38話 僕ってばお喋りだから
「楓が、グロキシニアの妹・・・ッ!?」
それは不意に、ほとんど前触れもなしにブラン教官から告げられたことだった。
「最初はただの年端も行かない思春期ちゃんとして家に帰そうとしたんだ。けど君が戦場で拾ってきた家出娘ちゃん、いくつかの軽い質問になにやら勘の鋭い返答をしてくるじゃないか。そこで僕取り出しました、ちょうどそれまで遊んでたトランプカード!」
「一人トランプ遊びしてたのか・・・」
「それで僕がてっきとうに選んだカードを三枚、伏せたまま机に置いてみたするとどうだ!!楓ちゃんはその数字と模様を、三枚とも物の見事に言い当ててくれちゃったんだあーこりゃ吃驚!」
「概算、十五万分の一だぞ・・・」
楓、やはりえげつない異能の持ち主だ。それを上回る超直感を保持しているとすれば、楓の姉エルピアがグロキシニアであることも容易に頷ける。同じような移動経路の二択ですら兵士何百人もの命が左右されるのだから、行く道を見守る『大証人』は勝利を導く希望の星、グロキシニアとなるわけだ。
「凄いものを披露してもらったからね、僕は感激して、帰らないって聞かない楓ちゃんに住む場所をプレゼントすることにした!!」
だが、話が別だろうブラン教官。
「それで楓ちゃんは君の元に泊めて、今日からはその家で一緒に過ごすことになったってわけさ!!」
ゲウムの俺が『大証人』様の妹と同居ってのは、月と鼈じゃないのかね。
「いやいやちょっと待て教官。別にその辺の宿泊施設とかで良かったろ!?その感じだと俺巻き込む必要なかったよね!?」
俺は抵抗する。彼女の背景が以前にもましてビッグになっていく今、なおのこと俺があの豪邸に住む理由は希薄になっていくはずだ。今んとこ俺の肩身はどんどん狭まっていく一方である。
「何をおっしゃいますか若旦那。彼女は君が拾ってきた招き猫ちゃんで、君は唯一彼女に警戒されないフロリスなんだぜ?」
だがそこで急に声色を変えて、ブラン教官は言った。
「───監視役として彼女を見張り、彼女を利用してエルピア君に接触するにはピッタリの逸材だ。」
底のない落ち着きと、凍るような冷酷さを持った言葉だった。
(あいつに近づいて、エルピアなんたらをグロキシニア第四部隊に引き戻すよう取り計らえってのか?)
「もしそのエルピアって人を、グロキシニアに戻したら?」
「それからもやることは同じさ。君には強引にでも彼女と仲良くしてもらって、逃げようとするエルピア君にとって都合の悪い条件を出せる状態を維持する。・・・優しい君にハッキリ言うよ。要するに、『人質』ってこと。」
「ッ・・・!!」
時に彼女を誘惑し、騙し、懐柔し、篭絡して、利用する。仮初の関係を築いて、エルピアが復帰した後もずっと、人質として彼女を騙し続ける。それが、俺の役目だって言うのか?
