でフロリスの推薦状を受け取った者は、特例として、得点に補正を行った状態で編入試験を受験することが出来る』。いわゆる特例受験ってやつだ。」


ありゃ、この子思ったより勉強熱心じゃないか。自分もフロリスになれるかも、気づいたことは実践したくなるものだ。


「聞いての通り、推薦状を受け取る対象に制限はないよな。そんで推薦状を受け取ったら最後、俺だってもちろん受験できるはずだろ。『特例』って言葉を使うくらいなんだから。・・・おーなんだこのうまいの、キャラメル?・・・あ紅茶味ね。」


僕は少し面白くて、もうちょっとだけ意地悪をしてみる気になった。


「ほぅ・・・。でも君は『正規の手段』で推薦状を受け取ることが出来るのかな。民間での推薦状の譲渡、販売、複製は固く禁じられてるし、三項。『推薦状の正式な発行は対象者固有の属性が著しく編入試験にそぐわないものと推薦者に認められた時にのみ行われる。』」


「味音痴の中学生なんて属性は編入試験にそぐわないだろ親方。プラス方向の補正だけとはどこにも書いてないぜ?」


土壇場で頭が回るのか、それとも全て想定したうえで用意してきているのか。何でもいいが、僕の情緒は動き始めていた。


「正気かい?君は得点の下がった状態で試験に望みたいみたいだ。」


「十二項、『得点の補正は推薦人の裁量に委ねられる。』宴会芸でも披露してやるぜ。ほらクッキーはがし」


「十三項、『ただし推薦人は裁量時公正な判断を下す義務があり、得点の補正値は管理課、事務局、階級審査員に認められるものでなくてはならない。』・・・つまり小細工は通用しないってことだ。僕は模様まで分けられる」


さて、どう出る?少年。


「凄いなそりゃ、でもまあ宴会芸は冗談だ。・・・それで、俺思ったんだ。推薦状ってば印刷不可の紙切れだろ?そんなもんを一枚一枚あちこちに送ってスタンプラリーをするってのはまどろっこしくて不自然じゃないか?すぐにでも戦力をかき集めたかったはずの時代から、フロリスの法律は変わっちゃいないんだぜ?」


ただの呑気な中学三年生に、ここまでできるものだろうか。僕は何も考えてないようで不意に芯を突く少年に対して、次第に興味が湧いてきた。


「もうネタは割れてんだぜ・・・累進階級法十五条十八項。あんたなら、管理課事務局云々をすっ飛ばして独断発行できるんだよ。四方司令長官の、あんたならな。」


(階級法十五条の抜け穴・・・まさか自分で見つけたのか?)


「それで、僕の元に推薦状をもらいに来たと。」


「ご名答。」


へらへらした若者だが、思ったより筋道を立てて動いているようだ。相手の認める土俵で言論する姿勢を保っている時点で節度がある。ニヒルに笑う肝の座った少年、僕は珍しい生き物に出会った。


「分かった、認めるよ。僕の発行した推薦状があれば、君も堂々と編入試験を受けられる。」


「っしゃ、それなら!!・・・って感じじゃ、ダメかな?」


だが、ここは譲れない。


「まあ残念だけど。・・・ダメだよ、塩川君。君のような若造をフロリスに入れるなんて、認められるわけがない。」


嫌なフレーズだろ。だが僕は腐ってもフロリスの司令長官なんだ。ここで中途半端な慈悲や温情を与えて、何も知らない君に地獄を見せるわけにはいかないんだよ。頭の堅い大人だと罵ってくれてかまわないが、少年少女を死地に追いやる趣味はない。何より君のように前途ある若者を、こんなつまらない世界に招きたくないんだ。


(さ、踵を返せよ、少年。こんな退屈な人間からは、さっさと離れて行ってくれ。)


「でも俺ってばツワモノのあんたに認めてもらって、そんでフロリスにしてもらわなきゃならないんだよ。」


「給料が目的にしては往生際が悪いな、君は・・・。」


「んぁ?確かに足りなくて困ってるけど、金は二の次だぞ。・・・俺は両親揃って一匹の『アリ』と相打ちになったもんで、外にいる『死』ってやつと向き合いに来たんだ。・・・じゃなきゃ、なーんも面白くねぇままだからさ。高校にも通う気にならね。」


「・・・!!」


僕はらしくもなく、細い目を見開いてしまった。注いだ紅茶の香りを楽しまないまま、僕はティーカップをソーサーに置いた。


「・・・・・・君は。・・・君はフロリスになりたいのかい?」


「あ?・・・、ああ。俺はフロリスになりたいんだ。ならなくちゃならねぇと思ってる。」


彼が冷たいところで燃やしていた熱気が、おもりを以て胸を押した。


「・・・学校の後、またここに来れる日があるかい?僕は君をフロリスに入れようなんてこれっぽっちも思っちゃいないけど、君の力量くらいは確かめておくことにした。」


「お、ガチか!?来る来る、明日の放課後速攻で飛んでくるよ!!」


「ふむ・・・いい返事だ。」


僕は、彼の意志に揺らされてしまったようだ。


「っしゃ、楽しくなってきやがった・・・!!そんなら今日のとこはお暇するぜ、お手間おかけした、ごちそうさん!!」


少年はキッと笑って見せてから立ち上がり、最後のラングドシャをつまんで口の中に放る。執務室を出ていく少年の背中に、僕は並々ならぬ予感を覚えていた。

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