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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
2章 『女王アリ』と『ゲウム第七部隊』
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28話 これから忙しくなりそうだ

腕組して窓の外を眺める俺。後ろの椅子に腰を下ろしてやがんのは、ラフな格好をした女子高生だ。


「・・・・・・帰れ」


「やだ」


「いーや帰れ。」


「やーだ。」


急に押しかけてきた家出娘、さっきからこの調子である。だが俺は俺で、折れるわけにもいかない理由があるのだ。


「こればっかりは譲れないな。家出中の女子高生泊めて未成年誘拐罪に問われるのはごめんだ。まぁ泊めてやりたい気持ちは山々なんだけどなぁ、フロリスの善意は思慮深くないといけないんだよなぁこいつは困った。ということで帰れ即刻家族の元へ帰れ。」


「やだったらやーだ」


なんて強情な小娘だ。しかし俺はこの狭いドミトリーを守り抜き、深夜ドライヤーの音で目が覚めたり、気づいたら部屋中に物が散乱してたりする悪夢からは絶対に逃げ切らなければならない。何より今日出会った女子高生と同居は倫理的にまずい、気が触れているとしか思えない。


「駄々をこねても無駄だッ!!俺は公私はっきり分けるタイプだからこういう妥協はしてやらないんだぜ!!サボるときにしっかりサボれるようにな!!」


俺は振り向き、声に乗せれるだけの迫力を乗せて言い放った。これこそが『腐ってもフロリス』と名高い(名高くはない)ゲウム第七部隊の底意地である。これで、非日常に夢見がちな十六歳児を現実に叩き落すことができる、はずだった。


「声でかいし、そんなの知らない。もう夜遅いし、鍵だってもう貰ったし!!」


「鍵だぁ?・・・・・・え、ガチ?」


現実は、非情だった。


「ほら、これブラン教官って人が」


「ブラン教官ッ!?」


俺が驚いた隙に、楓は鶯張を軋ませて歩く。右隣を通り過ぎていった猫を捕まえることができず、俺は彼女が荷物と腰をベット脇に下ろすのを許してしまったようだ。


断念した俺はカフェインレスの茶の葉包みと湯呑みを引き出してきて、ケトルの水を換えてから二人分の茶を淹れた。



「だぁ、しゃーねぇ。あの眼鏡が認めたってんなら悪いようにはならないんだろ、きっと。」


「あの人只者じゃない感じしたけど、有名な人?」


「能力があるのに昇進もしないで、役立たずのろくでなし集団なんかの面倒見てる変態ってなもんで、フロリス内部じゃ結構名が通ってる。」


「ふーっ、なんかしっくりきたかも。・・・ふーっ。」


楓は両手を温めるように湯呑みをつかんで、かつ唇を尖らせている。


「熱いお茶苦手だったか?牛乳の方がよかったとか。」


「ううん、猫舌なだけ。」


「猫は牛乳好きだろ?だがすまん、うち冷蔵庫の効きが悪いからコーヒーフレッシュしかないんだ。」


「別にいいし。私猫じゃないし。」


言いつつも要らないかと聞くとそうではない。俺たちは二人して湯呑み入りのミルクティーを飲んだ。半ギャルが入居した晩にしちゃ静かな、ゆったりとした時間が流れた。楓が洗面台を使ってる間、俺は月を見て歯を磨いた。


「横で磨いたってよかったのに。」


不意に彼女が言って、俺はちょっと考えた。


「ここはシェアハウスじゃなくて兵舎だぜ?ルームメイトだからって理由だけで、必要以上に馴れ合わない方がいい。」


もとより人はいつ消えるかわかんねぇもんだから、束の間でも関係を深めるに越したことはないと思ってる。だがそれでも、近くの人間が急に過ぎ去ることに慣れなきゃいけない道理なんてない。おそらく楓は相手が誰だったにせよ、ルームメイトを大事にする度量を持っている。しかし悲しいかな、戦場サイド、とりたてゲウムの下っ端なんざ言ってみりゃ蝉みたいなもんだ。短い間喚きはするものの、すぐに朽ち果てるのが自然な流れだ。部屋に留まっているやかましい蝉に人並みの温情を与える必要はない。