「・・・それが、フロリスの意志なのか?」
「うん、生憎だけど。」
俺はバッと振り向いて、楓のいる屋内を見る。二人分の平皿と、料理をする楓。目が合った。ガラス張りの檻の中で、彼女はあどけなく笑い手を振った。
「っ・・・!!」
俺は手を振り返すことが出来なかった。代わりに歯を食いしばって、自然と力が入る拳をどうすることもできない。意気地のない俺では、あいつをくだらねぇぬかるみから引っ張り出してやることができないのか。心の奥底から、赤い悲しみが泉となって湧き出た。
「───っていうのは建前で、ここからが本題!!」
「・・・・・・え?」
日が沈み切ってから、ブラン教官の明るい声が戻った。
「実はさ、無理に仲良くしようとするとバレるかもしれないから、塩川君には何も伝えるなって指示が出てたんだ。・・・あでも僕ってばお喋りだから!!間違えて塩川君に全部漏らしちゃったよ!!なはははは!!」
「なっ・・・!!」
「それどころかあれあれッ!!この通話、間違えて別の人の端末にも繋がっちゃってる!!まさか今までの会話、全部誰かに聞かれていたのかい!?」
そして侵入する、聞きなれた声。
「はーい。私が人質にされる件も、全部筒抜けでーす。」
「楓!!?・・・ッ教官、あんたって人は!!」
上からの指令、はたき落としやがった。
「なっはははははは!これだから独断専行はやめられないよ!!白箱にこもってるお堅い上層部の連中を完全に出し抜いた感覚だぁっははーい!!」
そうだった。教官はこういう点でネジが吹っ飛んでて、俺らゲウムみたいな落ちこぼれのために平気で上を裏切るイカれ眼鏡だった。
「それでなんだけど。・・・本部の委員会が立てた計画をおじゃんにしちゃった今、僕個人から塩川君に、もっと大きな任務を依頼しようと思うんだ。」
教官直々の依頼、話がぶっ飛んできやがった。
「フロリスが考案した人質作戦だけど、それはエルピア君が自ら戻ってくれなかった場合のプランオメガ、あくまで最終手段なんだよね。だから君には、本部が強硬手段に出る前になんとかして欲しい。なーんも面白くない未来を、君の手で叩き潰すんだ。任務内容はいたってシンプル、『エルピア君を見つけて、グロキシニア第四に引き戻す』!!」
「・・・それ、結構えぐいこと言ってるよな・・・!」
「あ、分かっちゃう?フロリスの敏腕パトロールがいくら探しても見つけられないエルピア君を見つけて、誰も説得できないエルピア君を説得するんだ。まぶっちゃけ、激ムズだよね」
「激務ズだな、そりゃ。」
「私も協力したいけど、ちょっとできること少ないかも。お姉ちゃんってば、私の前だと強がって意地張っちゃうだろうから。」
申し訳なさそうに笑う楓の顔が見える。
「楓ー、ただ見てる分際ですまないんだが、そのまんまだと味噌汁吹きこぼれるぞー。」
「えっ、───あわわやっば、ちょ、ちょっとごめん、切るね!?」
「言わんこっちゃねぇ。」
あの慌てようから察するに、料理の失敗は滅多にしないんだろう。お得意の勘が鈍るほど姉を心配するんだ、良い姉妹してるみたいで何よりである。
「やっぱ、これ以上辛い目には合わせたくねぇよな。」
「姉妹のことは、楓ちゃんから聞いてるよ。・・・君一人でやるんだ、やれるかい?塩川君。」
「やるさ。」
「はい聞いた。」
「あんたの方はいいのかよ。指揮官が上からの指令突っ撥ねたなんて知られれば、最悪フロリス突っ撥ねられるぞ」
「知られないよ、隠すもの。」
ブラン教官は軽く短い言葉の上に重みを乗せるのが上手い。カリスマとはこういうのを指すのである。
「だってさぁ塩川君。騙す殺すの二者択一とか、そんなつまんない世界に興味ないよね?一人の想いだって犠牲にしちゃダメなんだよ、僕たちは。僕も昔はあっち側にいたし、上層部の考えがこれっぽっちも理解できない訳じゃないけどね・・・それでも今、役立たずと罵られるゲウムを請け負っていて思うんだ。」
そしてこういう時、必ず俺に道を教えてくれる。それがブラン=ジーナという名前の教官だった。
「僕らは古代兵器に銃口を向けてこそいるけど、闘ってるのはもっと異質な何かなんじゃないかってね。だから何体倒そうが、実はあんまり関係なかったりして☆」
今まで何体でも倒してきたであろう男が、俺にそう言うのだ。そりゃ、痺れるものがある。
「それじゃ。健闘を祈ってるよ。」
(君の役目は正真正銘、彼女ら姉妹とグロキシニア第四部隊と、そして他でもない僕を救うことだ。任せたよ、塩川君。)
「・・・ああ、任しとけ。」
俺は通話が切れた後に、小さく呟いたのだった。




