22話 はいはい登った登った
「うそ、固くて開かないっ・・・!!」
「開かないなら、・・・蹴破る!!ッし、非常階段だ!」
鉄扉の蝶番とは逆側、錆びて回してもきしんだ音を立てるだけのノブ付近をおもいっきし蹴とばして倒す。目の前の段に従って見上げると、少し遠くに薄れた階段灯の光がチカチカしてやがる。
「暗っ。」
「暗いな。・・・行けるか?」
こっからじゃ微妙に傾いた踊り場と、想像以上の暗闇にやむなく緊張した様子の家出娘しか見えやしない。引き返すなら今だという意味をこめて尋ねたが、まあ聞くまでもなさそうだ。
「くどい、ついてくって言ったでしょ。」
「んじゃ、走るぞ。」
「うん。」
足音が暗がりに響く。後ろに傾いた階段に反応して踏むごとに心臓が冷えるあたり、やっぱこいつを前にして正解だった。と思ったのもつかの間、踊り場を曲がったら今度は前に傾いて、駆け下りるように駆け上がる背中が危なっかしくてしょうがねえ。
「うわ、行き止まり。」
立ち止まった彼女に合わせて見上げると、目の前に積もった瓦礫の山が行く手を阻んでいる。
「ひどい崩れ方だな、三層駆け上がっただけでこの有様じゃ非常階段の名が泣く・・・って、しょうがねぇか。こいつは・・・うん、登れそうにねぇや。」
「っ、俺一人なら登れるーって顔してるけど?」
「うっせ。このワイシャツおきにだから汚したくねんだよ。・・・お前こそ、今更足手まといとか心配しちゃってる顔してるぜ?」
「・・・うっさい。」
つくづく厄介な女生徒だ。すぐ機嫌を損ねるし、細やかな気遣いも筒抜けなんじゃ格好付かないっての。
「さっ、ぱっぱと他当たるぞー。ていっ───。」
フロアに繋がるドアを蹴破って中を見るが、暗い。真っ暗闇しか見えないから、形容しようにも一言しか出てこない。
「行くか。・・・足元気ィつけろよ。」
「分かってるよ。・・・それよりさ、非常ドアってそんな簡単に蹴破れるものなの・・・?」
「普通じゃ無理なんだろうが、なんでもかんでも風化して脆くなってるみたいだな。その証拠に・・・あーあ、内側も崩壊が進んじまってる。暗くてよく見えねぇが何から何までめちゃくちゃってか、これほんとにビルだったのか?」
「なんかお化け屋敷みたい・・・あ、言うんじゃなかったかも・・・!!」
慌てて口を塞ぐ彼女、死に際カーチェイスはできても幽霊の類は苦手みたいだ。まあただ、いつ化け物に襲われるか分からないってことならあながち間違っちゃいないから、不穏で肌がひりつくような空気感は確かにある。
「どっかに階段があるはずなんだけど、にしても暗い。」
わざわざ遠回りして別ルートに行くしかない、いわゆるお約束ってやつだ。廊下の窓は植物に覆われて光が入らないし、ただでさえ傾いて転びそうだってのに足元に何があるか分かったもんじゃない。そしてそういう面倒に面食らったときに限って、泣きっ面に蜂なのである。
「外のアイツ、もうどっかいったかな・・・。」
「だといいけど、多分何が何でも俺たちを狙ってくるぜ。あの巨体でどう迎撃網を掻い潜ったかは知らねーけど、女王アリ視点じゃ敵にに居所をバラす目撃者を抹消して息をひそめるのがベストだろうからな。なるはやで俺たちを殺して、地下鉄にでも潜伏するつもりなんだろ。」
彼女の早歩きが余計に速くなる。
(今頃俺たちを殺すための子アリがどんどん生まれてるなんて、口が裂けても言えないけどな。・・・塔の外はどうなっていることやら・・・。)
「うわわっ」
足元が上下に震える。足取りを崩した彼女を支えるが、揺れは勢いを増していく。
「・・・地震か」
「なわけないでしょ・・・!亮、来るよ!」
──地面が音を立てる。亀裂が入ったからだ。そんでその亀裂を入れたのは、もちろんアイツ───
「───ッ来やがった、走れ!!」
(油断した!!地面貫通は聞いてないぞ、バケモノが!!)
即座に撃った銃弾も全部弾かれる、やはり逃げるしかない。
「こっち、広い階段は生きてる!!」」
穴から下のフロアがのぞける時点で生きてるとは言えないけどな、まあ行くっきゃない。
「下手したら地面が崩れて真っ逆さまだから、踏み場所にはに気ィつけろよ都会っ子!!」
「分かってるし、なめんな!!」
──────
「何か雪崩れ込んできた!!」
「全部アリだ!飲まれると地獄見るぞ!!」
「ぞっとさせないでよ!!・・・ってやばっ──」
「おっ、らっ!!・・・はいはい登った登った」
「うぇ、亮の脚どうなってんの」
「子アリが見た目より軽いんだよ。まぁあの歩くだけで道路が崩れる女王は例外だけどな。」
──────
「くっそ何処までも追って来やがって・・・もう十五階だぞ!!なぁ、お前だけ先に」
「やだ!!」
「即答かよッ、・・・でも死なばもろともってスタンスでいられると、塩川さんちょっと荷が重いかもッ、なッ!!狭いし暗いのにのによく動くねぇおまんらは!!」
「私が亮と一緒がいいって言うんだからいいの!!」
「はっ、喜ぶ暇もねえから後でもっかい聞こうかね、また走るぞ!!」
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「もうアイツがすぐそこまで来てんのに、随分とマッスルなアスレチックだなおい・・・!」
「私だってこのくらい・・・ここと、ここと、ここっ!!」
「お、お前インドア系じゃなかったのか!?」
「バスケ部!」
「そりゃ心強いけどっ!もう二十階は駆け上がってるからあんま無茶すんなよ、大事な足は大事に。」
「亮が言う・・・?」
──────
「亮、足っ、疲れてきた・・・うわわ崩れっ───!」
「クッ───言わんこっちゃねぇ!!・・・ぬおぉ重いよぉッ・・・!!」
「は、・・・ころす!ころすころす!!自分も体勢きついなら手なんか伸ばすなって・・・!!」
「巻き込んだ一般人死なせてフロリス名乗れるかよ・・・ぐ、根性ッ・・・てよりは、振り子ぉッ!!」
──────
俺たちは走りに走る。群がる子アリ、材質を問わず何もかもぶっ壊しながら迫ってくる大アリ、そいつらをギリギリ、本当にすんでのところで躱し続けて走る。徐々に窓の外が明るくなる。廊下にはみ出てる植物も減ってきた。もう弦が届かない高さまで登りつめたみたいだ。三十五階と『R』の文字を繋ぐ看板に歓喜でも達成感でもない感情をにじませて、俺たちは力む重い足を、肺の血管を絞って出た死力で以て持ち上げたのである。




