36話 気前よく使うのが一番
「ふいー、ただいまよー。」
「あ、亮お帰──」
「───どわぁ誰!?・・・ってあぁ、そういやお前いるんだったな。」
いつもの一人ルーティンに女声の返答が帰ってきたもので、てっきり部屋どころか帰る家まで間違えたかと思ったが、良かった、ただの楓だ。
「ただの楓言うなやヘタレドビビり」
「言ってねぇよ・・・?ん、なんかバカみてぇにいい匂いするんだが。」
「えへへ、やることないからクッキー焼いてみた。亮も食べていいよ。」
「お、ガチか!いただきまぁ、あ?」
「どしたの?」
「これどこで焼いたんだ?」
「オーブン買った」
「んなっ、お前!!」
見ると、しっかり置いてある。その大型オーブンは部屋の中枢に陣取り、どっしりと構えて行く手を阻んでいた。
「寝て起きるための狭い空間になんてもんっ!こんなデケェ熱源部屋に置いてみろ、一晩で熱死しちまうぞ・・・あと位置!もうちったマシな位置あったろ!?なんっでど真ん中に置いちゃおうと思ったんだこの茶目っ気女子高生!!」
「あーもうるさいうるさいよぉ亮はもうっ、動かせばいいんでしょ!このオーブンはリラ社の最新型で見た目より軽いし、ケイジング構造だから廃熱処理も必要ないやつなのっ!」
「な、なにっ!?」
リラ社と言えば、フロリスの研究機関ライラックの息がかかった影の名家電メーカーだ。一国を揺るがしかねない技術を扱うから、正規ルートでは入手できない代物のはずなんだが。
「お姉ちゃんの知り合いにお願いして手配してもらったの。ちょっと多めに払ったらおっけーしてくれたんだって。」
「流れるような職権乱用。姉貴はフロリス関係者なのか?内地で法務やってるとか」
「それは内緒だけど。いいから一口食べてよ。ほら、あーん」
「うまっ。超うまいな。」
(あれ、亮全然照れてない・・・。)
「・・・ほんとに?」
「ああ、見た目も可愛くて最高だとも。こういうの見てるだけで幸せだ。」
焼き菓子をしようと思ったことがあるが、焼かれる段階で膨らんだり固まったりするものを前もって整形しておくのは至難の業だった。猫をなぞらえたアイスボックスクッキー、本当によくやるものである。
「あ・・・そう。」
(・・・亮、なんか小慣れてる?)
「いやー、楓もこんなにクッキー焼くの上手いなんてんなー。」
(・・・『も』?)
楓はやたらそわそわしてるが、何かしでかしたんだろうか。床に卵落としたとか小麦粉撒いたとか、料理人特有の悲しみがあったなら拭ってやりたいが。それともこのクッキーに何か仕込んだんだろうか。万年安月給暮らしの舌が肥えているはずもなく、俺は何も分からないままその紅葉を模したヘアピンを眺めていた。
「亮は、さ。手作りのお菓子って好き?」
「ああ、そりゃもう大好物だ。同じ高校の幼馴染がよく作ってくれるもんで、クッキーなんか特に好きだぞ。」
「・・・写真見せて」
「クッキーの?」
「その人の!」
急な要求だった。俺は思い出の写真を紙に刷る習慣がないから、てきとうに引き出しを開けて出てくるのは一枚しか使わなかった証明写真ぐらいなのであるが。
「スマホに入ってっかな・・・お、あった。クラスの集合写真だ。」
横画面にした端末を、楓は食い入るように眺めた。
「わわ、美女ばっか・・・」
「皆馴染みやすいメンツだぞ。そんでほら、この一番前に座ってる奴。」
「ね、その人なんか特に、・・・はぁっ!?この人が幼馴染!?」
「その通り、この真面目で気立てのいい白髪が、俺に不相応な程よくできた幼馴染だ。」
