19話 しくじるなよ
そして走った三十歩。彼女が運転席に入ったのを確認して一息、向こうでアイツが跨いでいる広小路中央の白線、その続きを踏みつけて、構える。
「よーし、しくじるなよ新入り雑魚。」
フェアな力比べをする気はない。数、装甲、破壊力、いわゆる兵力を取れば敵方が数段上手だ。俺は一人だし、グロキシニアじゃない。奴らを相手に優位を取れるもの、そいつで戦わなきゃ勝てない。よく考えろ、俺が武器にしていいものを。射程距離、巧緻性、機動力、ギャグセンス、信じる力。なんでもいい、とにかく頭を使ってこの場を切り抜けなくちゃならないってんだ。風はあっちからこっちに吹いている。
「ほんとは二十メートル切らないと狙えないんだけど、近づけば死んじゃうしな。」
俺を見てんのはあの化け物だけだ。子アリの索敵範囲五十四メートル、俺はまだその外にいる。奴の足元へ伸びる道路の白い糸、こいつは短いほど威力と精度が上がるが、同時に俺の生命線でもある。ならやっぱ、次の行動は一つだ。絶好のタイミングを計れ、ジャストの数秒を狙うんだ。
(外殻撃っても効かねえんだろ。・・・狙うなら、装甲の薄い『腹』だ。)
子アリが向き直った。自信ないか、まだ待ちたいか、どうだ。
「・・・必要以上にデカいテメェはこっからでも、・・・当てる!!」
反響する銃声と、数舜遅れの重たい金属音。
「反動、重いな──ッこいつは!!」
間髪入れずに撃った二、三発目、当たったか、まだ撃て、四、五!!
ここでようやく、左右のビル群は感触の違う音を歪ませる。手応えありだ。黒曜の腹部が白い亀裂を産んだのを、かろうじて大あごの隙間から捉えた。
「お、やるねぇ。もしかしておまえ、連射するようには作られてなかったりする・・・?まぁいいや、小型でもこんだけ威力出りゃ、安心だ!!」
目視して一転、躊躇なく突っ込む。こいつに入ったやけに重い大口径弾を、至近距離であのひびにお見舞いしてやろうって魂胆だ。先手で会心の一撃、仕掛けるなら今しかない。体勢を立て直す頭脳ぐらいは積んでるだろうが、真正面からエサが来るんじゃ話が別ってことだ。少々足にまとわりつく恐怖を振り払うよう必死に走って、俺は撃鉄を引いた。
目算残り三十、二十、十切った!!よく見てひきつけろ、前肢どっちが来る、右か、左か!!
「こんの・・・ひだ、りぃッ!!」
そして間一髪で、避けた。
───までは、良かったんだが。
「っしゃ貰ったぁ・・・・・・あ?」
亀裂が、無い。
鉛玉が穿ったはずの腹膜は微かな弾丸の痕だけを残し、何事もなかったかのように黒く光っていた。
「な、この数秒で再生して・・・!!」
(傷が治ってるのか?完全に皮膜を突き破ったあのダメージがものの数秒で元通りって・・・自己修復機能とかそういう次元の回復速度じゃないぞ・・・!!)
「───避けてぇぇぇっ!!」
「ッ!!」
───後ろから、左脇の間を突き抜けた黒い針。
俺は半ば倒れながら、生きながらえることへの執着を銃口に込める。堅牢なアイアンメイデンは次の釘を用意して弾みをつけていた。
「・・・っぶねぇ!!」
露出した感覚器官の触角に銃弾を撃ち込んで、俺は声のした方角へ飛びのく。女王アリは生き物みたいに仰け反っては顎を震わせ、耳をつんざくような金属音を以て奇声を上げた。
「・・・乗って、はやく!!」
トラック運転席の窓から顔を出し、彼女が叫んでいる。もうふかしてるアクセル、俺が追い付けってことか。
「クッ、こなっくそぉぉおっ!!」
死力を尽くして飛び込んで掴まったコンテナの淵、腕で持ち上げて乗ったのは火薬ベットの布の上だった。
「はぁっ、はぁっ、助かった・・・けど、なんで逃げてないんだよ!!」
「来なきゃ死んでたでしょ!あああもう怖すぎっ!!なんなのあの化け物、映画!?」
「命知らずが・・・礼言うとでも思ったか!」
「・・・風の音でよく聞こえないっつの!!」
「・・・ならいい、マジ助かったよ馬鹿野郎!!」
吐き捨てて、項垂れる。
(咄嗟の一刺で心臓狙いやがった・・・アレが、女王個体か)
掠っただけの左腕が綺麗に鮮血を上げたから、息をのむ前に血の気が引いた。洒落になんねえな。移動の安定を担うはずの中肢にしちゃあまりに正確で、んであまりにも速すぎる。俺は懐に潜り込んだ気で、針地獄におびき寄せられてたってわけだ。あいつの声が無かったら、正直もうちっとばかし危なかったかもな、それはもう。
「りょーおー!アイツ、追ってきてるー!?サイドミラー割れてて見えないんだけどー!!」
「いや、大丈夫だ!!・・・けど、なんで追ってこない・・・!?」
離れていく景色の中で異様に目立ったのは、大きく空中に反り返って天を仰いでいたヤツの『腹袋』だった。
そして、自然に下りた視線の先にあった上顎。
「───おい・・・何・・・やってやがんだよ・・・!!」
女王アリは、コンクリを食べていた。




