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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
2章 『女王アリ』と『ゲウム第七部隊』
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17話 小っちゃくて弱いアリ

立ち上がろうとした彼女の膝が、ガクリと崩れ落ちる。


「っ、せわしねぇなお前は、どうした」


俺は前のめりの彼女を受け止めて、その肩を抱えたままゆっくり倒した。


「あ・・・っはは、なんか腰抜けちゃってる。なんでだろ・・・。」


「火薬で足でも滑らせたかー?っておいおい、両足痙攣してんじゃねえか、ほんとにどうした。」


「分かんないけど、なんか変な汗かいてきたし。てか見んな・・・!」


「やだよ」


「は、普通にきっしょいな貴様・・・どっかいけって・・・!!」


強がってるが、こんな急患放っておけるわけがない。容態は見るからに異常だった。彼女は自分の目を腕で覆ったところで、辛そうに歯を食いしばってんだから世話がない。



「──いぃったぁ、腕つった・・・」



緊迫感のある声で、更に空気は酸素を減らしていく。


「分かった、とりあえず落ち着けよ。俺がいて不都合あんならトラック降りてるから。」


「・・・だめ、降りちゃだめ・・・っ!!」


「どっちなんだよ・・・!!」


明らかに、何かがやばい。それが横にいる俺へ強く伝達してしまうほどに、苦しむ彼女はその『何か』を感じ取っているようにも見えた。


「あの、あたしもよく分かんないけど・・・」


そうして息を切らした元クール系女子高生は、手のひらででこを包んで言ったのだ。



「───あっちからなんか、来る・・・っ!!」



「なっ───」


彼女が指した方向にいたのは、アリ。大通りの向こうからやってくる、数匹のアント型古代兵器だった。しかし、違った。数匹のアント型というのでは、このほとばしる戦慄を説明することができなかった。


「取りこぼしの・・・蟻・・・なのか?」


立ち上がったまま、愕然とする。思ったより俊敏にこちらへと接近してくるようだが、まだ距離はあるから小さく見えているはずである。


「にしちゃなんか、なんだろうな。」


どうしたことか。一体だけやけに大きく見える。俺はまず遠近感を疑ってみたが、やめた。比較対象がヤツの真横にいる。並んでる他の奴がこんぐらいだから、大きさは、ああ。まあこの大型トラックより一回り小さいくらいか。


「亮・・・何か、いた・・・?」


後ろで仰向けになっている彼女は、まだ気づいていないようだ。その姿と迫る刺客を見比べて唾を吞み込んだが、その際自分の喉ぼとけの動くのが気になって仕方なかった。


「・・・いや、なんもいない、こともないけど。」


でかい。一匹だけ尋常じゃない。あれは働きアリの個体差とか、そういう次元じゃない。一匹一匹を見れば人より小さいが群れを成す中型機械、そういう認識を軽々と逸脱している。形はいつもの蟻共と変わらない。だが威圧感が違いすぎる。六本ある脚の動き、大きく揺れる触覚型索敵機、奴の一挙手一投足が心臓に悪い、大分グロテスクだ。俺グロいの苦手なんだ勘弁してくれ。


「それ、大丈夫なの・・・!?」


問う声が聞こえる。しかし、こいつはそもそもアント型すら見たことが無いんじゃないのか?その彼女にアレを見せてみろ、感受性豊かな彼女は精神をやられちまうんじゃないのか?ちょうど、中二であの虫にトラウマを植え付けられた俺みたいに。


「ああまだ立つな。ただのアリだよ。小っちゃくて弱いアリ。だから安静にしてろ。」


だから俺は誤魔化した。が、相手が悪かったようで。


「───嘘、つくなっつの・・・。」


気付かれていた。作った笑みに、彼女は同じような笑みを重ねてみせた。その目は、見えない。


「やっぱ、分かるか。」


「なめんな。・・・あたしさ、ヤな事ある前はいっつもこう。でも今回みたいなのは初めてかも、全身が鉄みたいになって・・・って、こんなこと話してる場合じゃないか。もう近づいてきてるんでしょ・・・?」


「ああ、デカいアリだ。悪いな。」


「いいよ、亮が謝ることじゃないし。すー、はー、そろそろ落ち着いてきたかも。」


静かに呼吸を整えながらでも、彼女は消耗している。勘がいいから、おおかた楽しくもない覚悟でも決めているんだろうな。そんで俺はどうするんだ。どう見てもゲウム一人、十七のガキ一人の手に負える相手じゃないぞ。急にしおらしくなったこいつの前で、今度は俺が面食らってるらしい。


「ッ───!!」


補足された。一瞬にして全身を駆け巡る悪寒と、指先に現れた緊張。頭部が動いて、首の座ってない人形みたいな曲がり方をする。鋭い顎、というよりは目だ。そいつがあの距離から、俺に『死』を匂わせた。俺の眉間が『殺される』と訴えた。


「あのさ、どんな奴?」


「どんな奴・・・全体的にデカくて目と足がグロいんだが。なんてんだろうな。後ろにぶら下げてる腹袋が異様に膨らんでる。」


単に大きいだけじゃない。蟻の隊列を統制するように触角を揺らし、自分は後方のやばそうなのを重々しく引きずるその姿。その体躯が何の徴を顕在化しているか、想像に容易かった。



「あーあれ・・・『女王蟻』だわ。」

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