9話 またいつか会ったら
「お願い、僕らと一緒に来てよ。どうしても君に『お礼』したいんだよ。フードのお嬢ちゃん。」
言ったのは、不良四人組の一人。服自体に罪はないんだろうが、チャラく着た赤ジャンの目立つ男である。他の三人もまあ我の強い身だしなみで、自信たっぷりの表情で女子一人を囲うのだ。こいつらが何故ここまで強気かと言うと、中退した高校のクラスで一番腕相撲が強かったり、一番体がデカかったり、一番だとおだててくれる舎弟のような奴がいたからである。
「・・・急いでるから、・・・どいて。」
パーカーのフードを深くかぶった背の低い少女、彼女は小さく呟いた後、男たちにその目を覗かせる。自分は口下手だが、目つきの悪い自分が見せる可愛げのない表情でなら、相手は幻滅して去っていくと思ったのが理由だ。
「オー可愛い睨み目。けど君、ほんとは遠慮してるだけなんだろ?僕ら助けた時の君、めっちゃ優しかったじゃん。あれが本性なんだろ?君は僕の恩人なんだ。今ここで引き下がったら、僕ら絶対後悔するからさー。だから頼むよ。」
当然、男たちは怯まない。そもそも彼らは、容姿の整った女子を見た途端わざと財布を落としてみたり、その目の前でちょっと虚勢を張って一生懸命鍛えた胸筋を主張してみたりするような連中だった。自分に感じたイケてる要素というのを無遠慮に、自分勝手に、これ見よがしに見せびらかすタイプは軟派、それを以て女性に迫ることは世俗的な用語でナンパと呼ばれているのだった。
「助けた・・・いつ?落ちた財布を拾うのは、ふつうのこと。」
「だから、それが助かったんだって。みんなで使う用に十万入ってたからさ!だから君には、そのお金使ってお礼がしたいんだよ!ってかさ。恩人の顔よく見たいから、ちょっとそのフード外してもいいかな。」
「あ・・・っ!」
「──待った」
赤ジャンが嫌がる少女に手を伸ばし、フードの端を掴みかけたところだった。路地裏の影の内に、俺が入ってきていた。
「あ?誰さ、君。」
「俺か?俺はー・・・。いや今関係ないだろ。その子、困ってそうなら放してやれよ」
高校生の俺がフロリスだってことは、極力他言しないことになっている。だが通りすがりの一般市民としてだって、鬱陶しいつきまといを見過ごして帰りたいとは思わなんだ。
「んだと?この子が困ってるわけないだろ。な?」
「・・・」
「そらあんたらが決めることじゃないぜ。こんだけ図体でかい奴らに四人がかりで詰められるってな、ビビるだろ普通」
俺はガタイのいい彼らの脇を通り過ぎて、女子の前に割って入る。彼女を背に庇って見上げると、強面が四つ。横には室外機が居座っていて、やはり圧迫感は大きかった。
「急いでるんじゃなかったのか?」
「──急いでる。」
よくぞ口を開いてくれた。いいタイミングだ。条件は、多分揃った。
「・・・だってよ。」
「ッ、このヤロォッ!!」
(───これで好き放題殴らせれば、万事解決。)
そして赤ジャンの左手が俺の胸倉を掴み、右腕を振りかぶった瞬間だ。
「ッ・・・!!?」
見覚えのある青白い電流が、視界全体にほとばしったのである。
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「・・・電撃、浴びせちゃってごめんね。」
で、起きたらこの通り。青空と少女の顔が、俺の視界を一対一くらいの割合で占めていた。
「え・・・ああ、どうも。」
頭がぼんやりとして、考えが上手くまとまりやがらねえ。俺は確か、小柄なパーカー女子に絡んでた不良に声をかけて、そんでもって赤ジャンに殴られかけて、その後どうしたんだったかな。
「・・・そっか。あれ、君だったのね。」
俺が助けようとした女の子、どうやらグロキシニア第四部隊のエースだったらしい。彼女は俺が殴られる寸前に放電、その場にいた全員を即座に気絶させてしまったそうだ。そしてそれは、気を失った俺が彼女に介抱されて起き上がった、公園の木陰にあるベンチで気付いたことである。
「・・・ん。」
無表情のまま頷いた彼女は、なんとなく気まずい表情をしているようにも見えた。いや、言いたいことは分かる。とどのつまり俺がしでかしたことが無駄骨だったから、彼女はこのように微妙な表情をなさっているのだ。無謀にも出しゃばった結果逆に二度も女の子に助けられている俺を、この気高き少女は憐れんでくれているのだ。
「俺、どうやってここまで?」
「・・・浮かせて。」
「浮かせてか。そ、そのフード、なんで被ってたのか聞いてもいいか?」
「・・・そのままだと悪い男が寄ってくるって、ツナミが言ってたから。これは悪い男を撃退する用のフード。」
「へ、へぇ。」
まあ確かに、防衛区じゃ女子自体滅多にいないからな。不良も多いし、彼女のような小町ちゃんが絡まれやすいのは納得できる。だがこの子はグロキシニアの迅雷蜂シア=フリージアだ。チンピラごとき相手にもならないというか、都市全体のゴロツキを総動員しても勝てる見込みはないだろう。グロキシニアがどれだけ強くて貴重な存在か、それは兵士階級のカリキュラムでみっちり叩き込まれることなのだ。
「なんというか、変に首突っ込んで悪かったよ。ごめん。そんでありがと。今回も結局、君に助けられただけだ。」
彼女がフードを被るのは不良が怖いからでなく、不良をあしらうのが面倒だからだ。俺が出ていったとして、結局軟派もろとも気絶させられたんじゃ世話がない。むしろ俺を介抱した分、彼女の手間を増やしただけだ。差し出されたペットボトルに口をつけても、のどのつっかえは取れそうになかった。
「カバンの中、なんもねえか。小銭、定期券なんか渡すのも変だしな。・・・あ、そうだ。よかったらお詫び、いやお礼にドーナツでも・・・」
「・・・!」
「って、それじゃあいつらと一緒か。妙なこと言って悪い、急いでるんだったよな。」
自己満足のお礼なんざ要らないよな。俺のこれも、感謝の気持ちってよりは罪滅ぼしだ。まして彼女は人類の希望、助けた奴の気休めにいちいち時間を割いて応えようものなら、何年あったって足りないくらいだろう。ここは大衆の一部として、早々に引き下がるのが潔いか。
「それじゃ、俺もう行くわ!いろいろ助かった、またいつか会ったらお礼させてくれ!!」
笑顔で手を振って、走り去る。もうちょっと話したかったけど、今日は大人しく幕引きだ。次会う時までにゃ、ちゃんと礼のできる器量を身につけておかないとな。そんで、次に再び会うために、しっかり生き残る。あの子に拾われた命だ、懸命に、且つ大事に使わなきゃ礼どころじゃない。
「さぁ明日は気張ってけ。ちゃんと働いて、残業ゼロで寝よう。」
夏の日差しで内側が熱くなったから、その日の俺は走って帰った。
しかし、その後の公園。木陰のベンチに一人取り残された少女は、その表情を一切変えないままに呟いた。
「・・・お礼、言えなかった」
初夏。木々揺らす風に溶けた声が俺の耳に届くのは、まだほんの少し先の話である。




