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下級兵塩川の日常  作者: 塩ソルト塩
2章 『女王アリ』と『ゲウム第七部隊』
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15話 大体分かったけどね

私なんかに構ってないで、さっさと仕事すれば。それが彼女の言葉なら。



「そんなに言うんなら、そうさせてもらうよ。」



運転席の天板は微妙に温かい。鞄の上で手を組んで枕にすれば、まぁ欠伸の一つも出る。防衛区郊外は常に灰塵が残留してるから、お世辞にもお日柄がいいとは言えないけどな。フロリス特製の『空気洗浄機』が切り開く空は、実は案外狭かったりするんだ。そこしか見えないよう大いに工夫されてはいるが。



「ちょ、話聞いてた?仕事すればって言ったんだけど。」



こいつはこんなとこにいちゃダメだ。多少本人のプライドをくじいてでも、フロリスの俺は彼女を護る義務が、あーいやこれはちょっと違うか。けどとにかく、俺の仕事は兵器殺しじゃなくて人助けだ。



「・・・アウトサイダー、『防衛区と法律の外側で不安定な暮らしをおくる人間』って習ったんだろ。でも実際のところ、あいつらのは暮らしなんて呼べるものじゃあねえよ。」


「・・・急に何。」


「ライフラインを占領するボスが出てくるまでは自然の摂理、それからアリに喰われるか人間に喰われるか、二つに一つだ。お前みたいな『可愛い』女子高生が、無法地帯でひどい目に遭わないとでも思ったのかな。」



「は・・・可愛いって、ふざけ──」



「───ふざけて言ってんじゃないぞ。」



「っ・・・。」



彼女は下唇を噛む。あぁ罪悪感がすごい、慣れないことするもんじゃないな。けど、灰色の景色を知っている。女子供の顔はやつれていて、家族はいたりいなかったりして、男は乾いた目で自分の傷に包帯を巻いている。強くなきゃ生きてけないから、皆それなりに強く生きてはいたけどさ。おまえはどうだ、エゴでしかないけど、せっかくの美人が台無しになるだろ。



「・・・浮ついた感情で口説くとしたら柵の中だ。こっちじゃ若いといびられるし弱いと死ぬ。ったくろくなことねえ場所だって知ってりゃ、俺としちゃ勧めるわけにゃいかんのよ。防衛区外(こんなとこ)になんかいなくていい、いちゃいけないと思うぜ俺は。そも学生だし。学生の本分は?」


「亮だって学生じゃん」


「学生の本分は人助け。」


「うっざ。」



後ろを向くが、顔隠したって背中が見える。背を向けるってのは、そういう意味だ。彼女は口調だけ繋ぎ止めて、声は小さくなっている。



「「・・・・・・」」



沈黙が続く。寝転がる俺、そっぽ向く彼女、同じトラックの上にいる感覚はなかった。



「・・・なんで家出したの」


「うっさい」


「・・・姉さんは心配しないのか───」



「──うっさい鬱陶しいばか!!」



振り返って声を上げた彼女は、涙目だった。



「あ、えっと・・・ごめん、泣かせるつもりはなかった」


「私だって泣いてるつもりなんてない・・・!!」


「・・・んん?」


「なんか出てきただけ、多分花粉症・・・!ティッシュ取って。」


「帰ってくれるなら。」


「じゃあ亮の腕でいい。」


「うわああちょっやめろなんだよ急に!!」



そっぽ向いたかと思えば、打って変わって急接近。彼女は這って俺の方に寄ってきて、俺は恐怖を禁じ得なかった。服からサラサラ流れていく火薬と、得体のしれない彼女の言動への恐れが同時に襲った。なんなんだこいつ、どういう情緒したら鬱陶しい相手の腕を鼻水でしっとりさせに行くんだ。



「寄んな分かったよ、ほらこれ!!」


「最初からそうしてればいいの」



手渡した広告紙入りのポケットティッシュで鼻をかみ、彼女は鼻の先をちょっと赤くしている。



「たく、つっかめねぇ奴だな。」


「・・・ぐすっ、あたしは亮のこと大体分かったけどね」


「何が分かったってんだよ。」


「少なくとも、迫られたら断れないタイプ。」



今さっきまで眉間にしわを寄せていたとは思えないな。彼女はにひっと笑い、包装の裏に挟まった広告紙を引き抜いて俺に見せる。



「フランボワーズ中央区南店、美容エステ初回半額・・・だって。こういうの興味あるんだぁ?」


「ぐ、ねぇよ。」


「えへへ、じゃああたり?」



上手いように誘導された。実際あれは路頭のマダムとばっちり視線が合ってしまって、近づく圧迫感を躱し切れなかった因果の果てにあるプライズである。彼女に近寄られて咄嗟にこいつを差し出してしまったことからも、間違いないのだろう。悔しいが、彼女の頭のキレは認めざるを得ないようだ。



「・・・ああそうだよ、あたり。俺はフロリスになっても情けないちんちくりんのまんまで、命の恩人にろくな恩返しもできないようなぼんくらですよー」


「そこまでは言ってないけど。・・・まあ、そういう事だから。それなりの覚悟で家出してきた私は雑魚ゲウムお兄さんの忠告なんて聞いてやらないの。」


「雑魚ゲウムお兄さん言うな半ギャル」


「半ギャル言うなざこ。」



俺は口を尖らせて、彼女も悪態をつき返す。俺たちは互いに目を見合わせて、ちょっと笑いそうになってから、笑ってしまわないように妙な顔で耐えた。



「・・・はぁ。分かった、止めても無駄なら止めね。勘がいいから生き残れるかもしれないし、すぐおっちんだとしてもそういう生き方か。」


「へぇ、怒らないんだ?」


「従わせたくて忠告してるようじゃ三流。」


「いいこと言うじゃん」


「死ぬならお好きにって言ってるんだぜ?若い命を伸ばして延ばすために、本当はもっと必死に止めるべきかもしれない。でも生憎、不甲斐ない塩川さんは生命倫理に自信がないのです。」


「ふーん、知らないけど。」



少々ため息交じりに言う俺の顔色を、面白いわけでも無かろうにまじまじと見つめる。頬杖を付きながら、こいつは今何を考えていることやら。全くミステリアスで手に負えない、実に厄介な奴である。



「・・・じゃ、私もう行くから。───っ!!?」



───もう一度言うが、どうにも厄介なのである。

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