萌音は特別切れ者ってわけじゃなくてもひたむきに頑張れるし、それでも怠け者に手を差し伸べるいい奴だ。実際こいつのことを褒めだすとキリがないのだが、俺が質の軽い賛辞を並べても虎の威を借る狐というか、小者饒舌である。誰かの魅力を語り切るだけの見識を、俺は持ったことがない。
「この人が、亮にクッキー焼いてくれるの?」
「お前だって焼いてくれたんだ、縁があればおこぼれに預かることはあるだろ。」
「へ、へぇ。」
「というか楓、こういう小洒落たのも作れるんだな。二人暮らしの家事なんかやってると、人類は電子レンジしか使わなくなるもんだと思ってたよ。半ギャルとは思えない。」
楓が持っていた皿からもう一枚拝借して、白黒チェックのひし形を表裏させてみる。やはり、食べるのがもったいない造形美だ。しかし口にすれば、また贅沢な味がする。具体的に何の味かって聞かれると、あんまし良く分からないが。
「半ギャルじゃねっつの。・・・喜んでくれたならいいけど。」
「オーブン代、少し出そうか。」
「ふふ、ざっと二百万したけど。」
「げぇっ!!?」
想像の二十倍した。
「いいよ、お金なんか。どうせお姉ちゃん財閥に頼れば誤差だし。私の勘だって、悪用しようと思えばいくらでも稼げちゃうんだから。なんの賭け事したって儲かるし、最悪銀行強盗したって逃げ切れるんだよ。」
「自制してるのか。」
「そう、偉いでしょ。どれがいい道かなってしっかり考えてはじめて、私はこの能力を使う側になるの。お金は軽ーく持って、気前よく使うのが一番!」
楓の力の危うさと、それを制御する楓自信の気量を再確認した。俺はここで、置かれた高級オーブンに好感を持った。
「なるほどな。だが、出会って二日のどこぞのゲウムに脇腹を見せるのは、正直いただけないんじゃないか。俺が豹変して襲い掛かりでもしたらどうするつもりなのかね・・・あぁ服装がどうこうって話じゃなくて。」
「分かってるし、分かるわ、なめんなマジレスゲウム!・・・亮だから言ったんだし・・・。」
「何て?」
「うっさい。お腹すいた。」
「あ、そうそうだよ楓。飯は何処で食うつもりなんだ?ここに在るのはおんぼろ電子レンジと・・・ハイテクオーブンだけだぞ。」
近いうちに俺が愛したおんぼろが一斉に駆逐され、ハイテクIHやらなんやらが横行してしまうような、そういう類の嫌な予感がした。
「えへへ、それなんだけど。・・・うん、そろそろ来ると思うよ。」
そして、俺が悪い方向に巡らせた予感というものは、大体当たってしまうのだった。
「失礼します!僕らフロリスのドライバー研修生、運転席担当と!」
「助手席担当です!!二人合わせて、」
「「ドライバー研修生です!!」」
「いや、そらそうってか・・・どういう?」
「こちら、引っ越し予約のゲウム第七部隊さんで間違いないでしょうか!?」
「・・・・・・、あ?」
「はーい、間違いないでーす。」
「おい、楓?」
ゲウム第七が、引っ越し予約。俺にはそう聞こえたが。
「ほーら、説明はあとあと!どうせ荷物少ないんだから、早く外のトラックに運び込むよ!」
・・・トラックに、荷物を運び込む。ゲウム第七が?ゲウム第七というのは、俺だ。俺はトラックに荷物を運び込む?脳が、まともに働いていないようだった。
「うん、詰め込み完了っと。もう出ちゃっておっけーでーす。」
「かしこまりました!運転席担当、出発します!」
「助手席担当、着座します!!」
「んじゃ、ゲウム第七の『新居』に向けてれっつごーっ!」
俺はこうして強盗に遭い、ドナドナと音を立てるトラックによって拉致されたのであった。




