30話 守っていきたい景色です
「次、反復横跳び。」
二十秒の高速移動でも、平均60回なら、佐藤は90回。見るからに異常なレコードホルダーが、俺の目の前にいた。
「ま、まぁ塩川、お前の80も相当すごいと思うぜ。」
「ドンマイ塩川!!」
「はは、は・・・はぁ。」
「はい、これで室内科目は終了です。皆さんは外履きに履き替えて、禁煙の校庭に出てください。」
「校庭は何処も禁煙だっつの。」
ヘビースモーカーの教師にあきれ返りながら校庭に出ると、萌音の姿が見えた。周りをクラスの女子たちが取り囲んでいる辺り、アイツはここでもその一生涯のひたむきさを遺憾なく発揮してきたらしい。
「姉崎さんって運動神経も良かったんだ。文武両道で凄いにゃー。」
「そうそ、これが萌音クオリティーなの。でも意外とドジだから、高嶺の花ってわけじゃないのよねぇ。・・・うーん、そこが好き!!」
「もう、人聞き悪いこと言わないでください。私別に、ドジではないです。」
「そんなこと言っちゃって。今日だってほら、朝からずっと立ってるよ?可愛い枝毛ちゃん。」
「はっ!!なんてこと・・・。」
皆こういう機会には打ち解けやすいというか、やはりどうにも楽しいものだ、身体能力テスト。皆各々に似合うウィンドブレーカーやらジャージやらを着用して統一感がないが、ニーズに合わせて校則が緩くなっているのも歌壇高校の持ち味というか、花のある学校生活である。
「さ、男子の皆さんもお集まりですかー!次は男女合同で百メートル走ですよ。出席番号順に並んでねー!」
女性陣を率いてきたのは副担任、赤ジャージのアヤメ先生。活発で元気ハツラツ、白衣でぼさぼさ頭の我らが担任イカリ先生とは対照的な、陰陽の陽を担う竹割り女性教員だ。
「相変わらず元気ですね、アヤメ先生は。」
「イカリ先生は相変わらず気だるげですね、うんうん、目が今日も腐ってる!!」
「日陰者には眩しいんですよ、色々と。」
「そんなこと言っちゃってますけど、いつも一歩後ろから生徒たちをニヤニヤ眺めてるあの絶妙にキモイ顔!!私は知ってるんですからねー!!」
まぁ実はこの光と影、歳と性格はかけ離れているが意外と相性抜群だったりするんだ。俺たちのクラスは結構居心地がいいのである。
「君、新任の割に大分いいジャブ飛ばしてきますよね・・・さっさと測りますよ。まず女子生徒から。」
「お、早速萌音の番か。・・・運動会張りの声援だな。」
一走は姉崎と女子陸上部の井口、うちの女子エース対決だけあって声援の黄色が濃い。高二になっても短距離走の計測ごときに声を上げるようなところが、うち二年D組の幼稚で温かい特徴だ。
「頑張れー。」
聞こえようもない声量で俺も加わってみたが、萌音が一瞬こっちを向いたような気もした。
「・・・姉崎は速いのか?」
「いいや、佐藤が認めるほどの記録は出せないと思うぜ。・・・然れども、雨垂れだって石を穿つ。あの足は元々病弱だったお嬢様が肝胆を砕いて得たものだから、───結構速いんだ。」
フライングを全く疑わせない静止ぶりと、綺麗な走り出し。萌音らしい走り方だ。アスリート同然の走りを見せる井口に喰らいついて、縮められない数メートルを繋ぎ止めている。結果、二人の記録は十二秒台のピンとキリに収まった。
「はぁっ、はぁっ、井口さん、やっぱり速いですね・・・!」
「・・・萌音ちゃんも、思った通り侮れなかったよ。」
自分が勝ったのに萌音宛ての声援が沸いている状況を見て尚、清々しい表情で萌音と会話している。純然に競い勝つも驕らず、井口はあれだから人望が厚い。机に向かってペンを持ったときのへなちょこぶりも相まっていいキャラしてるのだ。花のあるトップバッターが良いスタートを切ったことで、二走以降も活気づいた。
「次は男子の番です、輝かしい未来目掛けて全力で駆け抜けてください。」
「そのテンションで言う台詞じゃないぞーイカリ先生。」
「本来なら運動会でしか吐かないようなベタコメントを甘んじて放っただけマシと思ってください。」
「っしゃ、女子にいいとこ見せろよ、男子諸君!!」
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
雄たけび上がる中、イカリ先生はぼそぼそと呟く。内容を聞いていたのは、おそらく隣にいたアヤメ先生だけだ。
「・・・本当に懐かしいですね。私も高校生の時は、ただの計測にもあれだけの全力を注ぎ込めていた気がします。・・・三年前に天災に見舞われて尚、この景色が保たれてよかった。外で戦っている皆さんに感謝しつつ、私たちが守っていきたい景色です。・・・これでも私、陸上部でエース張ってたんですよ。」
「イカリ先生・・・。似合わな。」
アヤメ先生の痛烈な一言が零れた、昼下がりのグラウンド。フロリスが命を懸けて護る価値は、十分にあったと思う。




