37話 夢のガラス張りライフか
「では、我々ドライバー研修生は撤退いたします!ご搭乗ありがとうございました!!担当は運転席担当と!」
「助手席担当でした!!」
「うん、そらそうだ・・・。」
「前後方確認よし!」
「右左方確認よし!残業手当なし!」
「プログレス!」
「オーバードライブ!!」
やかましい掛け声を双方放ちあって、二人のドライバーはそそくさと帰っていった。助手席担当は、最後まで助手席に乗ったまま何もしなかった。
・・・
・・・・・・
「こいつが夢じゃないなら・・・なんだって言うんだ。」
豪邸。一時間後に座っていたのは、東防衛区西の小丘の上、近代的な豪邸の黒色ソファーだった。
角ばった直方体とフラット屋根、白と黒と、そして強化ガラスが張り張り。とにかくガラス張りの張り張り加減に驚愕して、俺は失った現実感を探しに行けないでいた。横に伸びた廊下の側面が透明で、そこからほとんどすべて見渡せるのである。何が見渡せるかというと、庭と空。寝て起きるために存在していた概念に、庭がついていたのである。
「広くて綺麗で外がよく見える、うん、いい部屋!」
「プールとブランコは・・・必要なのか・・・!?」
理由が分からなかった。ガラクタを使って戦うゲウムは、おんぼろの屋敷に住んでいるはずだった。
「な、何が起こってやがる・・・!!」
台所にあるべきガス台と五徳は存在しておらず、代わりにそれらしい平面には『IH』との記載が成されていた。恐る恐る加熱ボタンを押すと、平面に書かれた円形の模様が赤熱して光を放った。迅雷蜂シア=フリージアとの邂逅と種類を同じくする雷鳴が、俺の脳内に迸った。
「こんな、───ッ!!?」
後ずさった足がキュッと鳴って、俺は発狂しそうなほどに恐怖した。これが佐藤の言っていた『計り知れない恐怖』というものなのだろうと、俺は本気で思った。落とした卵をそのまますくって使えそうな床に、俺は開いた口が塞がらなかった。
(なんだ、この感覚ッ・・・物凄く、罪を犯している気がする・・・ッ!!)
「右手が・・・震えている・・・ッ!!」
「確かに、すごく贅沢だね。」
ガッタガッタ震えやがる手首を掴むと、掴んだ左手も同様に確からしかった。このインテリジェンス過多な大邸宅はライラックの試作建築物で、試験者となったゲウム第七部隊に完全に譲渡されたものらしかった。俺はこの家を、所有者として譲り受けたらしかった。俺は舞い降りた幸運に、ゴーレムの頭より高く舞い上がってしまいそうだった。
(いや待て、違う。食堂の天かす無料サービスを罪深いほど贅沢に感じていたあの感覚が薄れるのは、断じて俺の望みではない!!)
我に返った。俺が欲しいのは喜びに足り得る現実ではなく、現実に喜ぶ謙虚でへりくだった精神の方だ。はき違えるな塩川亮、お前の財産のあるところに、お前の心がある!
女子力の高い後輩のいる、住みよい夢の高級住宅がなんだ、俺は血を流して苦しむやつらのために喜んで血を流すフロリス、自分を犠牲にしてこそ自分を得る戦士になってやる。馬鹿にしてくれるなよ、『腐ってもフロリス』と名高い(名高くはない)ゲウム第七、意地の見せどころだ。
俺はそう意気込んで意味不明なガラスドアの黒いノブを下ろし、上品な芝生を蹴って走り、ブランコの上に立ち、オレンジ色の日が沈んでいく方角を眺めた。そしてポケットから取り出した端末のアドレス帳を流して、その発信音を高らかに鳴らした。
「やあやあ塩川君、僕ももうじきかけようと考えてたとこ。新居のことだよね?」
「ああそうだ、ブラン教官。」
あの夕日が彼方山の下に沈んじまう前に言うんだ、その時は思ったより近い。
「こいつがどういう風の吹き回しかは知らねぇけどな・・・ここは単刀直入に言わせてもらうぜ。」
あの直方体に安住したい願望が牛肉みたいに嚙み切りづらかったから、俺はわざと声を大にして、絶景に向けて犬歯を尖らせて言い放った。
「───この家は楓に明け渡して、俺はここを出ていく!!」
(みさらせ、これが情けない貧乏人なりの、武士道!)
「理由を、聞こうか。」
「俺は財産に酔いしれるより前に、自分の財を手放せる男でいたいんだ!・・・快適な家より先に〇七式全身武装、〇七式全身武装より先に、強靭な意志を得るために!!」
ブラン教官は少し黙って、それから拍手の音と、大きな笑い声を受話器に響かせた。
「なっ、はっはっはっはっはっは!!はーっはっはっはっは!!」
それから、続けた。さながら滑稽な大馬鹿ピエロを称賛するように、魔王を倒した勇者を、惜しみない賛辞を以て祝福してくれるように。
「・・・よくぞ、そう言ってくれた!!」
俺は怯むように口角を上げた。
「僕は今、歓喜で心が震え上がっているよ。君は途方もない愚か者で、純粋に求むべきものを求める力を持っている。・・・それでこそ、僕の見込んだ男だ。」
「はっ、こちとら伊達に見込まれちゃいねぇのよ。」
「ああ、君は、本物の戦士だ。」
これでいい、愛するブラン教官に認められる行動ができたのなら、それだけでいいんだ。俺は最悪あの熱帯地域でも、回りの悪い扇風機で運命に抗って生きていくのだ。天かす無料の金曜日を待ちわびて、月曜の朝を食パンの耳で乗り切るのだ。想像しただけで胸が苦しい。けど、後悔するほどじゃない。
(さよなら、夢のテラスハウス。今帰るぞ、寂れたドミトリー。)
「・・・それじゃ予定通り、その邸宅は君が使ってちょーだいっと。・・・いやー、これで塩川君も夢のガラス張りライフかぁ。執務室には高そ~なステンドグラスがあるけど、開放感がないから羨ましいよー。あ、今度遊びに行ってもいいかな?きなこ味の大福もってくから、その意味不明なブランコで一緒に食べよ☆」
「え、っと文脈これであってる?」
遠くの空で、雲行きが怪しくなってきた。
「いやいや合ってるとも、自然な流れでしょーよ塩川君。今君が頼れるフロリスだってことが証明されたから、その家を任せて正解だったって分かったんじゃないか。」
「いやだからって、ゲウムで俺だけこんな贅沢!!」
「のんのん、君たちにその家を明け渡すのは、なにも行列叩きで頑張った君へのご褒美ってわけじゃない。むしろ大きく見れば、人類の未来のためなんだ。」
「は、あんた何言って───」
「───稲佐楓ちゃんは、失踪中のグロキシニア第四部隊副隊長『大証人エルピア=イン=アーサー』の妹だよ。」




