表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
3章 『歌壇高校』の二年Ⅾ組『居眠り担当』No.18:塩川亮
37/68

35話 そんじゃまたな

「ッ・・・、塩川が、フロリス・・・!」



佐藤は目を見開いた。信じられないと言いたげだが、疑ってはなさそうだ。



「そ、戦場(あっち)サイド。防衛区の外で超古代文明の兵器と戦ってる、フロリスの兵士階級だ。」



歌壇高校の人間に打ち明けたのは、佐藤が初めてである。だがこれでいい、これでいいと心が言っている。責任は俺が取らなくっちゃならない。だが佐藤自身も望んだことだ。広まりでもすれば最悪フロリスをクビになるが、そういう時は一期一会って一言に助けてもらうさ。



「フロリスは、特殊な訓練を受けているのか・・・?」


「内地から見れば随分特殊だけど、訓練じゃねえよ?実戦で強くなる。」



それから佐藤は、一度立ち止まって深呼吸をした。はやる心を、歩きの帰り道に持って帰ってきたようだ。



「聞かせてくれ。・・・握力は、どうやって鍛えたんだ?」



佐藤は覚悟を決めたみたいだった。俺も少し考えてから、佐藤を地獄の一角に迷い込ませる覚悟を決めた。



「・・・三度。踏ん張ったが堪えきれずに、死にそうな仲間の手を放したことがある。そんで三度両手の平が血まみれになるまで握りしめたら、握力は強くなった。」


「そう、か。」



最初に気付いたのは、萌音の寿命を知った半年後ぐらいだったか。俺は自分の筋力が現実的じゃない成長を続けていることを、目の前で千切れたドアノブによって知らされた。



「足は・・・どうして速くなった?」


「それは、七度だ。仲間が敵に殺される間に尻尾巻いて逃げ帰ることを、戦場で七回やった。」



自分の不甲斐なさに苦しんで苦しんで、逃げ足だけが着実に速くなっていく。思い通り助けられないまま、俺は成長と呼んでいいものかも分からない歪な変化を繰り返していた。



「動体視力と反射神経は、どうやって鍛えた?」


「反応が三秒遅れて三人死んだこと、二秒遅れて二人死んだこと、一秒遅れて一人死んだことが、それぞれ一回ずつだ。」


「・・・そうか。」



佐藤は他にこれといった反応をしないで、テキパキと歩いている。だが問いかけと問いかけの間には、必ず短くない時間が空いていた。



「肩は、どう鍛えた。」


「ガラクタみたいな銃が弾詰まり起こした日は、腕が青くなるまで鉄パイプ振り回す。赤に戻ってまた青くして、腕は『死に慣れて』くれば、だんだん面倒になって色を変えなくなる。」


「長座体前屈は。」


「長座は本気でやって70」


「・・・そうか。」



黒、白、青で揃った中央区の駅が見えたあたりで、佐藤は質問をやめた。尖っていた佐藤の髪は、既に湿って倒れがちになっていた。



「・・・俺は、不必要だと思ったものをとことん切り捨ててきた。」


「そう見えるよ。」


「勉強も、遊びも、人間関係も切り捨てて、無駄を省いたトレーニングメニューに打ち込んで、短期睡眠の妙も身に着けた。俺の人生のほとんどは、肉体を鍛えることだけに費やしてきたはずだ。」


「ああ。」



佐藤の鍛錬は本物だ。才に溺れるだけの半端者ではつかめない力量と、覚悟を持っている。



「てっぺんまで昇り詰めたと、そう思ったんだがな・・・。」



強い風が空いて、広葉樹の葉が踊る。二人して雨の礫を喰らうと、佐藤は木陰を抜けるまで数歩歩いていって、細くなった前髪を掻き上げながら空を向いた。



「・・・・・・ああ、そうか・・・。」



それから立ち尽くして、震える声を隠さずに言ったんだ。



「俺の世界は・・・ずっと狭いままだったんだな・・・・・・っ」



佐藤の目から、鱗が落ちていた。堰き止めていた目の水がとめどなく流れ出て、顎の先で雨水と混じっては零れ落ちた。天気雨が降っていた。空は晴れていたが、雨は降り続いていた。



・・・・・・


やけに広いバスターミナルを縫って、広場を真っ二つに裁断して、改札前。定期券を取り出して振り向いた佐藤は、行きがけより顎の角が良く見えた。



「付き合わせて悪かった。塩川の素性については、誰にも口外しない。」


「助かるよ。・・・それじゃ、俺は向こう。」


「防衛区方面に乗るのか?」


「そら、フロリスだからな。」


「ふむ・・・そういやそうだったな。」


「・・・天然か?」


「冗談というやつだ。塩川も、良く授業で冗談を言うだろ。」


「っはは、ちげぇね。・・・・・・気ぃ付けて帰れよ。」


「ああ、塩川も。」



防衛区方面とセントラルフロリス方面に分かれ、俺と佐藤は挨拶を交わした。だが佐藤は俺の名を呼んで、またもやこの足を引き止めるのだった。



「・・・なんだよ、まだなんか聞きたいことあんのか?」


「いや・・・特にない。お礼でも言おうか迷ったんだが、その顔に言うのは煩わしいからやめた。」


「けっ、いちいち言わんでええわい。・・・・・・そんじゃまたな。」


「ああ、また。」



二度目の挨拶を交わして、背を向け合うが笑う。気づけば天気雨が止んでいたこと、思えば佐藤が俺の前で笑ったのは今が初めてだったかもしれないということを、俺はレールに乗ってから気付いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