「───へぇ。怖いんだ?誰かに好かれるの。」


ちょっと怒るかと思ったんだけどな。楓は気付けば俺を試すように笑って、それとなく背けた視界にグイと顔を侵入させてくるのだった。


「でもそんなの知らない。亮が良いって私が言うんだから良いの。」


よく見える瞳孔に図星を突かれた俺は流石に少したじろいだが、そう悪い気分でもなかった。


(・・・ま、そんならいいや。)


「・・・そのまつ毛、後付けかと思ってたよ。半ギャルは素顔を見られたくないもんかと思ったけど、お前が良いって言うんならしょうがないな。」


「は・・・!?っ顔!じろじろ見んな!」


「お前が言うな生粋の半ギャルめ」


「うっさい半ギャル言うな、・・・うぁ、もう着替えるから出てけ!!」


すぐ手の出る楓は俺を洗面所の段差の下に押し出して扉を閉め、今度は全身パジャマになってぷんすか言いながら出てくる。おやすみと強く吐き捨てたきり有無を言わさず梯子を上っていったから、俺は部屋の明かりを消して下の段に収まった。


体力は既に限界を迎えていたはずだが、不思議と眠気はやってこなかった。部屋が暗くなったらすぐ眠ってしまうだろうと踏んでいたのに、俺は一時間も真上の木材を眺めてしまった。



・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



「・・・」


「・・・ねぇ、まだ起きてる?」


不意に板の隙間から、楓の声が聞こえた。


「なんだ楓、初めての二段ベッドで旅行気分か?」


「亮だって寝てないじゃん。・・・別にいいでしょ、今日くらい。思い出話ぐらいさせてよ。」


「・・・ちょっとだけだぞ。」


二段ベッドの上と下。軽い毛布と心地よい沈黙が穏やかなピアノソロを、何言ってんだ俺は。



「・・・私さ。お姉ちゃんと二人暮らししてたの。・・・、ね亮聞いてる?」


「聞いてるよ、よく聞いてる。楓より勘が鋭いっていう姉貴のことだろ?」


「うん。お姉ちゃんがその勘を活かして働いたお金で、私が高校に通って。お姉ちゃん相当偉い役職だから、お金には困らなかったみたいだけどね。・・・お姉ちゃんの負担になったのはお金じゃなくて、私たちの『ちから』の方。」


「相互干渉、か。」


「そ。二人のちからが重なってるうちはテレパシーが働いて、考えてること大体伝わっちゃうの。誰にも言わずに隠してる悩みだって、私たちはお互い筒抜けってわけ。」


解除できないテレパシーともなると、やはり便利便利というわけにもいかないだろうな。『醤油取って欲しいなぁ』とかならまだしも、秘める思いが強制的に露呈するのは気持ちのいいことじゃないはずだ。それに片方が壮絶な恋に落ちたなら、もう片方は流れ込む感情に対処し切れないことだろう。



「・・・重荷になりたくなかった。気丈に振舞ってるお姉ちゃんの『一人で泣きたい』って声が、一緒に居るとどんどん大きくなってきちゃうから。」



楓が赤裸々に語るのを、俺は黙って聞いていた。どうやらこいつが家出したのは、大事な姉を想う結果だったらしい。


「はぁ、なるほどな。」


通りで最初から、アウトサイダーには到底似つかわしくない綺麗な顔をしていたわけだ。そう続けようとしたが、流石に踏みとどまった。うっかりすれば口説き文句、戦いで神経がすり減って無神経になってるのかもしれないと、俺はここで気づいた。


「・・・なにさ。」


「なんでも。お互い生きててよかったよ。・・・一度家に帰ったんだろ?」


「ん、ちゃんと置手紙してきた。『家出はやめてホームステイにした』って。」


「伝わるのか?」


「伝わるよ。今日一日のこと、全部込めて書いたから。」


「・・・そか。なら、今日はゆっくり寝れるな。」


「うん・・・・・・おやすみ。」


「ああ、おやすみ。」



これが、戦場で拾ったいっこ下の家出娘、半ギャル女子高生『稲佐楓(いなさかえで)』との生い立ちだ。こういったわけで、ゲウム第七のドミトリーに一人騒がしい住人が増えたのである。



・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



「いやはや、君には驚かされてばかりだよ、塩川くん。超勘の良い女の子で、稲佐楓、稲佐、・・・『イン=アーサー』。まさか、こんなところで見つけられるとはね。・・・なっはは、これから忙しくなりそうだ。」

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