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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
2章 『女王アリ』と『ゲウム第七部隊』
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23話 あと一発だけ残ってる

「あの扉だ!!」


「あぁもう、とっくに限界なのにさ!!」


「おっしゃラストぉっ!!」


登り切った勢いと正面に傾いた傾斜を利用して、無駄に重い屋上の扉を蹴りとばす。目の前の長方形が白く開けて、勢いのある風が吹き込んだ。



「はぁっ、はぁっ、もうだめっ・・・!心臓バクバクいってる・・・。」


「流石にっ・・・今回のは応えたな・・・!雲、近ぇや。」



疲れ切った俺たちは、仰向きになって胸板を上下させる。風は思ってたより冷たかった。下に生えてたみたいな植物も一切見られない。ふと視界の隅で、外れた鉄扉が滑らかなアスファルトの上を滑り落ちていく。俺と同じような向きのまんまゆっくりと流れていく。最後に柵の隙間を抜けたかと思えば、すっと視界から姿を消した。俺はその行く末に耳を傾けていたが、地表に響く水音は聞こえてこなかった。


「なぁ・・・滑り落ちるなよ。」


「・・・うん。」


「あの、多分滑り出したら止まんねぇから、試しにやってみたりするなよ。」


「しないわばか。」


俺が横目をやると、横で伸びてる彼女は俺の方に向いてた視線を空に戻した。俺はこいつが隙を見て滑り出すんじゃないかと心配になったが、釘をさす活力は斜め階段で擦り減った。


「・・・アイツ、近づいてきてるね。」


「ああ、きてるな。」


下で暴れてる巨大掘削機の乱暴な振動が、背中から執拗に伝わってくる。ここは地面から離れすぎてるから、建物が振動に応じて揺れるのもよくわかる。ゆりかごみたいだ。


「・・・はぁ、私もう頭働かないんだけどさ。・・・これからどうすんの。」


「諦めてどっか行ってくれたりしねぇかな。もしくはここが聖域で、あいつらが近づけない領域だったりすればベストなんだけど。」


「・・・。万策尽きた感じ?」


「弾薬で言えば、あと一発だけ残ってる。」


「一発しかないの・・・。」


「でもよく粘った方さ。撃った二十九発の中で無駄だった弾なんて、俺の下手が災いした二十発程度しかない。」


「・・・今ちょっと忘れかけてたけど、そういや亮、ゲウムだったね。」


「さもありなん。」


そう、俺はゲウムだ。試験じゃ銃火器の扱いに難ありと烙印を押され、世間じゃフロリスを名乗っただけで簡単に吊し上げられる、ごく潰しの落ちこぼれである。それにしちゃよく粘った方なのだ。グロキシニアが倒しに行ったはずの女王個体がこんなとこに来てるのが異常なだけで、俺も、彼女だってよく走って逃げてきたと思う。


(そんな風に言い訳して、結局俺が一人死ぬだけってんならそれまでなんだけどな。)


生憎、俺の横には十六のガキが転がっている。しかも、そいつは世間ずれした半ギャルみたいな振る舞いをするくせ、ふと見るとあどけなさが残った面をしてるのが癇に障る普通の女子高生でしかない。家にいられなくて出てきただけで、戦場で死にたくて出てきたわけじゃないのである。だから尚更のこと、俺は今本気を出さなきゃいけなかったりするのだ。あんまり人前で見せることができた覚えのない、『本気』ってやつを。


「策がもう一個だけあるって言ったら、ついてきてくれるか。」


「いいよ。」


「そろそろヤバそうな気配がしてきやがったが、呼吸は整ったか?」


「う、うん、ある程度は。でももう私、一歩も動けないよ・・・。」


「んじゃ、ちょっと失礼しますよ。」


「は、ちょっ、急になに!?なになにちょっと待ってってば!!」


俺が背中の下に手を回して抱き上げたから、彼女は驚いて目をぱちくり、そして足をジタバタさせている。だが、すまないな。後日セクハラで訴えられたとて、後日があるんなら大金星だ。


「・・・何する気・・・?」


「アイツの前肢がこの床に食い込んだタイミングで、こっから湖に向かって飛び降りる。」


「は・・・!?馬鹿じゃないの、下が水だって普通に死んじゃうでしょ・・・!!それとも、アイツに殺されるくらいなら自分たちで死のうって?」


彼女は俺を睨む。が、彼女が大体気がついて言ってることに、俺も気がついていた。


「口元が笑ってるぜお嬢さん。・・・あと一発残ってるって言ったろ。こいつに全てを懸ける。」


「・・・落ちながら『アレ』を狙うの?」


「ご名答」


「いかれてる」


「知ってたろ」


「うん。知ってた。いけそ?」


「正直無謀もいいとこ。でも行かないってほどじゃねぇな。」


短い言葉を交わして、刻一刻。その時は近づいた。


「亮、あのね・・・。」


「・・・ああ。」


「───来るよ!」


「行くぞッ───!」



斜面を滑走路のようにして走る。足は止まらない。物凄い風が前から吹き付ける。俺はかつて萌音が放った問いを想起した。



『ねぇ塩川。一番よく飛ぶ飛行機にあって、他の飛行機にないモノって何だと思いますか?』



その時俺は『人気』だなんだってほざいてはぐらかしたが、こいつはやられたな。奥の方の二メートルはある金網に走ってて、気づいちまったよ。



(俺が今あの高ぇ金網を飛び越えるために必要なモノ、そいつは!!)



「───ったくアホみてぇな、向かい風だッ!!」



風がぶわっと巻き上げて、俺たちは宙を舞った。

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