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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
2章 『女王アリ』と『ゲウム第七部隊』
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20話 頼む夢なら覚めろ

信じがたい光景だった。女王アリは俺たちをすぐには追撃せず、その代わりといった具合で道路を食っていた。持ち前の死神の鎌を地面に突き刺して、凶悪なあごで道路のコンクリを食べていた。ウエハースのようにかみ砕いていた。咀嚼、いやあれは咀嚼の音じゃない。岩石を砕く音、ショベルカーが廃墟の有象無象を破壊する音だ。


そうして異常に膨れ上がった腹部が、数秒後、形容しがたいグロさを以て大きくうねった。



「ッ───!!!」



──大量に放出される、粘液を纏った黒い球状の殻。それはドクドクと鼓動を鳴らす心臓のように、脈打った。それも膨らんだ。


「いや、まさか。はは、まさかな・・・!!」



『あの無尽蔵に湧いて出る中型兵器どもは、何処から生まれてくるのか。』



長年抱いてきた疑問が、目の前で解かれようとしていた。女王アリの護衛は十四体程度、撒き散らされた殻の数は、ざっと百はあった。殻は時に従ってひび割れていく。



「頼む夢なら覚めろ・・・それだけは、それだけはやめ───ッ!!」



hello.



絶望が、顔を出した。一匹、四匹、九匹、もう遅い。殻は卵で、産まれたのは子アリだ。しかも、もうアイツはこっちに向かって動き出している。


(どういう原理で、どういう原理でコンクリ食ってできた卵から自立駆動兵器なんか産みやがるんだ・・・!!っ、また『フォトン』か、何でもありかよ!!)


「腹のおもりがどいて、身軽になりましたってか!!?」


尋常じゃない速度で迫ってくる女王個体、このままじゃ追いつかれる。俺は麻布を握りしめ、焦りを胸に声を張った。


「スピード上げてくれ!!」


「無理!ここからもっと足場悪いし!!」


「頼む、何とは言わないがその、すんごい速度で近づいてきてるんだよ!!」


「言ってるようなものだばか!!ああもう、その位置で振り落とされても知らないから!!」


全開のアクセルが緊迫した唸り声を上げて、車体が右や左にいっては跳ねる。多分夢だ、揺れが現実的じゃない。何より気が狂いそうなのが、それでもあの巨体は振り払えそうにないどころか、距離はむしろ狭まってきているところだ。


「うおおあああぶねえ!!まじ、なんでこんな道運転してきたんだよ家出少女!!」


「うるさいな、ってかさっき降ってきた黒いのなに!!」


「あ、えーと、あれだ!!あのあれ!企業秘密!!」


(こんなの俺だって初めて知ったよ畜生、フロリスはこの事実を隠してやがった!!まあ世間が知ったら大パニック、言いたいことは分かるけどさ!畜生!!)


「はぁ!?こんな時に企業秘密とか言ってる場合・・・って、あ。亮・・・これやばいかも。あの、今日来た時までは行けてたんだけど・・・」


「あんだって?色々うるさくてよく聞こえないんだが!!」


運転席まで近づくと、窓の内側には苦笑いを浮かべる家出少女。こっちを確認すると、ちょっと申し訳なさそうに言った。



「───ガソリン、切れちゃいそうかも。」



────────────



同時刻、青い方の空の下。


「それじゃ次回までに、嗜好品の影響力をまとめたレポートを作成しておくこと。じゃ授業終わって、先生は職員室へ煙の出ないタイプのたばこを吸いに行きますので。号令を。」


窓際の教室、紫立ちたる姉崎萌音の白髪は細くたなびいて揺らめき、物思いにふける彼女を飾っている。


「・・・はぁ。」


彼女が見据えるは遥か空の先か、それともすぐ隣の空席か。俺はそんなこと知ったこっちゃないんだが、ただ一つ言えるのは、そうだ。


「姉崎さん、姉崎さん。もう授業が終わりましたよ、号令をお願いします。・・・タバコ吸いたいので。」


彼女がぼーっとしていたことである。


「はッ!」


「はッ、て。学級委員のあなたがよそ見なんて珍しいですね。あんまり珍しいから、先生は一時間も放っておいてしまいましたよ。」


巻き起こる親身な笑い声。と、だからこそ羞恥を隠せない姉崎萌音。目を覆いたくなるような状況こそ共通しているものの、俺がこんな災難被ってる間にのんきな奴だぜ。自分で飛び込んだ火中で言うのもなんだけどな。



────────────



状況を整理しよう。行列叩きの残党狩りのはずが家出少女と女王アリが現れて、圧倒的なフィジカルの女王アリが土を食って子アリを産んで、そいつにジャミングされて連絡もできないまま、家出少女の運転する火薬入りトラックで逃げて。そんで追い付かれそうな状況でガソリン切れ寸前・・・と。


「・・・詰んでる?」


もしかして詰んでいるのだろうか。俺はなんとか潜り込んだ助手席で放心しながら、映画みたいに荒いクロスハンドルとこっち側のサイドミラーを見比べていた。ひび割れた地面を粉砕しながらやってくる女王個体、だが横の彼女もそれをギリギリ凌いでいる。素人目にも分かる、こいつの運転能力はゼフィランサスの専属ドライバー並みだ。常軌を逸したカーチェイス、見てる俺は蚊帳の外のようである。


「しょうがないでしょ!この都市のガソスタ止まってるなんて知らなかったんだから!ていうか、あいつら最初より増えてない!?なんとかしてよ、ゲウムだけどフロリスなんでしょ・・・!」


「すまん、フロリスだけどゲウムなのかもしれない」


「ああっもう感心して損した!やっぱ亮ざこざこのポンコツゲウムなんじゃん!!」


「うわぁ返す言葉もねぇや。・・・あー、ぼちぼち左で。」


「左どっち!」


「お茶碗持つ方。」


「あ?」


「冗談。向こうに人造貯水湖があるんだが、そのほとりに嘘みたいに斜めってる建物がある。一目見りゃ分かるから、その裏にすっぽり収まるように止めてくれ。とりあえず直線じゃジリ貧だし、そろそろ囮くらいの役には立ってみせるからさ。」


汚名返上、ゲウム諸君は汚れた名を返して上げねばならんのだ。そうして俺が決め顔なんか作ってみてんのを横目で収め、家出少女はちょっと睨んできた。


「そこからどうすんのさ」


「なに、お前はきれーな人造湖沿いをゆったり逃げてくれればいい。電波妨害の網を抜けたら『最終防衛地点に女王個体が出た』ってフロリスに通報して、カランコエ階級の新米オペレーターをビビらせてやったらミッション完了だ。俺は斜塔に潜って女王アリを引き付け、救援が来るまで時間を稼ぐ」


「てっぺんまで追ってきたら?」


「湖に飛び降りる。」


「いかれてる。・・・でも、いけるって思うんだ?」


皮肉っぽくないんだから、つくづく不思議な奴だよ。彼女のちょっと含んだ笑みが乙な表情だと思ったから、俺も試しに真似ながら言った。


「ああ。いけそうな顔してるだろ、今の俺。」


「ふふっ・・・全然してないけど。」


「えぇ・・・。」


「でもいいよ、そういうことなら分かった。・・・もうちょっとやんちゃに運転するけど、ちゃんと振り落とされないでナビよろしくね。」


「へ、これ以上やんちゃすんのは・・・流石にッ!!」


家出娘はぐわんとハンドルを回して、大型トラックは錆びたガードレールに突っ込む。


「そんじゃ、・・・いくよっ!!───」

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